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■2014年9月展覧会総括

20149月に見た、主に美術関連の展覧会7件(201419月では計49件)について個人的な感想と評価を記した。あくまでも主観的なものである。特に騒音・混み具合などは、たまたまその時だけの現象かもしれない。
配列は必ずしも会期順ではない。
 
◆評価ポイント ★★★★★(5)・・・☆☆☆☆(1)までの5段階評価
A:展示内容(作品、解説)・構成・展示品の質
B:展示方法・動線設計・照明
C:雰囲気・騒音・混み具合
 
9月
 
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ブリヂストン美術館 「ブリヂストン美術館コレクション展 絵画の時間:24のエピソード」会期:8/29/23
A★★★☆☆B★★★☆☆C★★★☆☆
*展示品自体は、従来から見たことのある作品が多く、初めて見るものは少なかった。前月に見た山種美術館のコレクション展と異なり、うまくテーマ設定をすることができなかったようだ。「絵画の時間:24のエピソード」というタイトルの趣旨が、どのように観客に伝わると考えているのだろうか。どうも苦し紛れにつけたとしか思えない。24のエピソードも、いわば24点の作品にだけ解説をつけました、というに過ぎず、エピソードを織りなす何かが見えない。どうせなら24点だけにして、これに徹底した解説をパネルでもしつらえて掲示したらよかったのに。出光美術館の「日本の美・発見IX 日本絵画の魅惑」展 では、「鑑賞のツボ」というミニ解説をポイントとなる作品ごとに掲出し、作品の部分図を示して観客の目の付け所を教えてくれたし、文字も大き目で非常に読みやすかった。せっかくのいい所蔵品を見せるのに、もうひとつ工夫があってもよかったのではないだろうか。
今回見た中で、少し気になったのは、ルノワールの《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》。思っていた以上に青味が画面全体を覆っていたこと。美術館のサイトにある解説文でも「画面を支配する青色」とは記されているし、今までも何回も見ていたのだが、画面中央の女の子の肌もここまで蒼ざめていたかな、というくらい青かった。照明の関係だろうか。
ザオ・ウーキーの07.06.85は、(多分)いつ行っても架かっていたので鮮やかなブルーの深みが好ましかった。今回改めて見ているうちに、これは「滝」でもあるのではないかと思った。そうして見ると、千住博のあざといばかりの滝の連作とに、遥かに大きな隔たりを感じた。
細い線ばかりで構成されたハンス・アルトゥングの《T1963K7》も何度か見ているような気がするが、現代作家の作品のなかで一番好ましかった。
そして最後に見た岡鹿之助の《雪の発電所》。これも何度も目にしながらも、やはり考え抜かれた堅牢な構成、絶妙な色合い、的確な表現ということを再確認できた。
 
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サントリー美術館 「耀きの静と動:ボヘミアン・グラス」 会期:8/29/28
A★★★★B★★★★C★★★☆☆
15世紀から現代に至るボヘミアン・グラスの精華。プラハ国立美術工芸博物館の収蔵品より。1945年以降、大きくその姿を変え、純粋にガラスの美しさのみに特化していくが、それまでの長い歴史の中では、いったいどうやって使っていたのだろうかと訝しく思うモノもあったにせよ、実用の範囲から逸脱していたわけではなかった。しかし、第二次世界大戦後、急速に考え方が変化し、美のためのガラス作品が生まれることになった。そうした歴史的な配置により、ボヘミアン・グラスの全貌が見える構成となっている。
今回の展示の大半は旧来のボヘミアン・ガラスではあったし、時代ごとの技法の変化、新しい素材の登場、などにより、デザインも変わり、より洗練されてくるので、見応えは十二分にある。だが、戦後の、それもごく最近の優れた作品は、素材を自由に使いこなすその技術の高さと、研ぎ澄まされたデザイン・センスゆえに、強烈なインパクトがあった。
 
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国立新美術館 「オルセー美術館展:印象派の誕生-描くことの自由」 会期:7/9~10/20
A★★★☆☆B★★★☆☆C★★☆☆☆
*展示作品のほとんどが、画集で何度も見たことのあるものばかりであり、現物での再確認ということになる。ただし、展覧会のサブタイトルで誤解されそうなのは、今回の展示がいわゆる印象派作家の作品ばかりではないこと。クールベ、ミレー、コロー、ドービニーといった印象派に先立つ画家たちの作品も展示。
しかし、日本でここまで印象派が人気なのは、それまでの歴史画、宗教画などが知的背景を知らなければ理解できないのに対し、ただ描かれているものだけ見ればよいのだし、描かれているものはわかりやすいと思われているからに他ならない。その後の現代美術になると、描かれているものなどよりもその先を読まなければならないし、一体画家が何を考えて描いたのかが理解できないので、これも敬遠せざるを得ない。したがって、印象派作品のわかりやすさが心地よいのだろう。逆に言えば、一見したところのわかりやすさが曲者でもあるのだが。
したがって、今回の展覧会も印象派作品ということで大賑わいであった。なかでは、モネの未完の大作《草上の昼食》が圧巻だったろうか。大家に取り上げられ、やっと返してもらったときは半分以上が駄目になっていて、分断せざるを得なかった作品。残った部分だけでも巨大なのに、実際はその倍はあったとされる。
展示会場での解説表示は並み、というかあってもなくてもいいレベル。
 
