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『ハードボイルド徹底考証読本』◆ハードボイルドについて

某月某日、こんな本を読んだ。
 
小鷹信光、逢坂剛『ハードボイルド徹底考証読本』七つ森書館201395日、2300円+税 [注×文×索×]
 
本書は、小鷹信光、逢坂剛両氏による対談本であるが、小鷹氏のあとがきにあるように、単純に対談を文字起こしした安直な本ではない。<テープ起こしに始まり、担当編集者による大づかみな材料の取捨選択、配列のアレンジや継ぎ合わせの上にできあがった第一稿が、そのあとデータの補強や新発言の追加などを経て何度も姿、形を変えてふくらんでいった。書き下しよりも手間がかかったというのが本音である。>(p.270)すべての人名に生没年が付記されている点だけでもすごいと思ってしまう。恐らくは、編集者というより、小鷹氏の執念で入れたのかと思うが。
 
<逢坂さんはハメットの話やハードボイルド論に真っ向から取り組みたかったのではないだろうか。ところが私のほうは、アメリカ映画のことやアメリカ旅行の話を好きなだけやれそうだと楽しみにしていた。>(p.270)とあるように、ハードボイルドの小説ももちろん多く語られはするものの、むしろフィルムノワールや西部劇映画などにかなりのスペースが使われる。小説の話もすぐにどのように映画化されたか、という話題に逸れてしまう。ハメットの『赤い収穫』をテーマにした第4章など、ドナルド・E・ウェストレイクが脚本を書いた幻のシナリオを巡って、架空のキャスティングで盛り上がるばかり。したがって、タイトルにあるように「ハードボイルド徹底考証」がなされているのかと期待した向きには、やや不満が残るだろう。逢坂氏もまえがきで、<ハメットは、あたかも映画のスクリーンを眺め、そこに映し出される画像とセリフをそのまま、忠実に書き取るように小説を書いたのだ。>(p.10)と記して、辻褄を合わせているのだが。
 
ともあれ、例の諏訪部浩一『『マルタの鷹』講義』に端を発した改訳騒動の裏話は実に面白い。
小鷹氏はハヤカワ・ミステリ文庫に『マルタの鷹』を訳していたが、諏訪部氏が「Web英語青年」に連載していた「『マルタの鷹』講義」(20094月~20113)で、誤訳を数多く指摘される。早川書房の編集部に改訳を申し入れると、旧版の在庫2000部がはけない限り無理だと断られてしまう。しかし、3年で在庫がはけて、急遽20129に改訳版を出すことができた。
このことをテレビで取り上げられたそうで(日本テレビ「先輩ROCK YOU」)、その録画をネタに対談が弾む。なにしろ、「日本ハードボイルド界の父」と呼ばれる小鷹氏の訳が、三十代新進気鋭の英文学者に誤訳が「次々と暴かれる」、そして「決定的な指摘。…それは物語の世界観を左右する、重大な見落としでした。翻訳家として生きてきた40年。第一人者としてのプライドが」といった具合(pp.136-140)。
 
ちなみに、小鷹氏の『マルタの鷹』翻訳に際して自ら定めた「ハードボイルド翻訳作法三則」なるものが掲げられている(pp.144-5)。
①「彼、彼女」という代名詞をひとつも使わない。
②疑問符「?」を使わない。
③感嘆符「!」を使わない。
だが、改訳にあたって、①は破らざるをえなくなった。それは、サム・スペードが接する二人の女性に限って、常にフルネームでハメットは書いていたためだ。これも諏訪部氏の重要な指摘ではあった(pp.146-9)。
 
小鷹氏のハードボイルドに対する考え方。
<私はハードボイルドを文体や描写方法としてだけでは考えていないんです。ある一時代に限定された特定の思想とも思っていない。映画におけるフィルムノワールが明瞭にしてくれているように、ハードボイルドはいつの時代にもある。…それは時代が暗くなり、あらゆる物事が絶望に満ちてくると、たちまち光って見えるようになる。>(p.70
どの方向にも手詰まり状態の重苦しさに満ちたいまの時代が、まさにそうなのかもしれない。
 
