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『緒方竹虎とCIA』◆戦後日本の情報機関構想について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
吉田則昭『緒方竹虎とCIA:アメリカ公文書が語る保守政治家の実像』平凡社新書、2012518日、780円+税 [注×文○索×年表○]
 
本書は、<戦前は朝日新聞を代表する記者として活躍。その後政界に転じ、小磯内閣で内閣情報局総裁を務め、戦後は保守合同を主導したことで知られる緒方竹虎。2005年から機密解除となった米公文書から、1955年の自民党結成にあたり、CIAが緒方を通じて対日政治工作を行っていた実態が明らかになった。>(カバー袖より)
タイトルからはそういった本と期待されるが、本書の半分(第2章の終わりまで)は、CIAと無関係の戦前までの話。もちろんアメリカ公文書も関係ない。CIA文書の「緒方ファイル」が登場するのは第3章のp.118からでしかない。「保守政治家の実像」についても「明らかになった」というほど明示されているわけでもない。羊頭狗肉と言うべきであり、著者がタイトルを決めたのか、編集者が提案したのか不明だが、いずれにせよ読者を欺くものである。
仮に本書のテーマがタイトル通りであったのなら、編集者は序章から第2章までを大幅に刈り込み、特に第4章と第5章とをもっと充実させるべきだっただろう。
 
目次を掲げておこう。
 はじめに pp.7-15
 序章 大志を胸に抱いて――幼少期、青年期 pp.17-33
 第1章 朝日新聞筆政――戦前の新聞記者時代、1911-1944  pp.35-72
 第2章 メディア界の統制――情報局総裁として、1944-1945  pp.73-103
 第3章 戦犯指名と公職追放――1945-1951  pp.105-146
 第4章 頓挫した「日本版CIA」構想――政府高官時代、1952-1954  pp.147-184
 第5章 コードネーム“ポカポン”――保守政治家として、1955-1956  pp.185-220
 おわりに pp.221-229
 あとがき pp.230-233
 主要参考文献 pp.234-239
 年表 pp.240-244
「はじめに」「おわりに」「あとがき」と、繰り返し著者自身の話がくどくどと述べられる。編集者は、たとえ著者が書いてきたとしても整理して、簡潔に書き直させるべきだった。
 
本書で読むべきところは、戦後の情報組織設置に緒方がどのように関与していたかを述べているところにあろうか(既に他の文献でも論じられていることのようではあるが)。現在、自民党がほぼ独裁状態であることをいいことに、日本版NSA(国家安全保障局)の設置に向けて突き進んでいるわけだが、戦後間もなくの段階から自民党の情報組織願望が連綿と続いてきたことを知っておく必要があるだろう。下記のブックリストにもあるように、情報機関設置の声は常にあがっていたし、スパイ防止法制定の動きはそれと表裏一体となって常にあったことを知っておきたい。スパイ防止法などが制定されても、本当のスパイが活動を止めるわけはない(アメリカなどいくらでもスパイが活動している)。何のためかと言えば、国民に国が都合の悪い情報をひた隠しにするためでしかないことを忘れてはいけない。
 
戦後の情報組織設置の動きを描き出すという意味では、戦前期において情報局総裁に就任したことの記述は無駄ではない。
<緒方が統括した情報局はその創設の当初から、内務省、逓信省、外務省、陸軍・海軍といった既存関係機関の、事務・権限の情報局への統合がきわめて不完全なものに終わった結果、組織における、いわゆる「多頭のヒドラ」に悩まされていた。/…マス・メディア統制に関する統一的な政策を打ち出すことが困難な状況にあった。>(p.92
<緒方は、こうした戦時の活動から、インフォメーション(公開情報)とインテリジェンス(非公開情報=諜報)の両面を掌握しようとしたとされる。…/この時の反省から、緒方は戦後、内閣直属の調査機関・内閣調査室の設立に尽力することになったといわれている。情報機関設立構想には、戦時の情報局総裁として、緒方が身をもって経験しなければならなかった挫折や苦悩を色濃く反映した内容が盛り込まれているからである。>(pp.93-4
この前提の説明は、残念ながらその後の緒方の動きとはつながらない。戦後の情報機関設立構想を進める過程で、結局省庁の縄張り争いを解消できず、挫折してしまうのだから。
 
