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『銀座の怪人』◆贋作(美術)について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
七尾和晃『銀座の怪人』講談社、講談BIZ2006529日、1800+税[注×文献○索引×]
 
本書は、1982年の三越古代ペルシャニセ秘宝事件の張本人であり、1970年代後半から日本に大量の贋作絵画をはじめとする美術品をもたらしたユダヤ系イラン人、イライ・サカイを追ったノンフィクションである。敢えて勿体つけるためにか、単純なことを回りくどく言い、内容が整理されておらず、筆者自身の自慢話は頻出して、肝腎の内容は最後まで曖昧かつ朧げなために、実に読みにくい。結局、十分な情報を知りえなかったがために、水増しせざるをえなかったと言うべきか。
 
それでも、イライはどのようにして数々の画廊に贋作を売り込むことができたのか、いくつかの事例を紹介してくれている。例えば、あえて真作をオークションで落して「公」に記録させ、それを何枚も模写したうえで鑑定書をつけて売り捌く。<鑑定書を紛失したとして再発行させたり、鑑定書そのものを偽造したり>したのだ(p.60)。画商が怪しんで購入をためらうと、イライは画商に絵を担保に金を貸してほしいと言う。<とりあえずはイライの取り出した「担保」の絵を眺めてみる。/そこでアウト、だった。…この絵ならば、イライがもし金を返してこなくても、売りに出せば十分に儲けがとれる・・・。>(p.126)こうしてイライは贋作をしっかりはめこんでしまう。画商が贋作に気がついても、知らぬ顔で売り抜けてしまう。このあたりの画商の狡さは、骨董の世界で贋作がどのように流通するかを描いた中島誠之助の『ニセモノ師たち』に詳しい。
 
しかし、なぜ日本人は贋作をつかまされても、被害届を出さないのか。アメリカの捜査員の一人は、日本人の恥の文化をイライに利用され、公表すると恥ずかしいと考えるからだと解釈した(p.57)。著者はそれに対し、こう考える。<日本と日本人という文化の土壌こそが先にあり、そこにイライは「贋作」という道具を持ち込んだに過ぎなかったのだ。この詐欺師を受け入れ、贋作を蔓延させた動機こそは、株や土地だけでなく、美を含めたあらゆる「価値」を錬金術の「通貨」へと化けさせた日本という精神風土であり、日本人の経済感覚であったのだ。>(p.258
 
気になった記述が二つ。一つは、<警視庁、警察庁の捜査史上、日本で絵画による詐欺の立件は一つとして前例がなかった。…摘発や立件の段階で絵画や美術の取引そのものを詐欺行為として認定した事件は、長い捜査史上、一つもなかったのである。>(pp.33-4)本当だろうか。この本の刊行時点までで、そうなのか機会があれば調べてみたい。
 
もう一つは、日動画廊贋作事件。1977年後半頃から、従業員が社長の長谷川徳七に命ぜられて、日動画廊地下で絵の模写を行なっていたという告発記事が雑誌に載り、2005年に名誉棄損で裁判になっていたという(p.224)。なぜか中間の第5章としてこの事件が描かれ、そのあげく<私にとっても、関心はもはや「この画廊で模写を描かせていた事実があったかないか」を超えていた。>(p.234)と言い放って、裁判の結果に触れることはない。
しかし、こちらとしてはその当事者である長谷川徳七による『画商の「眼」力:真贋をいかにして見抜くのか』を先に読んでいた以上(この事件については記述されていなかったように記憶しているが)、どうなったのかを知りたいものだ。本書と同じ講談社から出ているのも奇縁かもしれない。
 
最後に巻末に「参考文献一覧」(pp.332-341)があるが、平山郁夫、瀬木真一、黒江光彦、田中英道ら錚々たる人物が巻頭言を書いているという『名品集』『全作品集』(イライの贋作を収録、p.281)など、文中に出てくる重要な文献がすべて掲出されているわけでもなく、まして『ダ・ヴィンチ贋作計画』のような小説まで含んでいるのはどうしたものか。
 
