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■2016年読書メモ(7月)

今年の1月から6月までの6か月間で60点。7月は16点だったので、通算76点(月平均10.9点)。依然としてこれまでの平均値より大幅に少ない。映画ばかり見ているためか。

便宜的にほぼ読了した順に通し番号を付しているが、メモし忘れたりしているので、読んだすべてではない可能性もある。なお、一応巻頭から奥付まで目を通したもののみとする。

 

記載方法は、かつても記したことがあるので、こちらを参照されたい。



7月

61 田崎健太 『電通とFIFA:サッカーに群がる男たち』 光文社新書、2016220日、760円+税 [注×文△索×]

※テーマとしてはいいタイミングなのだが、切り込みが甘く、結局電通でスポーツビジネスを牛耳っていた高橋治之への取材も腰砕け。電通はスポーツマーケティングの会社・ISLを合弁で設立するが、IOCの人間たちへの賄賂といった<汚れ仕事をやってくれるISL社は都合のいい存在だった。>(p.168)と書くだけで、電通を無罪放免としてしまう。昨年読んだアンドリュー・ジェニングス『FIFA 腐敗の全内幕』(文藝春秋、15.10.30)はきちんと情報ソースを明示しているが、本書では曖昧でしかない。

 

62 デイヴィッド・トゥーミー/越智典子訳 『ありえない生きもの:生命の概念をくつがえす生物は存在するか? 白揚社、20151230日、2500円+税 [注◎文◎索○]

David Toomey, Wired Life: The Search for Life That Is Very, Very Different from Our Own, 2013

※「ありえない生きもの」を本文中では「奇想天外生物」としているが、極限環境に生きる生物から始まって、そもそもの生物の起源に遡る(いままで超怪しげな説と思っていたパンスペルミア説にようやく納得)。ケイ素生物やSFに登場するさまざまな生物たちはもとより、さらに多元宇宙やシミュレーション宇宙の生物の可能性に至るまで、幅広く探索する。あらゆる観点から生物とは何かを追究しているのだが、生物の定義は実に難しい。知的エンタテインメントとして素晴らしい本。

気になった文献は、

Margaret W. Robinson, Fictitious Beasts: A Bibliography, Library Association, 1961

Wayne Douglas Barlowe, Ian Summers, Beth Meacham, Barlowe's Guide to Extraterrestrials: Great Aliens from Science Fiction Literature, 2nd edition, Workman Publishing Company, 1987

 

63 田中辰雄、山口真一 『ネット炎上の研究:誰があおり、どう対処するのか』 勁草書房、2016425日、2200円+税 [注○文○索○]

※ネット炎上の参加者は、年収が高く、ソーシャルメディアをよく利用する子持ちの男性とする(pp.110-1)。さらに、炎上事件に書き込んだことのある人はインターネットユーザの1.5%であり、現役は0.5%、さらに相手に向かって直接攻撃を行う人は0.00X%のオーダーとする(pp.124-9)。これが2万人への調査による統計的な分析結果だ。パーセント表示にしてしまうとほんのわずかな人たちと思えてしまうトリックがある。だが、1つの炎上事件で書き込む人の数は数千人と見込まれる(pp.128-9)。これは決して少ない人数とは言えないだろう。一方で、攻撃者のプロフィールについては、かなり特異であり、コミュニケーション能力に難がある人たちとみなす(pp.142-5)。これは上記の統計とは全く別の先行文献の断片的な事例からでしかなく、統計と結び付けることは無理なのだが(<これはきわめて少数になるため、統計的調査は無理だ>p.142)、あたかも上記2万人の中から抜き出された攻撃者であるかのように読者をミスリードさせるべく配置されている。総じて著者らは炎上に関わる人々を少なく見せようとし、当事者への直接攻撃は<数人~数十人>(p.137)と見做したいようだ。