ともあれ、戦後の情報機関設立構想は吉田内閣のなかで進行していった。
<戦後GHQとあらゆる交渉にあたっていた吉田政権は、…水面下ではアメリカの情報機関との協力の基礎を築きながら、内閣調査室、公安調査庁などの情報機関を発足させていたことがわかる。>(p.150
<当時の吉田首相の構想では、まず総理大臣の秘書室のようなものを作り、準備が整い、必要性が高まった段階でこの組織を拡張するか、さもなければ別組織を立ち上げてインテリジェンス機能を強化していこうということであった。/こうしてみると、緒方がまったく新しい情報機関構想を唱えたということではなく、むしろ、日米間の懸案事項に、吉田内閣が本格的に取り組み始めたということがみて取れる。>(p.155
 
195211月には、緒方はCIAに、情報機関についてのブリーフィングを依頼する。そのころ、<新情報機関の形態に関して、「古野構想」と「村井構想」という二つの構想が、政府部内で検討されていた。>(p.161
「古野構想」とは、古野伊之助・元同盟通信社長を中心に検討されていた案である。<海外のニュース情報の収集・分析を体系的に行い、…「日本の声」の国外発信を目指すという情報機関(インフォメーション・エージェンシー)の設立を目指す>(p.162)というものであった。
一方の「村井構想」とは、元内務省公安一課長を務め、戦後国家警察本部の初代警備課長となり、524月には初代内閣調査室(巻末の年表では「内閣官房調査室」とある)長に就任していた村井順の立案になるものであった。
<「文書収集」「通信傍受」「工作員活動」の三つのセクションからなる「中央情報局」を新たに新設するというもので、明らかに米国のCIA型の情報機関(インテリジェンス・エージェンシー)を意識したものだった。>(p.162
 
吉田内閣は、5211月末に「古野構想」のみを発表した。しかし、これすら野党の反対や新聞の批判を受けて、<緒方としても、村井構想の公表はおろか、古野構想の規模をも縮小せざるを得なくなり、結果として当初予定から大幅に縮小されたものに留められた。>(p.163
折も折、村井内閣調査室長がロンドン空港で闇ドル所持発覚とされ、これを外務省がマスコミに流したという事件が持ち上がった。どうも緒方に代わった官房長官と、警察出身の村井を嫌う外務省とが仕組んだスキャンダル騒ぎだったらしい。濡れ衣だったようだが、結局村井は更迭される(pp.168-172)。
こうして本格的な情報機関の設立どころか、内閣調査室すら業務を外部に委託するなどで、組織としては大幅に後退してしまった(pp.178-183)。
 
しかし、本書の著者が第4章の末尾で、<緒方が「政治をよくすること、民主主義をレールに乗せること」と述べていた裏面において、…情報機関の主宰者としての側面は、どのように評価すべきか。緒方の本心は、評伝的事実からは垣間見えない。>(p.184)と述べているが、まさに「情報機関の主宰者としての側面」を「どのように評価すべきか」ということが語られなければならなかった。緒方自身はおそらく語っていないため、「本心」は明かされていないのかもしれないが、著者自身が評価することはできたはず。そのためには、戦前との対比以上に、緒方の死後も視野に含めて日本における情報機関設立の願望のありようを展望し、そのうえで緒方の考え方や実行の限界、社会環境や議論の在り方なども、検討の俎上に載せるべきだったろう。
 
5章「コードネーム“ポカポン”」では、緒方竹虎につけたCIAのコードネームについて語られる。日本人のコードネームは、頭の“PO”が日本を指すカントリーコードで、工作員の活動する国を表わし、<残りの文字は辞書などででたらめにとってある。>(p.197)緒方は“POCAPON”であり、正力松太郎は“PODAM”もしくは“POJACKPOT”というコードネームを付与された(pp.197-8)。
以前、山本武利のGHQの検閲・諜報・宣伝工作』を取り上げたが、同書の「はじめに」のタイトルは「POCAPONと呼ばれた男・緒方竹虎」と記されていた。山本氏はそのコードネームがいかにも馬鹿にしたかのようなネーミングだったとするが、CAPON(去勢された雄鶏)だけでなく、DAMDAMNの省略形とすれば「呪われた」あたりか)、JACKPOT(賭け金)と、どれもあまりいいネーミングではない(賀屋興宣は“POSONNET/1”とソネットがつけられていたが)。こうしたコードネームは本人には全く知らされないし、米国から見れば被占領民族でしかなかったわけだから、「卑弥呼」とか表記するのと同じ発想か。
 
