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『兎とかたちの日本文化』◆兎の美術について

 某月某日、こんな本を読んだ。
 
 今橋理子『兎とかたちの日本文化』東京大学出版会、2013926日、2800円+税 [注◎文◎索×]
 
本書は、兎を「かわいい」とする日本人の独特の感覚、感性が、どのような経緯で成立を遂げてきたのか、兎の造形=かたちが日本の文化をどのように育んできたのかを明らかにしようとする書である。
 
目次を掲げておこう。各章の末尾には、「逸品への誘い」としてその章に関わりのある作品を取り上げ、章で論じられた文化的な意味合いを作品分析に応用してみせる。なかなかうまい仕掛けである。
はじめに――ウサギを好む日本人
I章 月の兎――うさぎ図像の伝統とは?
  逸品への誘いI 葛蛇玉筆「雪夜松兎梅鴉図屏風」
II章 「伏せた丸い兎」の理由――和菓子からミニチュア・アートまで
  逸品への誘いII 永田哲也作「和菓紙」アートの世界
III章 桜とうさぎ――<擬古典>文様の創造
  逸品への誘いIII 上村松園筆「待月」
兎の足あと――あとがきにかえて
 
著者は、冒頭で次のように言う。<いつの頃からか日本には潜在的あるいは日常的な「うさぎブーム」が存在し、それが現代日本の生活・文化にもしっかりと定着していることは、もはや明らかであろう。>(p.5)とりわけ明治初期に外来のウサギが飼育されるようになると、愛玩用に珍種を生みだそうとする流行が起き、あまりの熱狂ぶりに東京や大阪では禁止令や重課税などで兎投機を抑制する事態に至った(pp.9-11)。珍種を人工的に作り出すことは江戸時代から朝顔等で盛んに行われていたわけで、それが兎になったともいえた。しかし、いつごろからか、日本人は兎を「かわいい」とみなすようになる。
<兎を「かわいい」と見做す日本人の感覚が、実はきわめて「現代的」なものであり、しかもアジア地域でも「日本だけ」というきわめて特殊な事例であることに、日本人が無自覚であるという点も浮き彫りにされてくるのである。>(p.16)とはいえ、本書で比較文化的な議論がなされるわけではなく、あくまでも日本における兎のイメージの取り扱いにほぼ限定される。
 
「第I章 月の兎――うさぎ図像の伝統とは?」においては、月と兎の関係を知ることによって、さまざまな兎の美術作品が読み取れることを示す。
<「月と兎」あるいは「月の中に棲む兎」のイメージは、…言説の源が中国にあることが確かめられた。>(p.29)その密接な関連を前提にすると、<虚空の「天を振り仰ぐ兎」は、「月」を仰ぐために頭をもたげていることがおのずと明らかになる。>(p.31)「秋草に兎」のモチーフは、<月→満月→秋→秋草/という思考の変遷を経て、「秋草」という日本的題材とも結び付いていった>(p.32)。「木賊(とくさ)に兎」のモチーフは、源仲正の歌から世阿弥作の謡曲『木賊』の中の歌を経て、<木賊→「磨く」→明るい月→満月→兎>(p.36)という連関で考えることができる。
さらに「波に兎」のモチーフは、工芸の世界では「波兎(はと)文様」と称される。謡曲『竹生島』を原典とする説が紹介され、本文中に「月海上に浮かんでは、兎も波を走るか」という一節があることから、<「波の上を走る兎」とは、実景的に「兎」が「波」の上を走っている様子を物語るわぇではなく、実は「月の光」が湖面の上にゆらいでいるそのさまを〈見立て〉、形容している一種の譬の表現なのである。>(p.40
したがって、兎の絵に<たとえ画面上に「月」が描かれていないとしても、…鑑賞者は不在の「月」を実在のものとして感知するよう要請されている。>(p.41
 
近代に至るまで、画家は決して自由に題材とモチーフを選択できたわけではなく、見えない伝統に常に縛られていたことに思い至る。近代以前の美術作品に「兎」が登場したら、まず「月」を思い浮かべることが、その作品を理解する第一歩だ、ということになろうか。
 