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東京ステーションギャラリー 「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン:「遠く」へ行きたい」 会期:9/13~11/9
A☆☆☆☆B☆☆☆☆C★★☆☆☆
*この展覧会は、むしろ無料にして、東京駅を訪れた人すべてに開放し、誰もが見ることができるようにすべきだった。ガランとした人気のない会場。
展示品の多くは70年代の古いポスターや雑然とした関連グッズの類い。国鉄が「ディスカバー・ジャパン」を標榜して一大キャンペーンを張ったものの単なる回顧にすぎない。それがなぜ起きたのかを問うことなく、時代性を明確に示すこともなく、ただこれまでと違ったキャンペーンをやりました、雑誌《anan》などでおわかりのように「旅」のイメージがその後変わりました(変わったはずです)、というだけ。全体の展示がせいぜい高校の文化祭レベルの展示方法でしかないので、どれも断片の堆積でしかない。
同時代の写真との関係ということで、「ディスカバー・ジャパン」の写真の虚構性に反発した中平卓馬のような神経症的な写真作品をいくつか掲げていたが。それも、ブレた写真を使ったりしたことのアリバイ作りのためか。
 
 
インターメディアテク 「アヴェス・ヤポニカエ:日本の鳥」 会期:8/59/28
A★★☆☆☆B☆☆☆☆C★★☆☆☆
*毛利元寿によって江戸末期に描かれた「梅園禽譜」の写本と、山階鳥類研究所より寄託された鳥の剥製を並べてみせる企画。せっかくのユニークな展示企画ではあったが、いかんせん展示自体がただ写本の近くに剥製を置くだけで何の説明もなしという安易さ。
江戸時代の博物画を、総合的に、じっくり見せてくれるような展覧会は企画できないものだろうか。
 
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インターメディアテク 「マリリンとアインシュタイン:神話的イコンに捧げる讃歌」 会期:6/710/5
A☆☆☆☆B☆☆☆☆C★★★☆☆
*退屈。どうもインターメディアテクの展示企画は頭でっかちなのに、実体が伴わないことが多い。つまり言うほどには内容もなく、思い付き優先で観客への訴求力もない。本展などその典型。展示されていたウォーホルのように、中身のない薄っぺらな現代そのものなのかもしれないが。そうそう、ウォーホルがかつて発行していた《Interview》という月刊誌の表紙を眺めることができたのだけは良かったが。こんな表紙だったんだ、という確認のためだけ。
マリリン・モンロー旧蔵真珠ネックレスは、来日時にジョー・ディマジオが贈ったもので、モンローが所有していた宝石類のほとんどが模造品であった中に、数少ない本物であった。だからといって、どうということのない真珠ネックレスなのだが。しかるに、もしこのネックレスに価値を見出すとするなら、<それに込められている社会の信仰と伝説によるもの>(東京大学総合研究博物館ニュース《Ouroboros51号、p.3)、という。どうやら展示者はこれを「神話的イコン」と称したいらしい。もちろんオークションにでもかければ、もっともらしい来歴は売りになる。所有者が単に自慢できるからであり、感心するふりをする追随者がいるから。その意味においてのみ、こうした付属エピソードが価値を持つに過ぎない。
 
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板橋区立美術館 20世紀検証シリーズ No.4 種村季弘の眼:迷宮の美術家たち」 会期:9/610/19
A☆☆☆☆B★★☆☆☆C★★★☆☆  ■図録購入
*遠路はるばる行ってみたものの、残念ながら期待外れ。種村季弘の視点からセレクトした美術作品が並んでいるはずなのだが、個々の作家・作品について種村がどのように見ていたのかが、展示では何も触れていないため、会場にいる限りは何もわからない。以前、「夏目漱石の美術世界展」という漱石の目を通した美術展が東京藝術大学大学美術館であったが、それには必要に応じて漱石と美術作品との関わりが展示説明として付されていた。それが本展にはないので、来館客は勝手に想像をたくましくするだけだ。まあ、種村の書いたものを全部読んでいますといったマニアックな読者しか相手にしていないので、ということかもしれないが。翻訳を除く処女作である『怪物のユートピア』を高校時代に購入して読んで以来の読者ではあるが、全くいい読者ではなかったので、ゾンネンシュターンとか何人かの作家の名前だけは種村季弘に教えられていただけで、何が書いてあったかなど丸っきり忘れている。
図録巻末には、各作家についてどんな批評で触れているかの一覧があるが、その中の適切な一文でも作品の隣に掲出していれば、種村がどのように評価していたか、なぜここに展示しているのかの一端が窺えたかもしれない。図録には、各章に見開き2ページずつの簡単な解説と、巻末にほんの少々ゾンネンシュターンについてのエッセイが再録されているだけ。図録の編集も不十分極まりない。
展示の最後に種村の著書の一部が並んでいたが、図録にはほんの数点しか掲載されていないのは問題だ。ここでも図録編集の杜撰さがわかる。なお、図録は平凡社が発行元となっている。
なお、展示とは関係ないのだが、1階の男子トイレには、デュシャンの《泉》のレプリカが、実際に使用できるようになっている。
 

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夢幻庵主人

Author:夢幻庵主人
隠居生活続行中。

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