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『グーグル、アップルに負けない著作権法』◆クラウドプロバイダーについて

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 角川歴彦『グーグル、アップルに負けない著作権法』KADOKAWA、角川EPUB選書、20131010日、1400円+税 [注△文△索×]
 
本書は、グーグル、アップルなどと電子書籍に関して交渉したことから、そういったクラウドプロバイダーの戦略とそれへの対策とを書いた本である。
 
冒頭をこのように始めている。
2012年、株式会社KADOKAWAは、脅威の象徴として“黒船”といわれた海外4クラウドプロバイダー各社と直接対峙した。…夏のカナダのKobo(実際の経営は楽天)に始まり、9月にはアメリカのグーグル、10月のアマゾン、そして12月にアップルという順に――。彼らは世界の電子書籍市場を独占する主要なプレイヤー(モノポリー者)だ。>(p.3
さらにこう続く。
<◎出版社の直営サイトとして、著者と出版者…との日本独特の濃密関係を外国企業に理解させることが出来るか
◎日本語は世界でも稀な縦書き表記である。KADOKAWAグループ傘下9社の推進するEPUB3…を4社がサービス開始時に採用出来るか
4社が求める複数年度契約を単年度に出来るか、…
◎もしも両者間でトラブルがあったときは管轄裁判所を日本に出来るか
およそ14項目におよぶ交渉はどれ一つとっても疎かに出来ず、手を抜くと後々後悔しそうな案件であった。>(pp.3-4
このような書き出しであれば、読者は当然、そのあとの本文中でこれらの案件がどのように解決されたかが書かれていると期待するであろう。しかし、見事にその期待は裏切られ、思わせぶりの前振りは遂に明かされることはない。4社と契約交渉した話はpp.155-161で簡単に触れてはいるが、上記の案件が具体的にどうなったのかの説明はない。<もちろん契約内容に立ち入ることは秘密保持義務に違反するから詳細は語れない。>(p.177)つまり、本書がミステリなら、冒頭に起きた謎が解明されないまま、探偵曰く、クライアントの秘密保持義務に違反するから詳細は語れないとして、終わってしまうわけだ。
 
したがって、本書に対してタイトルに書いてあるような「負けない著作権法」を知ることができるなどと期待してはいけない。そのような言葉など、無知な読者に対する掴みでしかない。羊頭狗肉という言葉が本書の本質を示す。
本書の読みどころは別にあろう。グーグル、アマゾン、アップルといった企業が、<IT業界のビジネスモデルは有料課金か、広告による無料サービスの二つしかない>と思われていたところに、<利益をあげる第3の方法があることを[アップルの]ジョブズが示した。「アップルのエコシステム」を目の当たりに見せられて、グーグルもアマゾンも、さらには場外にいたマイクロソフトでさえ驚愕した。その誰もが考えもしなかった収益構造をジョブズは実現してみせた。>(p.164)という、クラウドプロバイダーの動向を描いた本でしかない。
 
著者は、こういった動きに対抗して、<私は「エコシステム20」を提案する。/エコシステム20はコンテンツ事業者が自らクラウドプロバイダーとなり、アプリ開発者とプラットフォームを作る。/音楽/出版/映画/ゲーム/アニメ/テレビといった日本のコンテンツ事業者が全員参加してプラットフォーマーになる。>pp.185-6)と主張する。そして、次のように断言する。<ジャパン・コンテンツ・プラットフォームの本当の凄みは、顧客IDが国民レベルの「認証システム」に成長すると大きな価値を生むことにある。…3年もすれば国民の大半がユーザーになる。>p.187
ここで遂に著者の本当の狙いが露わになったというべきか。ジャパン・コンテンツ・プラットフォームができた暁には、その顧客IDを国民IDにしようと狙っているわけだ。「国民の大半がユーザー」なら、誰がどのような音楽/出版/映画/ゲーム/アニメ/テレビを見たかは一目瞭然。さらに敷衍して言えば、著者はこのプラットフォームではアップルとは違ってリジェクションはしないと主張しているものの、そんな保証はどこにもない。グーグル八分のようなことは管理側からすれば裏でいくらでもできてしまう。まさにオーウェルの悪夢の到来! 
まあ、恐らくはジャパン・コンテンツ・プラットフォームなどという悪夢は、賢明な日本のコンテンツ事業者の多くが参加しないであろうから、成立しないで済むとは思うが。
 