CIAは緒方に対し「オペレーション・ポカポン」と名付けられた工作を、19559月から年末にかけて集中的に行った。これは<ソ連が日本国内で左右両派社会党の統一を後押ししていると見たアメリカ側は、保守勢力の統合を急務と考え、次第に鳩山の後継候補に緒方を期待した。>(p.203)ためである。この時期、<当時もっとも重要な内政問題であった「保守合同」が急展開を見せていた>(p.204)ことで、その精確な情報を入手すべく、3か月間で12回もCIAは緒方と資金提供含め接触したのであった(pp.205-211)。本書を読む限り、「オペレーション・ポカポン」は情報収集がメインのように見えるが、詳細不明のローンのこともわずかに触れられている(pp.210-1)。三男の留学費用かと推定しているが、後段にもあるように(p.217)、緒方は生粋の政治家と違い、政治資金作りに難があるとされ、CIAから資金を得ていた可能性も否定できないだろう。
 
緒方からその水面下の動きまで詳しく情報を得ていたものの、結果的にはCIAにとって不満足な情報であったらしい。CIA本部から東京支局へ送られた総括評価では、<保守合同前にポカポンから受け取ったさまざまな報告と実際に起こったこととは大きく異なっていた>(p.212)と指摘。さらに<ともかく明らかなのは、ポカポンは妥協の必要性についてまったくフランクに報告しなかったことである。>(p.212)と評価し、<ポカポンはCIAに支配されないこと、CIAに義務はないこと、さらに原則としてEFI(どのような情報を収集すべきかという情報収集目標)は与えらえないことに、我々は気づく。>(p.213)と認定。結論として<しかしながら、我々との関係を続けようとするなら、ポカポンは特定の状況におけるあらゆる可能性を正確に報告すべきであるし、決断を行うときは我々に知らしむべきだと考える。>(p.213)と断言する。
これに対し、東京から本部への工作報告では、<彼は権力の座にいるとき、その間ずっと我々の要望する情報や支援に応えてくれた。>(p.214)とし、<ポカポンは、照会にあるように、支配されない。また将来も同様と考える。しかし現在の我々との関係はユニークだと思う。>(p.215)と説明する。そして、<我々は彼を総理にすることができるかもしれない。それが実現できれば、日本政府をアメリカ政府の利害に沿って動かせるようになろう。>(p.215)と、傀儡首相工作の実現可能性を述べている。
だが、ワシントンと東京とでやりとりしている間に、緒方は急に病に倒れ、561月に死去してしまった。幸か不幸か、緒方傀儡内閣は誕生しなかった。
 
本書は、緒方の死で打ち切られる。伝記ならそれでもよいが、タイトルに「保守政治家の実像」とあるからには、さらに実像に迫るべきではなかったのか。緒方以外の「保守政治家」とCIAとの関係を整理して示すとか、推測で終わった感のある資金提供についてCIA文書では他にでてこないのかとか、「オペレーション・ポカポン」以前の緒方とCIAの関係をもっと突っ込むとか。不満の残る内容であった。
 
本書は整理が悪いので、事実関係も錯綜しているところが多い。例えば、<翌年[1934年]9月、朝日社内に東亜問題調査会が設置され、11月に緒方が会長に就任することに結実する。>(p.58)とある一方、<[緒方は]自身も東亜問題調査会の二代目会長におさまり、…>(p.65)と記されている。p.58の記述だけを読むと、設置されたが会長職がすぐには決まらず、3か月後に緒方に決まったようにとれる。しかし、p.65の記述からは、初代会長はだれか別人が就任したが、すぐに緒方に交代して「二代目会長におさま」ったと読める。巻末の年表にはこの件の記載はない。
 
また出典表示もおかしい。例えば、p.56の引用文末尾に(今西、60-61頁)とある。ところが、巻末の主要参考文献には「今西」の著作が次のように2点掲載されているため、どちらの本から引用されたのかがわからない。これでは、何のための出典表示なのか。
今西光男『新聞資本と経営の昭和史:朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』朝日新聞社、
       2007
今西光男『占領期の朝日新聞と戦争責任:村山長挙と緒方竹虎』朝日新聞社、2008
同様に、p.59の(栗田、49頁)も「栗田」の著作が2点ある。
栗田直樹『緒方竹虎:情報組織の主宰者』吉川弘文館、1996
栗田直樹『緒方竹虎』吉川弘文館人物叢書[正しくは「吉川弘文館、人物叢書」と表記すべき。叢書名は「人物叢書」なので。]2001
一方で、p.66には(嘉治、1962177頁)とあれば、「嘉治隆一『緒方竹虎』時事通信社、1962」と特定できるのだから、著者に2点以上あれば年表示を加えるなど当たり前のこと。
さらに、p.79の(岡村、76頁)は主要参考文献にないのはどうしたことか。

