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『カッパ・ブックスの時代』◆出版について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
新海 均『カッパ・ブックスの時代』河出書房新社、河出ブックス2013730日、1500円+税 [注×文○索×年○]
 
本書は、出版に一時代を画したカッパ・ブックスの歴史であるとともに、光文社私史でもある。著者は、1975年に光文社に入社してカッパ・ブックスの編集に携わり、その後雑誌《宝石》編集を経て、再び1999年からカッパ・ブックスが終了する2005年まで<都合、8年間を「カッパ・ブックス」とともに歩ん>(p.13)で、最後にはたった一人の編集部員となって最後を看取った。
<私はちょうど半世紀続いた、最後の「カッパ・ブックス」の編集部員として、「カッパ・ブックス」とは何だったのか、どのようにして生まれ、どのように成功し、どのように消えざるをえなかったのかを検証しようと考えた。>(p.15
 
本書は、まず光文社の誕生から始まる。194510月に講談社は戦争協力会社として指弾されることから保身を図るべく光文社を設立した。195410月には「カッパ・ブックス」誕生。神吉晴夫はカッパ・ブックスの創刊で知られているために、一見創業社長のように思われていたかもしれないが、当初は出版担当の常務取締役だった(社長就任は1962年)。
カッパ・ブックスは、<「岩波[新書]方式ではなく、無名の著者で、どのような本が作れるのか」というのが編集者たちが常に強く意識していたテーマであった。>(p.10)それと同時に、<カッパに先行して刊行中だった、知識人向け教養路線の「岩波新書」に対して、徹底したわかりやすさに重点を置いた。大衆向け教養路線の新書を企画したのだ。それは新しい読者の開拓でもあった。>(p.40
残念ながら、カッパ・ブックスを、老生はほとんど読んだことがない。昔々に『頭の体操』などを見た程度。「大衆向け教養路線」がどうのという以前に、取り扱われるテーマが無縁だったにすぎないのだが。
 
本書では、カッパ・ブックスの編集上の工夫を教えてくれる。
<神吉が掲げた「創作出版」と呼ぶ、編集者による企画先行の姿勢>(p.40)とは、<原稿を作るにあたって神吉はダメを押す。納得のいくまで、質問する、意見も述べる。それは読者を納得させることにつながるからだ。神吉の「創作出版」は、著者の書いた原稿すら勝手に改ざんする、という評判が一部に湧き上がった。>(p.42
<神吉はサブタイトルを重視した。/「サブ・タイトルは、どちらかというと、その本のテーマが読者に何を訴えようとしているかを表明するのが役目だ。」([神吉]『現場に不満の火を燃やせ』)>(p.43
ただし、当時のメインタイトルは意外に地味、あえていえば凡庸だ。例えば、1955年当時でベストセラー10位に入った4点のカッパ・ブックス。2位『欲望:その底にうごめく心理』、3位『随筆・うらなり抄:おへその微笑』、6位『日本人の歴史1 万葉集の謎』、9位『指導者:この人びとを見よ』。ちなみにカッパ・ブックス第1号である伊藤整の『文学入門』にはサブタイトルがない。
また、神吉は<他社で出版して売れたもののあとを追っかけるのは愚の至りだ。>(p.53)と主張した。
あるいは後年に、佐賀潜の法律入門シリーズがベストセラーを連発するのだが、<一項目をおおよそ見開きで処理してゆくというのは、当時画期的な方法だったようだ。>(p.104
 
60年代にカッパ・ブックスは黄金時代を迎える。その牽引車となったのが、1963年、入社3年目にして早くも編集長に就任した長瀬博昭だった。カッパ・ブックス初のミリオンセラーとなった岩田一男の『英語に強くなる本』は、長瀬がまだ入社2年足らずだった時に編集した本だ(pp.74-7)。「カッパ・ビジネス」を成功させたことにより、<ビジネスマンという言葉が生まれたとも言われている。>(p.89
編集者の上野征洋によれば、<長瀬は神吉と違い、プロデューサーではなくイノベーター。あらゆるものを変えたかった。…本はとっておくものから、捨てる(消費する)ものへ変えた。大量生産と大量消費時代にピタリはまったベストセラー。長瀬はよく、そのことを判っていた。そして『マンネリズムが最大の敵だ』とよく語っていた。>(pp.102-3
 
また別なときには長瀬はこう語ったという。
<企画者が読者であっては良い企画は生まれない。読者をはるかに凌駕する知性と、そこから出てくる問題意識がなければ、こんな所に居てもしょうがないんだ。企画を考えるのに、読者調査など不必要。企画は自分の心の中にある。その心の底を直視できる勇気が必要である。>(p.105
長瀬は決してアンチ知性主義ではなかった。上記の上野によれば、<長瀬の基礎教養は深く、ペダンチックで、世の中をあっと驚かすことに喜びを感じていた。>(p.115)という。自らの深い知性によって、編集者に対し「読者をはるかに凌駕する知性」を求めていたのだ。それから生まれる企画が、「大衆」向けであったところにアイロニーを感じるのだが。
 