ちなみに、田中英道氏自身のホームページでは、『西洋美術コレクション名作集』『同全作品集』(西洋美術史研究所)を、<日本の西洋美術作品の個人コレクション約550点の調査・選別を行い、その全作品のカタログを制作したもの。とくにその中で80点ほどを選別し、名作集として編んだ。 これらの作品の大部分は西洋でも未発表のもので、新たな調査と同定作業が必要であった。>として、現時点でも贋作であることに気づかれておらず、ご自身の業績としておられる。

なお、文中で触れた本は以下の通り。
中島誠之助『ニセモノ師たち』講談社200110月、1600
長谷川徳七『画商の「眼」力:真贋をいかにして見抜くのか』講談社、20091月、1600
トーマス・スワン/篠原慎訳『ダ・ヴィンチ贋作計画』角川文庫、20023月、876
『西洋美術コレクション名作集』『同全作品集』西洋美術史研究所、1993年、各80頁・171
*田中英道氏のホームページの記述による。国会図書館ならびにArt Libraries' Consortium(美術図書館連絡会)の美術図書館横断検索でもヒットせず。
 
◆[贋作(美術)]関連ブックリスト
*美術関連の贋作事件をテーマにした文献を掲げる。
 
ゼップ・シェラー/関楠生訳『贋作者・商人・専門家』河出書房新社、1961→〔改題〕◎●『フェイクビジネス:贋作者・商人・専門家』小学館文庫、19985月、619
Sepp Schűller, Fälscher, Händler, und Experten
クリフォード・アーヴィング(Clifford Irving)/関口英男訳『贋作』早川書房、1970年、1500
犬塚徳太郎、福永酔剣『刀の偽銘』光芸出版、1973年、2000円→〔改題〕『日本刀の偽銘:真贋看破のポイント』光芸出版、19819月、2500円→〔復刻増補版〕福永酔剣、犬塚徳太郎、光芸出版編集部編著『偽銘刀の研究』光芸出版、20083月、3000
★◎瀬木慎一『真贋の世界』新潮社、1977515日、1200円  [注×文×索×年表◎]
ギー・イスナール(Guy Isnard)/田中梓訳『真贋:国際贋作事件を追って ドキュメント』美術公論社、19786月、1300
トム・キーティング(Tom Keating)/滝口進訳『贋作者』新潮社、19791月、1500
光芸出版編『古陶の真贋:やきものの収集体験ルポ』光芸出版、1980年、2500
種村季弘『贋作者列伝』青土社、1986916日→『贋作者列伝 増補新版』青土社1992520日、1748
速水雄二『迷走するモジリアニの贋作』国際医学出版、198956?)月、1456
●瀬木慎一『迷宮の美術:真贋のゆくえ』芸術新聞社198912
杉山二郎『真贋往来:文化論的視点から』瑠璃書房、19907月、2524
★◎特集「万国贋作博覧会:世界を騙した贋作三千年史」 《芸術新潮》19907月号、新潮社、1165円+税
落合莞爾『ドキュメント真贋:大阪府岸和田市制施行七十周年記念「東洋の官窯陶磁器展」贋作騒動の真相』東興書院、19935月、2233
松本健一『真贋:中居屋重兵衛のまぼろし』新潮社、1993
溝口敦『消えた名画:「ダ・ヴィンチ習作」疑惑を追う』講談社、1993
◎『世界贋作(ニセモノ)大博覧会』ワールドフォトプレス、1994年、1942
レアル・ルサール/鎌田真由美訳『贋作への情熱:ルグロ事件の真相』中央公論社、199410月、2330
Réal Lessard, L'amour du faux
●金井塚良一『はにわ屋高田儀三郎聴聞帳』新人物往来社、199411
松井覚進『偽作の顚末:永仁の壺』講談社、1995
月山照基『渡邉崋山の逆贋作考』河出書房新社、19961月、2427
中島誠之助『骨董の真贋:この「約束事」が本物を見分ける』二見書房、サラ・ブックス、19965月、825
◎●三杉隆敏『真贋ものがたり』岩波新書、19966
松浦潤『やきもの真贋鑑定:ほんもの・にせもの比較図鑑』学研、Gakken graphic books deluxe 419969月、2136