ついでに書くと、p.135p.173の「ラジオプレス」は、「ラヂオプレス」。あとがきを見ると
ラヂオプレス理事長にインタビューまでしているというが、恥ずかしい間違い。

こういった一見些末的なことに見えるかもしれないが、編集者が真面目にチェックすれば簡単に済むことばかり。本来なら、著者が引用してきた箇所を、本当に正確に引用されているかを確認することも編集者の義務だろう(乏しい経験では、引用の出鱈目さはひどいものだった)。上記のありさまでは、著者が書いてきた原稿を、右から左に流しているとしか思えない。単価の安い新書(出版全体かもしれないが)になど手間も時間もかけられないということの証左かもしれないが。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
山本武利『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』岩波書店、岩波現代全書、2013718日、2300円+税
 
 
◆[戦後の日本に関する情報機関]関連ブックリスト
 
村山有『ラヂオプレス(RP)の誕生とその歩んだ道』(タイプ版)、1965
河西徹夫、日高明『間接侵略の危機:日本だけにないスパイ防止法』日本工業新聞社、19825月、1400 (税込)
スパイ防止法制定促進国民会議編『機密保護と現代:スパイ防止法はなぜ必要か』啓正社、19837月、1500 (税込)
*戦後主要スパイ事件年表: p263279
スパイ防止法制定促進国民会議『誰にもわかる「スパイ防止法」:正しく学ぶ三つの章』世界日報社、198710月、980
諜報事件研究会『戦後のスパイ事件』東京法令出版、19901月、1000(税込)→〔2訂版〕東京法令出版、20015月→外事事件研究会編著『戦後の外事事件:スパイ・拉致・不正輸出』東京法令出版、200710月、1500
小林峻一、鈴木隆一『スパイM』文藝春秋、文春文庫、199412月、460円(税込)→〔改訂〕『昭和史最大のスパイ・M:日本共産党を壊滅させた男』ワック、20068月、933
保阪正康編/東輝次著『私は吉田茂のスパイだった』光人社、200112月、1700円→『私は吉田茂のスパイだった:ある諜報員の手記』光人社、光人社NF文庫、20093月、590
岡崎久彦『岡崎久彦の情報戦略のすべて』PHP研究所、20022月、1300
太田文雄『「情報」と国家戦略』芙蓉書房出版、20053月、1800
佐々淳行『インテリジェンス・アイ:危機管理最前線』文藝春秋、20056月、1600
◎大森義夫『日本のインテリジェンス機関』文春新書、20059月、680
PHP「日本のインテリジェンス体制の変革」研究会『日本のインテリジェンス体制:変革へのロードマップ』PHP総合研究所、20066
◎●黒井文太郎『日本の情報機関:知られざる対外インテリジェンスの全貌』講談社新書、20079月、838
原博文/茅沢勤訳『私は外務省の傭われスパイだった』小学館、20085月、1500円→〔改題・再編集〕『外務省に裏切られた日本人スパイ』講談社+α文庫、200911月、838
孫崎享『情報と外交:プロが教える「情報マンの鉄則10」』PHP研究所、200911月、1500円→〔改題〕『日本の「情報と外交」』PHP新書、20131月、780
仮野忠男編『亡国のインテリジェンス:「武器なき戦争」と日本の未来』日本文芸社、20107月、1600
平城弘通『日米秘密情報機関:「影の軍隊」ムサシ機関長の告白』講談社、20109月、1700
中西輝政『情報亡国の危機:インテリジェンス・リテラシーのすすめ』東洋経済新報社、201010月、1600
町田貢『日韓インテリジェンス戦争』文藝春秋、20112月、1524
岩下哲典『日本のインテリジェンス:江戸から近・現代へ』右文書院、201111月、1400
佐々淳行『インテリジェンスのない国家は亡びる:国家中央情報局を設置せよ!』海竜社、20138月、1300
 