著者は続いてもう一つの重要なモチーフを提示する。「伏せた丸い兎」のモチーフだ。
結論を言えば、<伏せた丸い兎⇔玉兎(たまうさぎ)⇔玉兎(ぎょくと)⇔月⇔満月>(p.54)という連関で考えることができる。玉兎(ぎょくと)とは、月の異名である。
一方、「金烏(う)玉兎」と並置されて呼ばれることも多い。この「金烏」は太陽の異名であり、太陽の中に三本足の烏が棲むという古代中国以来の伝説によるものである(p.58)。そして、太陽と月の位置関係を検証して、<右―日天=太陽/左―月天=月>(p.63)を示す。<この左右の位置関係は、〈日月〉の聖性図像を用いるあらゆる造形表現において、必ず踏襲されている約束事になっていると言える>(p.64)のである。したがって、<〈日月山水図〉や〈日月四季花鳥図〉の諸作例では、ほとんど例外なく、春夏を象徴する桜花や緑の樹々が描かれた、右隻に「日」が、そして秋冬を象徴する紅葉や雪景色の左隻に「月」が描かれる。>(p.66
この約束事を認識していれば、日月の描かれた屏風を眺めたとき、いろいろなことがわかってくるだろう。
 
著者は、こうした分析結果を踏まえて、プライスコレクションにある葛蛇玉筆「雪夜松兎梅鴉図屏風」を子細に見直してゆく。この六曲一双の屏風は、これまで右隻に兎、左隻に烏を置いていた。昨年の東北3県を巡回した「若冲が来てくれました:プライスコレクション江戸絵画の美と生命」でも、同様の展示であった。しかし、上記の約束事を踏まえるならば、<右隻には「日」を表す烏を、そして左隻には「月」を表す玉兎(ぎょくと)の兎を、明らかに配置すべきなのである。>(p.70)と主張する。おそらくこれに反論することは難しいだろう。
さらに、木に登る兎という一見奇妙な姿は、「桑実寺縁起絵巻」を参照することにより、<烏や兎はそれぞれに、「日光・月光菩薩の化身」なのであり、まずこの二つのモチーフによって、物語全体の神話性が表象される。>(p.82)と解き明かす。
結論を言えば、<この屏風は「雪夜日月図」と呼ぶべきであろう。この屏風のまばゆいほどの雪の情景は、金烏玉兎に護られて今ここへと降臨する、薬師如来の姿そのものとも見えてくるのである。>(p.90)この鮮やかな読み! 「若冲が来てくれました」展でも若冲以上に圧倒的な迫力で見る人を捕らえた本作が、実はこのような意味合いをもって立ち現れるとは。
 
「第II章 「伏せた丸い兎」の理由――和菓子からミニチュア・アートまで」は残念ながら第I章のような冴えは見いだせなかった。
 
「第III章 桜とうさぎ――<擬古典>文様の創造」においては、伝統文様である兎に花樹を組み合わせた「花兎(かと)文様」が、兎に桜花の組み合わせという「花うさぎ」に転じたことを論じる。この点について、「雪月花」文様が元ではないかとする(pp.148-9)。こうした<古典を模した新しい意匠――すなわち〈擬古典〉>(p.147)とみなし、ある意味で積極的に評価する。
 
この章で取り上げている「逸品への誘いは、上村松園筆「待月」である。画面ほぼ中央に柱があり、その奥に月の出を待つ女性が描かれた作品で、発表当時は悪評だったらしい。しかし、著者は月の出を待っているのではなく、来るはずのない恋人を待つ姿と読み解く。<「雪月花の時最も君を憶ふ」(白居易)という、不在の恋人へ込めた想いのメッセージがある。つまりそれは恋い慕う人が、もはや現れることはないのだという、一種の諦めにも似た無常観でもあるのだ。>(p.171
<上村松園筆「待月」は、東洋美人画の〈伝統的主題に準える〉という擬古典の思考を、主題の選択と描き込むモチーフの描写方法の両方で達成してみせた。>(p.171)これもなかなかに切れ味のいい分析だ。ここまで考え抜いて構成することのできた上村松園を、少し見直した。
 
「主題の選択と描き込むモチーフの描写方法」は、かつての芸術作品を見るときの、基本的な視点である。しかし、にもかかわらず、なかなか難しい。主題がいったい何なのか、それすら判然としないことも往々にしてある。描かれているモチーフが何であるかはわかっても、それが当時はどのような意味合いで描写されているのかは、必ずしも自明ではない。
西洋美術を読み解くための事典類は数多く出版されている。ジェイムズ・ホール『西洋美術解読事典』など、日本語で読める本も多い。一方、日本美術に関しては、寡聞にしてその存在を知らない。本書のような日本美術解読の書を読むと、無性にそういった日本美術解読事典が欲しくなる。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
ジェイムズ・ホール/高橋達史・他訳『西洋美術解読事典:絵画・彫刻における主題と象徴』河出書房新社、19885
 
 

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