7章で受信と発信を分離したサロン型SNSを提案している。メンバーシップ制のサロンでの話題に対して、非メンバーである一般者は受信(読むこと)ができても発信(書き込み)はできない仕組みだ。しかし、本書p.55に掲げられた炎上事例の流れでは、<事例に気づいた人が、Twitter2ちゃんねる等のソーシャルメディア上に投稿(主に批判的な文脈で)し、拡散される。批判が集まり、炎上が始まる。><人気まとめサイトやニュースサイトに掲載され、多くのインターネットユーザが知るところになる。批判が大量に集まるようになり、大炎上となる。>ということなので、隔離されたサロンに直接書き込まれることさえ防げば炎上は避けられる、というわけにはいかないだろう。

些末だが<情報収集力の濫用への危惧は、映画「華氏451」のビッグブラザー以来、よく表明されている。>(p.167)は間違い。ビッグブラザーはジョージ・オーウェルの小説『1984年』に出てくる独裁者。ついでにp.174注1)に記載のある「村上(1992)」は巻末の参考文献に未掲載。

 

64 《芸術新潮》 20165月号、新潮社、特集=若冲:水墨ニューウェイブ、pp.14-85

※福士雄也解説「水墨でたどる革新者(イノベーター)若冲の軌跡」(pp.26-57)は、とてもわかりやすい若冲水墨画の解説。でも《四季花鳥図押絵貼屏風》(宝暦9年)などは画像を見る限り、雑な描き方で、下手な偽作としか思えない。金子信久「かわいい江戸の水墨画:若冲だけじゃないんです」(pp.72-83)は、何と言っても徳川家光の《兎図》! 意図してかわいく描いたわけではないだろうけど、一番のかわいさ。この絵を貰った家臣はどうしていいか困っただろうとは思いますが。

 

65 マーガレット・マクミラン/真壁広道訳 『誘惑する歴史:誤用・濫用・利用の実例』 えにし書房、20141225日、2000円+税 [注×文△索○]

Margaret Macmillan, The Uses and Abuses of History, 2008

※歴史を自己に都合の良いように解釈したり、都合のいい面のみを見たり。そうした誤用・濫用について述べたエッセイ。元々が講演だったせいか、本文には一切出典表示がないが、断片的な記述が多いので、注記すべきだった(原著にも注記がないかどうかは不明)。巻末にある「さらに読み深めたい方へ」の文献は、せめて邦訳のある本はその旨記すべき。たった2ページなのだから。

 

66 白水貴 『奇妙な菌類:ミクロ世界の生存戦略』 NHK出版新書、2016410日、780円+税 [注△文×索×]

※菌類は60万種とも150万種とも1000万種とも言われているくらいだが、同定されているのは約10万種にとどまる(p.42)。その生態は未解明なところも多いそうだが、動物でも植物でも航空機燃料でもプラスチックでさえ、食料にしてしまう。偽の花を作らせる菌がいるかと思えば(pp.100-1)、ゾンビアリにして地上25cmの菌の生長に都合の良い環境で死に絶えさせたり(pp.123-8)、罠を作って狩りをしたり(pp.128-132)、「ガンセル」という銃のような細胞から獲物目がけて「原形質」の弾が撃ち込まれたり(pp.132-4)、とにかく想像を絶するような活動ぶり。こうした菌類の生態を実に面白く描写してくれる。巻末「参考文献一覧」とあるが出典表示。

 

67 榎本博明 『中高年がキレる理由(わけ)』 平凡社新書、2016315日、760円+税 [注×文×索×]