◆公安関係
吉原公一郎『謀略列島:内閣調査室の実像』新日本出版社、19785月、1200
島袋修『公安警察スパイ養成所』宝島社、19956月、980 (税込)→〔改訂〕宝島社文庫、20009月、600円→〔新装版〕宝島sugoi文庫、20097月、457
青木理『日本の公安警察』講談社現代新書、20001月、680
野田敬生『CIAスパイ研修:ある公安調査官の体験記』現代書館、20003月、2300円→◎●〔改訂〕『公安調査庁の深層』ちくま文庫、20086月、840
角田富夫編『公安調査庁()文書集:市民団体をも監視するCIA型情報機関関』社会批評社、20012月、2300
亜東企画編『公安アンダーワールド:日本の秘密情報機関』宝島社、別冊宝島real 12号、20014月、1143円→〔改訂〕別冊宝島編集部編『公安アンダーワールド』宝島社文庫、20017月、600円→〔新装版〕別冊宝島編集部編『公安アンダーワールド』宝島sugoi文庫、20097月、457
泉修三『スパイと公安警察:実録・ある公安警部の30年』バジリコ、20091月、1600円→〔加筆修正、改題〕『実録・警視庁公安警部:外事スパイハンターの30年』新潮文庫、201011月、514
竹内明『ドキュメント秘匿捜査:警視庁公安部スパイハンターの344日』講談社、20091月、1700円→〔改題〕『秘匿捜査:警視庁公安部スパイハンターの真実』講談社文庫、20118月、676
 
◆自衛隊関連
塚本勝一『自衛隊の情報戦:陸幕第二部長の回想』草思社、20089月、1800円+税
松本重夫『自衛隊「影の部隊」情報戦秘録』アスペクト、200811月、1800円+税
*「影の部隊」とは、自衛隊にあって情報収集と分析を専門に行う「調査隊」と情報教育を行う「調査学校」
防衛調達研究センター刊行物等編集委員会編『カウンターインテリジェンスの最前線に位置する防衛関連企業の対策について』防衛調達基盤整備協会、BSK 22-3号、20103月、非売品
福山隆『防衛駐在官という任務:38度線の軍事インテリジェンス』ワニ・プラス、ワニブックスPLUS新書、20126月、840
佐藤守男『情報戦争の教訓:自衛隊情報幹部の回想』芙蓉書房出版、20129月、1500円+税
福山隆『防衛省と外務省:歪んだ二つのインテリジェンス組織』幻冬舎新書、20135月、780円+税
 
◆米国情報機関関連

大野達三『アメリカから来たスパイたち』新日本出版社、新日本新書、1965年→祥伝社文庫、20083月、600

C. A. ウィロビー(Charles Andrew Willoughby)/延禎監訳『知られざる日本占領:ウィロビー回顧録』番町書房、1973年、750円→C.A.ウィロビー/平塚柾緒編、延禎監修『GHQ知られざる諜報戦:新版ウィロビー回顧録』山川出版社、20117月、1800円+税

延禎『キャノン機関からの証言』番町書房、1973年、630

猪俣浩三『占領軍の犯罪』図書出版社、197912月、1500

*鹿地亘事件・参考文献: p322324

春名幹男『秘密のファイル:CIAの対日工作』上・下、共同通信社、20004月、各1800円→〔増補〕上・下、新潮文庫、20039月、各781

F.W.ラストマン/朝倉和子訳『CIA株式会社』毎日新聞社、20031月、1700

有馬哲夫『昭和史を動かしたアメリカ情報機関』平凡社新書、20091月、760

有馬哲夫『CIAと戦後日本:保守合同・北方領土・再軍備』平凡社新書、20106月、760

加藤哲郎「戦後米国の情報戦と六〇年安保:ウィロビーから岸信介まで」『年報 日本現代史』第15号、現代史史料出版、2010

青木冨貴子『昭和天皇とワシントンを結んだ男:「パケナム日記」が語る日本占領』新潮社、20115月、1600円→〔改題、加筆修正〕『占領史追跡:ニューズウィーク東京支局長パケナム記者の諜報日記』新潮文庫、20138月、630
山田善二郎『アメリカのスパイ・CIAの犯罪:鹿地事件から特殊収容所まで』学習の友社、20116月、1333

【本書】●吉田則昭『緒方竹虎とCIA:アメリカ公文書が語る保守政治家の実像』平凡社新書、2012518日、780円+税

●山本武利『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』岩波書店、岩波現代全書、2013718日、2300円+税

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