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『浮世絵出版論』◆商品としての浮世絵について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 大久保純一『浮世絵出版論:大量生産・消費される〈美術〉』吉川弘文館、2013410日、226,3p3800円+税 [注○文×索×(巻末に「図版目録」)]
 
本書は、浮世絵が生み出される背景とその流通のあり方を通じて、それらが浮世絵の画風の変化や主題の生成にどのような影響を及ぼしたかという点を明らかにしようと試みた書である。
 
最初に目次を示しておこう。
 プロローグ 浮世絵の宿命
一 錦絵の制作と販売
二 名所絵の流通
三 忠臣蔵物の錦絵と泉岳寺
四 幕末の錦絵出版:「これが江戸 錦絵合」から
五 錦絵出版の背景事情:三代豊国晩年の書簡に見る
六 盛り場から生まれる肉筆浮世絵:国立歴史民俗博物館所蔵「浅草風俗図巻」から
 
プロローグにおいて、浮世絵の流通に関わる研究史を簡潔に概観する。
そして、第章において、素人にもわかりやすいよう、まず錦絵の広範な購買層の存在を踏まえ、流通・販売を担う地本問屋・絵草紙屋、錦絵の制作工程、小売りの価格、摺り枚数、といった錦絵の制作と販売の概略を示す。
たとえば錦絵の摺り枚数だが、よく浮世絵の通俗解説本には初摺り1200枚で、売り切れそうなら2杯目、3杯目と増し摺りするなどと書かれているのに対し、<出版コストのことを考えると、そもそもわずか200枚で打ち止めの可能性のある錦絵をつくることはまず考えられない。>(p.30)とした上で、曲亭馬琴の天保12年(1841)の書簡を紹介する。これには、徳川家斉の葬儀があって市中は自粛が求められており絵草紙屋の商売が低調であるという内容に続き、<よく売れる錦絵であっても2000枚、そうでないものは1000枚か1500枚で「売留」となり、二ヶ月もすればどこの絵草紙屋の店頭でも見出せなくなる>(p.45)とある。「売留」は販売終了のこと。おそらく初摺りとしては1000枚前後を制作していたのであろう。もとより時事的・風刺的な際物の場合は、ときに短期間のうちに8000部といった大量部数さえ売り上げているものすらある(pp.48-50)。
こうした第一章で押さえた基本情報が、次章以降を読む際のバックボーンとなる。
 
第二章では、名所絵がどのように売られていたのかを推測し、その上で名所絵のつくられかたを考察する。名所絵自体については、とくに広重を中心に『広重と浮世絵風景画』で詳しく検討されていたのだが、<名所絵を商品としてとらえる版元の目線>(p.62)という観点で、名所絵ならではの市場論理が鮮やかに解き明かされる。
まず絵草紙屋の店頭を観察する(『浮世絵の鑑賞基礎知識』pp.213-5でも既に触れてはいるが)。そのためには、絵草紙屋の店頭が描かれた錦絵を題材に、陳列形態、とくにジャンル別の配置を見ていくと、店頭で目立つ位置には役者絵で、名所絵は脇に置かれるか出てもいないことがわかる。実は役者絵は上演期間中が販売期間であり、商品生命はかなり短かった。だからこそ店頭で一番目立つように陳列していたのである(p.75)。美人画も数年から10年前後で様式が変遷しているとされ、流行に左右された(p.77)。だから第一章で示されたように、店頭ではせいぜい「二ヶ月」の命なのであった。
一方で、名所絵は<長期にわたり持続的に売れた>(p.80)。したがって版木が磨滅するまで、出し続けてきたのであったし、《冨嶽三十六景》や保永堂版《東海道五十三次》といった人気の名所絵に類似する商品がなかなか出てこなかった。すなわち、売れ筋の揃物があれば、<役者絵などと異なり、それだけの費用と手間をかけるほど目覚しい売れ行きが期待できるものでもない>(p.86)のであるし、<商品生命の長い名所絵においては、一人のきわめて有能な絵師が登場すれば、もはや業界としては足りてしまう>(p.88)からだ。
ほとんど名所絵といえば北斎・広重に収斂してしまいかねないのだが、それも理由があってのことだった。絵草紙屋の店頭を観察することから、名所絵ならではのつくられかたを見出すことができた。
 
第三章は、忠臣蔵の義士の墓がある泉岳寺がなぜ名所絵に描かれていないのか、という疑問に答える内容である。泉岳寺は四十七士の墓所がある以外には景観の素晴らしさはなさそうだが、それでも多くの人々が参詣している。<それにもかかわらず、不思議なことに北斎や広重ら、名所絵を得意とした浮世絵師によって錦絵の主題として取り上げられることは、ほぼ皆無であるといってよい。>(p.101
まず忠臣蔵錦絵が3000種類以上も出されていたことを踏まえ、泉岳寺には名所として多数の参詣客が訪れていたことを紹介する。毎年末の義士祭のみならず、めったに行われなかった開帳(江戸時代には6回のみ)に当て込んだ錦絵も数多く売り出されていたのであった(もっとも寛永元年〔1848〕の開帳に際して出版された義士の錦絵は、《誠忠義士伝》51枚揃以外は不当たりだったようだが)。一方、各段通しの揃物を子細に検討した結果、一二段目、すなわち主君塩冶判官の墓前に師直の首を供えて仇討の成就を報告している場面において、多くの作品の背景には高輪の海が描かれていることを発見する(p.121)。泉岳寺の<境内そのものはいわゆる「絵になる」要素が乏しいところであった。しかしながら、境内から見る高輪の海景は、遠く下総・上総まで見通せる素晴らしいものであった。>(p.123
結論を言ってしまえば、<浮世絵風景画が盛んになった天保期以降に描かれる忠臣蔵各段通しの揃物の12枚目〔一二段目〕が、泉岳寺を描く名所絵とほぼ同等の役割を果たしていたからと考えられる。>(p.124
 