※本文中で引用しているデータ類と、具体的な中高年がキレている状況説明とが、あたかも一致しているような書きっぷりだ。例えば鉄道係員への暴力行為の加害者が40代で20.1%、5018.4%、60代以上21.9%だが、10代・20代計で15.0%いるわけだ(p.21)。駅員に暴言を吐いている例をいくつか示したあと、<このような暴言を吐いている人物には、・・・たしかに中高年が多いように思う。>(p.23)と結びつけてしまう。さらに印象例を書き並べただけで何らの統計的なデータもなく、<キレる中高年が増えている>(p.40)と決めつける。そして、中年は<つまづきやすい人生の折り返し点>(第2章タイトル)であるし、これまでの人生を振り返って<「こんなはずじゃなかった」という思いの数々>(第3章タイトル)がストレスとなり、<そのために、ちょっとしたことで攻撃性を爆発させてしまったり、衝動に駆られてとんでもないことをしてしまったり、ということになりがちなのである。>(p.102)と結論付けてしまう。

 

68 溝口敦 『闇経済の怪物たち:グレービジネスでボロ儲けする人々』 光文社新書、2016420日、740円+税 [注×文×索×]

※ネットでの裏情報提供業者、出会い系サイト、デリヘルの経営、危険ドラッグの仕切屋、闇カジノのイカサマ・ディーラー、FXや仮想通貨販売業、六本木・関東連合の育ての親、純金インゴットの密輸入や振り込めなど特殊詐欺の首領、街場の顔役の9人が登場。冒頭と最後以外は仮名で登場。

 

69 大場裕一 『恐竜はホタルを見たか:発光生物が照らす進化の謎』 岩波書店、岩波科学ライブラリー、2016527日、1300円+税 [注×文△索×]

※発光生物のうち、陸上生物には少なく、大半は海で生活する生物だ。四足動物・植物・淡水魚は光らない。ルシフェリンとルシフェラーゼの反応と言っても一筋縄ではいかず、発光の仕組みは生物ごとに異なり、意外に全貌は解明されていないという。文章は大変読みやすく、うまく構成されている。難を言えば、発光生物がイラストで紹介されていたこと。モノクロ写真ではわかりにくいと思ったのかもしれないが、イラストも暗く、とてもわかりにくい。もしかすると著者の既刊本(『光る生物(DVD付)』学研プラス、2015年/『光る生きものはなぜ光る?』文一総合出版、2015年)で<美しく光る姿を堪能できる>からだろうか。なお、<発光する甲虫はまだこれからも新しく見つかる可能性はある。二〇世紀に入ってからも、・・・>(p.7)は「二一世紀」であろう。

 

70 金子信久 『日本おとぼけ絵画史:たのしい日本美術』 講談社ARTピース、201633日、2600円+税 [注×文×索×]

※明治以降はほんのわずかで、ほとんどは江戸期の絵画なので、「絵画史」というほどのものではない。64にも類似作品の紹介があったが(ダブりはなし)、禅画/俳画/南画や、かたち/苦い/素朴などのキーワードで「とぼけた味」の作品を紹介した軽い本。

 

71 マーク・アダムス/森夏樹訳 『アトランティスへの旅:失われた大陸を求めて』 青土社、20151210日、2600円+税 [注○文○索○]

Mark Adams, Meet me in Atlantis: My Obsessive Quest to Find the Sunken City, 2015

※アメリカのジャーナリストがアトランティスの謎を解こうと世界各地のアトランティス研究者(プロもいればアマチュアも)を訪ね歩く。調べてはいるのだろうが、とりとめもない取材がひたすら続く。とりわけ地図がないため、どの場所をアトランティスに比定しているのかわかりにくい。ちなみに、巻末「資料について」中、L. Sprague de CampLos ContinentsLost Continentsの誤記(p.380)。それにしてもこの項で挙げている文献には刊行年が表示されず、次の「参考文献」にはどれも刊行年表示がされているのはなぜか。

 

72 石坂泰章 『巨大アートビジネスの裏側:誰がムンクの「叫び」を96億円で落札したのか』 文春新書、2016520日、830円+税 [注×文△索×]