逢坂氏の語るエピソード。
氏はかつて博報堂の広報室に勤務していた。マスコミからの取材はすべて広報を通すことになっていた。直木賞をとると取材がくる。本名の中浩正としてその電話をまず受ける。<仕方ないから一人二役をやるんです。「はあ、それでは逢坂剛の都合を聞いてきます」と言って、保留のボタンを押し、「ではおつなぎします」と言って自分が「はい、逢坂です」と電話に出る。>(p.23
逢坂氏の父は、時代小説の挿絵画家、中一弥氏(1911~)。なんと今年102歳なのに現役で、息子の小説の挿絵まで書いていると(pp.23-4)。
どうもハードボイルドよりも違うことに面白がってしまうらしい。
 
本書の中で、p.153の後ろから3行目の小鷹氏の発言の箇所で、レイアウトがおかしくなっている。この1行をそのまま書き出してみよう。
「な瞳にゲイル・ラッセル(192461)ですから。   女優だなあ。私の一番手はつぶら」
1行中に、上下が逆になっている。
これは実際のページを見ると一目瞭然なのだが、本文のテキストボックスを1ページに2つ作ってしまったため。恐らく組み上がった段階で追加・訂正が相次ぎ、次ページのテキストボックスがずれて前のページに入り込んでしまったのであろう(逆かもしれないが)。
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
諏訪部浩一『『マルタの鷹』講義』研究社、20122月、2800円+税
 
 
◆[小鷹信光]関連ブックリスト
*小鷹信光による小説・訳書を除く著作リスト。訳書は100冊を優に超える。
 
小鷹信光『アメリカ暗黒史』三一書房、三一新書、1964
小鷹信光『メンズ・マガジン入門:男性雑誌の愉しみ方』早川書房、ハヤカワ・ライブラリ、1967年、300
小鷹信光『この猛烈な男たちと名言:すばらしいアメリカン・ビジネスの原動力』明文社、ナンバーワン・ブックス、1969年、320
◎小鷹信光『パパイラスの舟:海外ミステリー随想』早川書房、1975年、1300
小鷹信光、木村二郎『ニューヨーク徹底ガイド』三修社、コロンブックス、197612月、950
◎小鷹信光『ハードボイルド以前:アメリカが愛したヒーローたち 18401920』草思社、19807月、1600 (税込)→〔改訂・改題〕『アメリカン・ヒーロー伝説』筑摩書房、ちくま文庫、20002月、720
小鷹信光『マイ・ミステリー:新西洋推理小説事情』読売新聞社、19829月、1800 (税込)
        *付:資料 コンチネンタル・オプ物語全作品リスト、小鷹信光著訳書リスト
小鷹信光『ハードボイルド・アメリカ』河出書房新社、19836月、1800 (税込)
        *ハードボイルド年表 (19201947) : p227260
小鷹信光『英語おもしろゼミナール:学校で教えない』立風書房、マンボウブックス、19835月、680 (税込)
小鷹信光『小鷹信光・ミステリー読本』講談社、19853月、1800
◎●小鷹信光『翻訳という仕事:プロの語る体験的職業案内』プレジデント社、19854月、1200 (税込)→〔改訂〕◎●『翻訳という仕事』ジャパンタイムズ、199112月、1500 (税込)→筑摩書房、ちくま文庫、20018月、740
◎小鷹信光『アメリカ語を愛した男たち』研究社出版、19858月、1800 (税込)→筑摩書房、ちくま文庫、19992月、700
◎小鷹信光『ハードボイルドの雑学』グラフ社、グラフ社雑学シリーズ、19865月、980 (税込)
◎小鷹信光編『ブラック・マスクの世界 別巻』国書刊行会、19875月、3800 (税込)
*対談:ハードボイルドを語る各務三郎・小鷹信光
小鷹信光『サム・スペードに乾杯』東京書籍、19885月、1300 (税込)
小鷹信光『ペイパーバックの本棚から』早川書房、19893月、1800 (税込)
小鷹信光『気分はいつもシングル:雨が降ろうが、風が吹こうが』二見書房、19949月、1600
◎小鷹信光『私のハードボイルド:固茹で玉子の戦後史』早川書房、200611月、2800
        *著作目録 *日本推理作家協会賞受賞
小鷹信光『私のアメリカン・グラフィティ』ランダムハウス講談社、200810月、1400
◎小鷹信光編著『<新パパイラスの舟>21の短篇』論創社、200810月、3200
◎小鷹信光『私のペイパーバック:ポケットの中の25セントの宇宙』早川書房、20093月、3200
小鷹信光『アメリカ・ハードボイルド紀行:マイ・ロスト・ハイウェイ』研究社、201112月、2600
【本書】●小鷹信光、逢坂剛『ハードボイルド徹底考証読本』七つ森書館、201395日、2300円+税
 

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