第四章では豪華摺りの存在について検討する。たとえば大判錦絵の上限価格が18文とか16文と定められていた(江戸後期の相場でも30文前後)にもかかわらず、1枚1匁5分(約150文)という高額な豪華版錦絵も売られていた(p.135)。そういった豪華摺りの事例を前提に、3年もかかって出版された広重の《名所江戸百景》全118図(目録・二代作を除く)に、初摺りの特徴を図ばかりで揃えたものが何組も伝えられているという謎に迫る。
浅野秀剛氏は、事前に摺り溜めたものを寄せ集めた結果と推理する(『広重名所江戸百景:秘蔵岩崎コレクション』)。これに対し本書では、むしろ完結後に画帖仕立てにしようとした際に、改めて初摺り同様に丁寧な摺りの一揃いを作ったのであろうとする(p.147)。《冨嶽三十六景》について言えば、<北斎、あるいは版元西村屋は、この揃物刊行のかなり早い時期において、完結後の一括販売を想定していたのである。>(p.152
この考えに立てば、摺りの早いものが良質で、後になれば質が落ちるという常識にも、一定の留保をつけねばならなくなる(p.148)。さらに一歩踏み込んで、<後から摺られたものの方が良い摺りがあるとするならば、最良の摺りにもとづいて絵師の表現意図を汲み取るという作業そのものも成り立たなくなる場合さえあるだろう。>(p.149)とまで、言及する。となれば、これまで初摺りとしてきたものも、改めて精査する必要がでてくるかもしれない。
一方、こうした考察の結果、幕末期における錦絵の出版形態として、揃物として一括販売する販売戦略がとられていたことを指摘する。画帖の形をとって販売された最初のものは、保永堂版《東海道五十三次》だとされている(p.151)。当然、大規模揃物としてまとめ売りをすることは、1枚ずつばら売りするよりも、版元にとってはるかに大きな利益をもたらすことができたはずなのである(p.155)。
 
以上のように、錦絵の流通・販売の実態を検討することにより、従来の美術史の常識を改めるべき重要な知見がいくつも得られた。
ちなみに、<一日に3200枚もの枚数を摺り上げる職人工房の体制がつくられていたことも注目に値する>(p.50)という指摘はあるのだが、残念ながら工房の実態にこれ以上踏み込むことはない。狩野派はじめ日本の美術世界では工房で制作されてきた作品は数多い。浮世絵も本書の指摘を待つまでもなく、絵師・彫師・摺師らによるいわば工房的なシステムで商品を作り上げてきた。次著ではこのあたりのテーマに注力してもらえないだろうか。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
大久保純一『広重と浮世絵風景画』東京大学出版会、20074月、317, 15p5400
浅野秀剛監修『広重名所江戸百景:秘蔵岩崎コレクション』小学館、20078月、215p9500
小林忠、大久保純一『浮世絵の鑑賞基礎知識』至文堂、19945月、263p3689円+税
 
 
◆[大久保純一]著作リスト
監修、論集などの論文、展覧会図録などを除く
 
辻惟雄、大久保純一『原色日本の美術 第18巻 浮世絵』小学館(発売: 綜合教育センター)、19944月、250p7000 (税込)
◎小林忠、大久保純一『浮世絵の鑑賞基礎知識』至文堂、19945月、263p3689円+税
                   *制作についてはpp.177-204に詳しい。流通についてはpp.205-222に簡略に触れる。
大久保純一『豊国と歌川派』至文堂、日本の美術第366号、199611月、98p1553 (税込)
●大久保純一解説/鈴木重三監修『広重六十余州名所図会:プルヴェラー・コレクション』岩波書店、199612月、255p12360 (税込)
●鈴木重三、木村八重子、大久保純一『広重東海道五拾三次:保永堂版』岩波書店、20041月、215p22000
◎●大久保純一『北斎の冨嶽三十六景:千変万化に描く』小学館、アートセレクション、20059月、127p1900
●大久保純一『広重と浮世絵風景画』東京大学出版会、20074月、317, 15p5400
●大久保純一『浮世絵:カラー版』岩波書店、岩波新書、200811月、188, 8p1000
◎●大久保純一『北斎:カラー版』岩波書店、岩波新書、2012522日、194,4p1000
【本書】●大久保純一『浮世絵出版論:大量生産・消費される〈美術〉』吉川弘文館、2013410日、226,3p3800
 

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