※著者は元サザビーズジャパン社長。前半は売れる美術作品の特徴を描いたりして面白い。売れる美術作品は、<美術史における作家の評価、希少性、作品の質、知名度、来歴、歴史的背景、露出の少なさ、コンディション>(p.24)が高額になる条件のようだ。一方、評価される偉大な作家の条件とは、<技量、独創性とともに、その作家を抜きに後世の美術史を語れるかどうかが、その作家が美術史に残る作家となるかどうかの分かれ目となる。>(pp.70-1)という指摘は原則的には賛成だ。本書の中で一番面白かったのは、オークションの前に、<名画を「身体検査」する>(p.49)こと。偽作の検査や盗品・ナチス没収品のチェックが重要。後半は34ダニエル・グラネ、カトリーヌ・ラムール/鳥取絹子訳『巨大化する現代アートビジネス』(紀伊國屋書店、2015727日)と似た内容であるし、本書よりもはるかに詳細。なぜか本書の参考文献にはあがっていないが。

ケアレスミスがいくつかあり、例えば、<欧州では美術館の年間入場者数が七千五百万人で、テーマパークの六千人を上回る。>(p.189)は「六千人」だろう。

 

73 山根明弘 『ねこはすごい』 朝日新聞出版、朝日新書、2016228日、760円+税 [注×文○索×]

※行間スカスカのレイアウトなので、おそらく予定分の原稿量に達しなかったためか、どこもページ数をひたすら稼ごうと涙ぐましい。雑駁な記述に終始し、ねこのすごさは伝わらない。巻末の参考/引用文献では点数としてはそこそこ列挙しているが、これも1点ごとに1行空けるという贅沢ぶり。ただし引用箇所を明示していないので、役に立たず。

 

74 アンドリュー・ジンバリスト/田端優訳 『オリンピック経済幻想論:2020年東京五輪で日本が失うもの』 ブックマン社、2016318日、1600円+税 [注◎文×索×]

Andrew Zimbalist, Circus Maximus: The Economic Gamble Behind Hosting the Olympics and the World Cup, 2016

※オリンピックの経済的効果は全然期待できないのだし、儲かるという幻想がロサンゼルスから始まったに過ぎない。かろうじて儲かったロスの場合は既存のスポーツ施設を流用していたし、その後に開催したい都市とは条件が全く異なる。<IOCにとって問題なのは、一般の人々による抗議が起こると、政治家たちがオリンピックの開催は経済的にも政治的にも得策ではないのではないか?と我に返ってしまうことである。>(p.211970年代後半に立候補都市が減り、いままた次々と立候補取り止めの都市が続出している。手を挙げているのは独裁体制に近いところか、他にやるべきことをやらずにいる東京のような愚かな都市くらいなもの。<奇しくも、2012年にオランダ政府は調査のなかで、将来的に非民主国家だけがオリンピックを開催するようになるだろうと指摘していた。なぜなら、そうした国家だけが「大会開催に向けて権力と資金を中央に集める」ことができるからだ。>(pp.165-6、太字は引用者)その指摘通りのことが起きている。オリンピックに浮かれている大衆は、まさにパンとサーカスに踊らされているに過ぎない。<招致を後押ししているのは経済的な利益を得る人々、例えば建設会社やその労働組合、保険会社、住宅会社、融資を集める投資銀行家、そして弁護士たちや地元のメディア企業、ホテル、レストラン業などだ。>(p.71)「非民主国家」になりかかっている日本では、TV局と新聞社というマスコミ(一部の出版社も)がオリンピックのネタで儲かるがゆえに、その欺瞞性については一切目をつぶり、諸手を挙げて大歓迎だ。本書では、オリンピックが儲かるという幻想を短期的・長期的な視点で根拠がないことを明らかにする。いわんやIOCが念仏のように唱えている「遺産(レガシー)」などというものの嘘も暴いている。ちなみに<IOCの「ブランド保護に関するテクニカル・マニュアル」には、「立候補都市はマーケティング計画を支援するために、大会期間中および大会前の1カ月間すべての広告看板、都市の交通機関の広告、空港の広告などの管理が必要になる」と記されている。>(p.137)つまりすべての広告看板はスポンサー企業用に譲渡さなければならないわけだ。非スポンサー企業は皆このことをご存知なのだろうか?