光文社にとって不幸だったのは、1970年に光文社争議が勃発したことだ。組合は神吉の退陣を要求。無期限スト決行の3日前に神吉は退陣するも、スト突入に。その後、会社側の暴力団(住吉連合幸平一家)の力を借りたロックアウトなどを経て、1975に裁判で組合が全面的な勝利を勝ち取り、翌年11月に遂に闘争終結となるも、その間の泥沼状態は編集部門に限っても惨憺たる状態が続いた。見切りをつけた人材の流出は後を絶たなかった。祥伝社(「ノン・ブックス」他)、ごま書房(「ゴマブックス」他)は、光文社を退いたメンバーによる出版社であり、他にも青春出版社の「プレイ・ブックス」、KKベストセラーズの「ワニブックス」、主婦と生活社の「21世紀ブックス」などは、カッパ・ブックスのDNAが伝えられたものだ。
 
光文社は変わってしまった。著者が1975年に光文社に入社したとき、《JJ》が創刊された。<数号で廃刊か、というところまで追い詰められていたが、「ニュートラ」や「ハマトラ」特集でブレイク。…以降、光文社はファッション誌に入る広告で潤うようになる。>(p.182
その功労者こそが、後にカッパ・ブックスに引導を渡すことになる並河良だった。
 
長瀬はいったん会社を離れるかと見えたが復帰。経営陣のなかにはうとむ輩もいたらしいが、1982年にカッパ・ブックス編集長に再び返り咲いた。
<そのときのスタンスがじつに明確だった。①反近代、②身体性、③時間よりも空間を、といったものだ。…徹底的に近代の産物を全部相対化しよう、身体性を回復しよう、そのスタンスを2年間貫いた>(p.197
だが、わずか2年で長瀬は社内の権力闘争に敗れ、役職を解かれてしまう。1994年には定年退職で社を去る(20001月、カッパ・ブックスの終焉を知ることなく永眠)。
 
1996年春、地下2階地上10階建ての新本社ビル完成。前年には、光文社創立50周年を記念し、10億円を投入して「光文社シエラザード文化財団(現:光文社文化財団)」を設立。見た目には光文社は順風満帆だった。
ちなみに、老生がごく短期間光文社と関わりをもったのは、今から思うと新本社ビルができて間もなくのころだったようだ。
 
著者が、月刊誌《宝石》が休刊に追い込まれて、19998月にカッパ・ブックスの編集部に戻ると、<カッパ・ブックスの力は、すっかり地に堕ちていた。なにゆえここまでそのブランド力が低迷したのかと思いつつ>(p.220)編集業務を担当。
しかし、20008月に就任した並河良社長は、<“己の美学”に従う人らしい。就任直後から、次々と、やや強引ともみえる政策で、それまで稼いできた財産が、みるみるうちに失せて行くこととなる。…/彼の任期の8年間で、あれよあれよという間に、会社は屋台骨がぐらつき、結果的には、創業以来初のリストラ、それも50人規模という、大ナタを振るわないと経営が立ち行かないところまで追い詰められていった。>(p.224
なによりも<並河は社長就任以前からカッパが嫌いだったという。その名前もマークも、である。並河の美意識に反していたからだ。>(p.228
 
折からの新書ブームで、光文社新書を20014月創刊。アラン・チャンのデザインは博報堂が提案したもので、並河社長が採用した(p.229)。
<一度落ちたブランドはダメ>(p.233)と並河社長から否定され、遂に20055月いっぱいで「カッパ・ブックス」編集部は廃部に。同年10月光文社創立60周年を迎える。
累積してきた赤字に、2008年のリーマンショックによる広告収入激減が追い討ちをかける。遂にリストラの実施。著者は一番に退職届を提出する。
 
著者は、カッパ・ブックスがなぜ「消えざるをえなかったのか」という問いに対して、必ずしも明確な答えを出してはいない。70年代前半の光文社争議での人材流出とそれに伴うカッパ・ブックスの編集スタイルのノウハウ流出、並河社長のカッパ・ブックス嫌いだけではないだろう。
カッパ・ブックスは、結局その「マンネリズム」に敗れ去ったのではないだろうか。「読者をはるかに凌駕する知性」の欠如と言ってもよい。あるいは「世の中をあっと驚かすこと」がないからかもしれない。今の新書の第4次(?)ブームは、いずれもすべて壮大なマンネリズムとなっているだけに、ある日次々に突然死がやってこないでもない。
 
 

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