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『ノンフィクションの「巨人」佐野眞一が殺したジャーナリズム』◆盗作について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
溝口敦・荒井香織編著『ノンフィクションの「巨人」佐野眞一が殺したジャーナリズム:大手出版社が沈黙しつづける盗用・剽窃問題の真相』宝島社、宝島NF201356日、1143+税 [注×文×索×年×]
 
老生は、佐野眞一氏の著書は『だれが「本」を殺すのか』正・続しか読んだことがない(『業界紙諸君!』も読んだという記録はあるものの、皆目記憶せず)。かつては出版業界に多少関心があったので、それなりに興味深く読んだものの、大仰な物言いの割に内容の乏しい記述だった。羊頭狗肉と言うべきか。この本が刊行されたときに、知り合いの元編集長の某氏が同書をいたく批難していたことだけが印象に残っている。
 
さて、本書だが、タイトルはTVのバラエティ番組のように無駄に長い。当然であるかのように、内容も整理されておらず、記述の重複は随所に見受けられる。ともあれ、佐野眞一氏がこれまで長い間盗用・剽窃を繰り返していたこと、それらの指摘に対して一部詫び状も提出していたことが明らかにされた。12点(約140件)の「パクリ」の「盗用対照表」を掲げているので(pp.81-104124-136142-152)、盗用・剽窃の事実はあるように思われる。ちなみに、剽窃されたと主張する著者の一人である日隈威徳氏は、佐野氏に対する告訴も辞さないとしていたが、本書刊行後に提訴があったようだ(「朝日新聞」201381日)。ちなみに、栗原裕一郎『〈盗作〉の文学史:市場・メディア・著作権』によれば、日本ではほとんど盗作が裁判で争われたことはなく、数少ない事例でも結果的に盗作の訴えは退けられているそうだ(pp.15343226)。今回の提訴については、その後の推移を誰かフォローしてほしい。
 
面白いのは、編著者の一人、荒井香織氏が佐野眞一氏の盗用疑惑に気が付いたのは、20121019日午前13552の猪瀬直樹氏によるツィートでの指摘がきっかけとなったこと。そもそも何で猪瀬氏はこの時点で盗用指摘をしたのだろうか。
 
溝口氏によれば、<思うに佐野氏は物書きとして自分の中心軸を持っていないのかもしれない。だからこそいつまでも盗用・盗作を繰り返す。>(p.41)という。
 
しかし、本書でも紹介されている「データマン・アンカーマンシステム」という独特の取材&執筆手法(pp.171-4)に問題が内在しているとも言える。これは必ずしも執筆者本人が取材せず、別な取材者が足で集めた材料を用いてノンフィクションもしくはルポルタージュを執筆してしまう仕組みだ。エア取材とも言う。だから集積されたデータという素材の質によっては、剽窃・盗作しようと意識しないまま、結果としてそうなってしまう怖さがある。データマンが典拠を明記せずに、あたかも取材して聞いたデータであるかのようにしたら・・・。
 
本書の中で、佐野氏のデータマンを務めていた安田浩一氏は、次のように述べている。
<僕は佐野さんほど本を読んでいる人に会ったことがない。…企画ごとに集めたありとあらゆる関連書籍・資料文献のすべてに目を通す。佐野さんにとってはそれも取材のひとつなんです。…読みすぎる、調べすぎる、…とにかく佐野さんは緻密に読み込む。そうやって刷り込まれるから、無自覚のうちにやってしまった引用ってあると思っている。>(p.177
 
そうかもしれない。しかし、刷り込まれたら極似した表現そのままで書いてしまうのだろうか。文献を読んで恐らくメモなどを作成する際に、単純に出典を書くことを怠っているからではないだろうか。少なくとも佐野氏の『だれが「本」を殺すのか』には個別の出典表示が皆無である。原稿執筆時に出典表示をしようという意識が欠落しているのではないか。
日本の出版業界の中には、学術書以外では、注だの参考文献だのを毛嫌いする編集者が多いようだ(注のある本は売れない、などと放言している編集者は多い)。だから出典表示すらしようとせず、あっても表示の仕方がわからなくて杜撰なものになってしまう。出典表示が原稿になかったら、編集者はいったいどうやって引用のチェックをするのだろうか。昔ある文学理論についての大学教科書を編集したとき、原稿にはさまざまな文学作品からの引用が当然あった。しかし、著者名と作品名は原稿に記載されていながら、どの版の何ページであるかは一切記載がなかった。やむなく該当作品について比較的入手しやすい版で作品をすべて読み、原稿と照合した。ほとんどすべての引用で誤りが見つかり訂正することができた(いくつかの翻訳作品で、複数の訳書を見ても同じ文章が見つけられなかったものがあった。さすがに先生に尋ねたところ、実は先生のオリジナル訳だったものもあったが)。こんなことは編集作業の初歩に過ぎないのだが、出典表示が仮になかったら、引用の誤記がそのままに本になってしまっただろう。
一般向けの本だからこそ、きちんと典拠を示し、読者が必要あれば確認しうるものでなければならない。徹底した出典表示こそが、盗作・剽窃疑惑を起こさない一つの方法であろう。編集者も著者に出典表示を要求すべきなのだ。出典表示のないノンフィクション作品など、それだけでレベルを下げると言っていい。
取材したのであるなら、誰に、いつ、どのような形で取材したのかを逐一明記すべきである。決してできないはずはない。例えば、アニー・ジェイコブセン/田口俊樹訳『エリア51:世界でもっとも有名な秘密基地の真実』は、一見際物的なテーマかもしれないが、非常に真摯に取材活動を行って書きあげられたノンフィクションである。誰に、いつ、どのような形で取材したかが明確に注記してある。日本のノンフィクションでこのような本はあるのだろうか。
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
佐野真一『業界紙諸君!中央公論社、19874月、1350→筑摩書房、ちくま文庫、20001月、680
佐野眞一『だれが「本」を殺すのか』プレジデント社、20012月、1800円→『だれが「本」を殺すのか』上巻、新潮社、新潮文庫、20046月、667
佐野眞一『だれが「本」を殺すのか pt.2(延長戦)』プレジデント社、20025月、1600円→〔増補〕『だれが「本」を殺すのか』下巻、新潮社、新潮文庫、20046月、667円 *下巻にかなり増補されている。
栗原裕一郎『〈盗作〉の文学史:市場・メディア・著作権』新曜社、2008630日、3800円+税
アニー・ジェイコブセン/田口俊樹訳『エリア51:世界でもっとも有名な秘密基地の真実』太田出版、ヒストリカル・スタディーズ220124月、2400
 
◆[盗作]関連ブックリスト
竹山哲『現代日本文学「盗作疑惑」の研究:「禁断の木の実」を食べた文豪たち』PHP研究所、20024月、1500
大月隆寛監修『田口ランディ:その「盗作=万引き」の研究』鹿砦社、200211月、1600
★◎●栗原裕一郎『〈盗作〉の文学史:市場・メディア・著作権』新曜社、2008630日、3800円+税
                   *日本文学の盗作問題についてよく調べ上げた労作。本書については、後日紹介することもあろう。
甘露純規『剽窃の文学史:オリジナリティの近代』森話社、201112月、3600円+税
清水良典『あらゆる小説は模倣である。』幻冬舎新書、20127月、800円+税
                   *未見なので、内容が盗作にかかわるものかどうか不明。
マリー・ダリュセック/高頭麻子訳『警察調書:剽窃と世界文学』藤原書店、20137月、4200+税
Marie Darrieussecq, Rapport de police

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隠居生活続行中。

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