 

75 クリストフ・ポンセ/豊岡愛美訳/ヒロ・ヒライ監修 『ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎:ルネサンスの芸術と知のコスモス、そしてタロット』 勁草書房、2016115日、2600円+税 [注◎文◎索○]

Christophe Poncet, The Choice of Lorenzo: Botticelli’s Primavera between Poetry and Philosophy

18世紀に成立したとされるマルセイユ版タロットの《恋人》のカードにおける二人の女性にはさまれた若者という構図が、《プリマヴェラ》のウェヌスとフローラの二神の配置と酷似しているとする。だが、15世紀初頭成立のミラノ版タロットでは、女性が一人(p.9)。二人目の女性が加えられた理由を15世紀の絵に求めるが、それがなぜ18世紀になって出現することになるのだろうか。女神フローラをシモネッタ・カターオネ、女神ウェヌスをルクレツィア・ドナーティに定めた後、二人を愛して叶わなかったロレンツォ・デ・メディチが、タロット《恋人》の中央にいる若者であり、《プリマヴェラ》で姿が描かれないのはロレンツォ自身が鑑賞者であるからと説く(p.82)。アクロバット的な論拠ではある。

フィチーノによるプラトン『ピレボス』注解やロレンツォの『自伝』、クリストフォーロ・ランディーノによるダンテ『神曲』注解などを緩用して、《プリマヴェラ》の各モチーフを分析したところは説得力がある。たとえば、メルクリウスが杖を伸ばしている仕草には、メランコリアの霧を追い払おうとしているとか(pp.106-8)。<はじめにプラトン主義者フィチーノが思想的な筋書きをしつらえ、そこに寓意家ランディーノが神話のような衣装を与えた。そして古代世界を模したこのルネサンス期のキリスト教的な物語は、ボッティチェリの絵筆によって現実世界における美のシンボルへとたちまちに変貌をとげたのだった。>(p.117)という本書末尾の結論にはうなずくところがあるが、タロットを持ちだした論証には無理を感じる。

注が原注なのか訳注なのか判然としない。どうやら出典を表示した原注の中に、邦語文献などを特記せずに追加した模様。巻末「参考文献一覧」中、パノフスキーの『イコノロジー研究』の翻訳版元版を「精興社1971年」としているが、明かに「美術出版社」の誤り。

 

76 永原康史 『インフォグラフィックスの潮流:情報と図解の近代史』 誠文堂新光社、2016210日、2800円+税  [注◎文○索○]

※インフォグラフィックスの歴史を、都市交通図や図解、統計表現などから現代のデジタル表現までを、数多くの事例を紹介することで俯瞰する。冒頭で、<20世紀後半のインフォグラフィックスは、ヴィジュアライゼーション(可視化)とストーリーテリング(物語化)の2方向に進んでいるようにみえます。>(p.10)と規定し、この二つの方向を例証していく。前者は定量化された情報を可視化するものであるし(p.111)、後者は具体的な絵によってコンテキストが瞬時に理解できるもの(p.66)、もしくは<図版に演劇的な振る舞いを与えることで、物語るように。わかりやすくインフォメーションする>(p.106)ものである。20世紀末にはリチャード・ソール・ワーマンによって<インフォグラフィックスが「理解のデザイン」として提示された>(p.112)という指摘は賛成だ。

毎ページ豊富な図版を掲載しているが、各見開きにおける図番号の並び方がわかりにくい(図キャプション原稿を作ってしまってからレイアウトしたためか)。誤記も散見される(例えば、p.26[註17]の図26-1,2→図24-3だし、p.78の「プレフェア型」は「プレフェア型」)。

 

 

 

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Author:夢幻庵主人
隠居生活続行中。

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