落合莞爾『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』時事通信社、19975月、2500
コンスタンチン・アキンシャ、グリゴリイ・コズロフ/木原武一訳『消えた略奪美術品』新潮社、1997
松浦潤『真贋・考』双葉社、ふたばらいふ新書、19986月、800
桐生操『騙しの天才:世界贋作物語』NTT出版、199810月、1500
●トマス・ホーヴィング/雨沢泰訳『にせもの美術史:鑑定家はいかにして贋作を見破ったか』朝日新聞社、19994月、2500円→〔改題〕『にせもの美術史:メトロポリタン美術館長と贋作者たちの頭脳戦』朝日新聞社、朝日文庫、20024月、940
Thomas Pearsall Field Hoving, False Impressions
小林英樹『ゴッホの遺言:贋作に隠された自殺の真相』情報センター出版局、1999
★●フェデリコ・ゼーリ/大橋喜之訳『イメージの裏側:絵画の修復・鑑定・解釈』八坂書房、200014日、2800円+税 [注×文×索○] *「第4講 贋作について」pp.231-311
Federico Zeri, Dietro l’immagine : Conversazioni sull’arte di leggere l’arte, 1987
長谷川公之『贋作:汚れた美の記録』アートダイジェスト、20002月、2400
山元清則『絵画の秘密II:絵画は世界共通の通貨である』財界研究所、2000
中島誠之助『ニセモノ師たち』講談社200110月、1600円→★●講談社文庫2005715日、571+税 [注×文×索×]
糸井恵『消えた名画を探して』時事通信社、200110
◎西野嘉章編『真贋のはざま:デュシャンから遺伝子まで』東京大学総合研究博物館、200111月、6000
大宮知信『お騒がせ贋作事件簿:だます人だまされる人』草思社、200212月、1800
増田孝『書の真贋を推理する』東京堂出版、20041月、2500
出川直樹『古陶磁真贋鑑定と鑑賞』講談社、20052月、5714
岡部昌幸監修『迷宮の美術史名画贋作』青春出版社、青春新書インテリジェンス、20061月、750
【本書】★●七尾和晃『銀座の怪人』講談社、講談BIZ2006529日、1800+税 [注×文献○索引×]
●大島一洋『芸術とスキャンダルの間:戦後美術事件史』講談社現代新書、20068
●大宮知信『スキャンダル戦後美術史』平凡社新書、200610
●中島誠之助『ニセモノはなぜ、人を騙すのか?』角川書店、角川oneテーマ2120078月、686
●フランク・ウイン/小林頼子・池田みゆき訳『私はフェルメール:20世紀最大の贋作事件』ランダムハウス講談社20079月、1800→〔改装新版〕『フェルメールになれなかった男:20世紀最大の贋作事件』武田ランダムハウスジャパン20123月、1600
Frank Wynne, I was Vermeer
●スタン・ラウリセンス/楡井浩一訳『贋作王ダリ:シュールでスキャンダラスな天才画家の真実』アスペクト、200810月、1900
Stan Lauryssens, Dali & I
●長谷川徳七『画商の「眼」力:真贋をいかにして見抜くのか』講談社、20091月、1600
●サイモン・フープト/内藤憲吾訳『「盗まれた世界の名画」美術館』創元社、20118月、3200
     Simon Houpt, Museum of the Missing
●レニー・ソールズベリー、アリー・スジョ/中山ゆかり訳『偽りの来歴:20世紀最大の絵画詐欺事件』白水社、20119月、2600
Laney Salisbury, Aly Sujo, Provenance

*赤城毅『贋作遊戯』光文社、2004年は小説であったので、削除。(2012.09.09)
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