本書は、株式会社KADOKAWAの会長の書いたものだが、おそらく部下の誰かが編集者としてついたのだろう。しかし、書籍の編集には素人らしく、おかしな箇所が随所にある。
〔例1〕<彼[ウンベルト・エーコ]にとって書籍は調査の道具だ。だから本棚にあることは大きな価値がある。アナログ的と悪口をいわれようが背表紙と腰帯にはネットには代えがたい検索性がある。>(p.40
→日本じゃないのだから、まず「腰帯」なんてついていない(そもそも腰帯なんて言い方は俗称で、帯で十分)。
〔例2p. 77は<イノベーションの連続がこの新世界の宿命でもあるのだ。>の1行のみで、残りは白。ここで第1章が終わるため、次ページのp.78も白。
→まともな編集者なら、はみ出した1行をなんとか前のページ内に収めるものだが。
〔例3〕<出版でいえば、編集者のエディトリアルとはどんな作業か。>(p.148)と書かれたすぐ後に、次のようなエピソードが紹介される。ある女性編集者と有名な芥川賞受賞作家との原稿のやりとりで、<校正したての初稿に誤植があると作家が怒り出した。「もう君の社から出版することは認めない」と印刷物を取り上げたのだ。彼女もまた感情が昂じて、なんと真夜中の飯田橋駅の橋の上でそれを奪いかえしたというのである。>(p.148
→これでは編集者のエディトリアルとは、作家が怒っても原稿を奪いかえすものだとしか読めない。第一、「校正したての初稿に誤植がある」とは意味不明。「初校ゲラにまだ誤植が残っていた」とも考えられるが、株式会社KADOKAWAでは「校正したて」でホッカホカの「初稿」(「稿」の字は原稿の意味だから、ゲラではなく、第1稿とも読めるが)とかいうものがあるのだろうか。
〔例4〕巻末に用語集が横組みで4ページつく。これが変なページ順だ。p.307p.306p.309p.308という順に読まねばならない。
→まともに組めば、p.309p.308p.307p.306という素直な順にするだけ。縦組みの本に、横組みページがきたらどうすればいいのか考えなかったんだろうね。
 
余計なことだが、電子書籍の流れを記述した中で、著者は<こうした大きな資産であり、かけがえのない出版物[百科事典や国語辞書]が、技術革新の荒波をまともに受けるという厳しい現実を、出版社や国語学者はどう受け止めたらいいのだろうか。>pp.44-5)と記す。多くの辞典を出している角川学芸出版という立派な出版社もいまは株式会社KADOKAWAのブランドカンパニーになっているのだが、株式会社KADOKAWAの会長職を務める著者にとっては他人事でしかないのだろう。
 
本書は、13.5級、140字詰め、行送り22歯、19/pだろうと思うが、小口までのアキが10mmと版面が紙面いっぱいであり、文字が大きいくせに行間が狭く、非常に読みにくい。電子書籍なんぞに浮かれていないで、紙の本のレイアウトくらい読みやすくしなければ、やっぱり「編集なんか不要だ」論に負けてしまうぞ。

内容も体裁も、
3年もかけて作った本にしては、お粗末としか言いようがない。
 
 
 

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既刊・近刊メモ(2013年12月版 Ver.2)

12月前半に刊行された(はずの)本と、12月後半以降の近刊を掲載する。若干の本には余計なコメントを付した。日付は発行日ではなく、発売日。発売日順を原則としているが、WEBでの確認が中心なので、違っているかもしれない。
*前回掲載のものから追加・変更した箇所を橙色で示す。
なお、近刊の本についてはあくまでも予定であり、タイトル・発売日・価格ともに変更の可能性はある。
次の行は私的メモ。
■読んだ本(▲元版で読んだ)、■買った本(▲元版所有)
 
12月前半に出た本から】
 
豊田市美術館監修『反重力:浮遊・時空・パラレルワールド』青幻舎、12/22800円+税〔詳細〕
 *やっと刊行が間に合ったのか。
 *「反重力展」豊田市美術館、2013914日-1224日開催

■山口晃『すゞしろ日記 弐』羽鳥書店、12/42200円+税 〔詳細〕
*東京大学出版会のPR誌《UP》が届いたら最初に見る「すゞしろ日記」が再度まとまる。「I すゞしろ日記風」と「IIUP版すゞしろ日記 第51回~第100回」の2部構成。

幸福輝責任編集 『版画の写像学:デューラーからレンブラントへ』 ありな書房、イメージの探検学412/46000円+税〔詳細〕
*彫版されたイメージ/表象の源泉と意味を探り、それらの内部に込められた創造の秘跡を探検する。

炎 『司法権力の内幕』 ちくま新書、12/4760円+税 〔詳細〕
*日本の裁判所はなぜ理不尽か。人質司法、不当判決、形式的な死刑基準……など、その背後に潜むゆがみや瑕疵を整理、解説。第三権力の核心をえぐる。

B・ジャック・コープランド/服部桂訳 『チューリング:情報時代のパイオニア』 NTT出版、12/52900円+税 〔詳細〕
*現代のコンピュータの基本モデルを着想し、不完全性定理のもう一人の立役者であり、連合軍の勝利をもたらした暗号解読者であり、人工生命研究の先駆者でもあった天才数学者アラン・チューリング。ゲイとしての私生活、その死の謎などの逸話も含め、チューリング研究の第一人者が描き出す決定版伝記。エニグマ解読を中心とした戦時中の暗号解読は、第3章~第7と中心的テーマでもある。

小塚昌彦 『ぼくのつくった書体の話:活字と写植、そして小塚書体のデザイン』 グラフィック社、12/62500円+税〔詳細〕
*毎日新聞書体、新ゴ、小塚明朝、小塚ゴシックのタイプデザインディレクターが語る、文字づくりのすべて。

■桑原茂夫『新版 不思議の国のアリス』河出書房新社、ふくろうの本、12/61800円+税〔詳細〕
*写真機の発明に恐竜の発見等、ヴィクトリア朝の魅力的な文化がワンダーランドを支えていた。

立花隆 『読書脳:ぼくの深読み300冊の記録』文藝春秋、12/91600円+税 〔詳細〕
*『週刊文春』連載の「私の読書日記」をまとめたシリーズの四冊目。今回は東京大学附属図書館副館長の石田英敬教授と「読書の未来」を語り合った対談を収録。

東雅夫編『日本幻想文学大全III日本幻想文学事典ちくま文庫、12/101600円+税 〔詳細〕
*作家事典と作品案内の両面を兼ね備えた必携のレファレンス・ブック

早川義夫『ぼくは本屋のおやじさん』ちくま文庫、12/10720円+税 〔詳細〕
*元版の晶文社版と装幀はそっくり。双方とも平野甲賀による。何篇か追加されている。

■高橋輝次『書斎の宇宙:文学者の愛した机と文具たち』ちくま文庫、12/10880円+税 〔詳細〕
*机、原稿用紙、万年筆、鉛筆…。身近な文具にまつわるエッセイを通じて、創作活動の秘密を浮かび上がらせるアンソロジー。

尾形希和子『教会の怪物たち:ロマネスクの図像学』講談社選書メチエ、12/101900円+税 〔詳細〕
*イタリアに点在するロマネスク教会の聖堂に跋扈する恐ろし気でコミカル、猥雑な怪物たち。なぜそれは聖堂内に描かれるのか?「単なる装飾」として片付けられてきた怪物たちを民族学や心理学的アプローチを加え読み解く、新しいイコノロジー。

井辻朱美編著 『映画にもTVにもなった ファンタジー・ノベルの魅力』七つ森書館、12/101800円+税 〔詳細〕
*数百年におよぶファンタジーの歴史から選び抜かれた101作品。映画にもテレビにもなった、誰もが知っている名作を読み解く、新しいファンタジー小説のガイドブック。

西尾哲夫 『ヴェニスの商人の異人論:人肉一ポンドと他者認識の民族学』 みすず書房、12/104200円+税 〔詳細〕
*金の貸し借りと、返済不能の場合の人肉という条件。アラビアンナイト研究でつとに知られる著者は、積年の研究成果に基づいて、本書で世界中に分布する「人肉一ポンド」モティーフの収集と比較分析を試みる。

■ロジェ・カイヨワ/中原好文訳『斜線:方法としての対角線の科学』講談社学術文庫、12/11880円+税 〔詳細〕
*蝶の翅、岩石の文様、絵画、神話……。深奥においてすべての現象を統べる原理があるのではないか? フランスの戦闘的な知の巨人が提唱した「対角線の科学」の方法と可能性を読む。元版は思索社、1978年刊行。

■舟田詠子『パンの文化史』講談社学術文庫、12/111105円+税 〔詳細〕
*古来、食べものそのものを意味する特別な存在だったパン。そのすべてを膨大な資料と調査に基づいて描く。元版は朝日新聞社、1998年刊行。

村上一郎『岩波茂雄と出版文化:近代日本の教養主義』講談社学術文庫、12/11720円+税 〔詳細〕
*岩波書店の深層と出版産業の構造に肉迫する。日本型教養は、なぜ泥臭いのか? 出版文化とアカデミズムの間には、正統性調達の「相互依存」がなかったか? 岩波文化と講談社文化の対立の図式は正しいのか? 近代日本社会史を再考する試み。村上一郎『岩波茂雄:成らざりしカルテと若干の付箋』(砂子屋書房、1979年刊)に、新たに竹内洋による「学術文庫版イントロ」と「解説」を追加したもの。

東浩紀『セカイからもっと近くに:現実から切り離された文学の諸問題』東京創元社、キイ・ライブラリー、12/111300円+税〔詳細〕
*想像力と現実が切り離された時代に、評論には何ができるのか。ライトノベル・ミステリ・アニメ・SF、それぞれのジャンルで文学と社会の再縫合を試みた作家を読み解く。

岩波書店辞典編集部編 『岩波世界人名大辞典』 岩波書店、12/1228000〔詳細〕

■フラン・オブライエン/大澤正佳訳『第三の警官』白水Uブックス、12/121600円+税〔詳細〕
*文学実験とアイルランド的奇想が結びついた奇跡の傑作。元版は筑摩書房(1973年)刊行。

大澤真幸 『思考術』  河出書房新社、12/121500 〔詳細〕
*読み、考え、そして書く――。思考技術の原論を説き、社会科学、文学、自然科学という異なるジャンルの文献から思考をつむぐ実践例を展開。

安村敏信監修 『浮世絵図鑑:江戸文化の万華鏡』 平凡社、別冊太陽 日本のこころ21412/122400円+税〔詳細〕
*江戸が生んだ世界最高のメディア芸術である浮世絵を、風俗・芸能・景観などから多様なジャンルに分けて、その中に描かれている情報を読み解きながら代表的な浮世絵師の名品約250点を鑑賞する。第2章は幽霊・妖怪画。

■飯田豊一 『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』 論創社、「出版人に聞く」シリーズ第12巻、12/131600円+税〔詳細〕

池央耿『翻訳万華鏡』河出書房新社、12/131800〔詳細〕
*翻訳の職人としてあらゆるジャンルの翻訳をこなしてきた著者が初めて明かす「翻訳上達の極意」と「翻訳の醍醐味」。

シャルル・フレジェWILDER MANN 欧州の獣人:仮装する原始の名残』青幻舎、12/163800円+税 〔詳細〕
*ヨーロッパ諸国で何世紀も昔から伝わる祭りに登場する獣人たち。それらの驚くべき多様性と奇怪な美しさをおさめた写真集。

 
【これから出る本】(タイトル・発売日・価格等はすべて予定)
 
12月後半予定
■フレッド・B・リクソン/松田和也訳『暗号解読事典』創元社、12/184500円+税〔詳細〕
*古代からネット早期までの暗号の歴史的展開やトピックスを網羅的に解説した、読んで楽しく、調べて使える大事典。暗号クイズ付。632p

ロバート・グリーン/新庄哲夫訳 『アメリカン・ハッスル』上・下、河出文庫、12/17、各840円+税〔詳細〕
*希代の天才詐欺師×FBI! 天才詐欺師の二枚舌が米政界と暗黒街を相手に仕掛けた、壮大なだましうちの記録! 映画「アメリカン・ハッスル」原案。

■桂千穂『カルトムービー本当に面白い日本映画 19451980 メディアックス、12/181500円+税
*脚本家、桂千穂が戦後1945年まで遡り、国内で封切られたすべての日本映画リストをチェック。厳選に厳選を重ね選び抜いた至極の150本を紹介する、異色の映画ガイド!

脇明子『少女たちの19世紀:人魚姫からアリスまで』 岩波書店、12/191600円+税〔詳細〕
*ユニークで難解なキャロルの『不思議の国のアリス』はどのようにして誕生したのだろうか。『アリス』の誕生に影響を及ぼしたヨーロッパ文学とその社会背景を〈少女〉というキーワードでたどり、児童文学の揺籃期を読み解く。

■ハンス・ベルティング/仲間裕子訳『イメージ人類学』平凡社、12/205000円+税 〔詳細〕
*美術史を広くイメージの学として構想し直したベルティングの理論的主著。

■今井美恵、私市保彦 『「赤ずきん」のフォークロア:誕生とイニシエーションをめぐる謎』 新曜社、メルヒェン叢書、12/203200円+税 〔詳細〕

■ブライアン・J・ハドソン/鎌田浩毅監修『図説滝と人間の歴史』原書房、シリーズ人と自然と地球、12/202400円+税 〔詳細〕
*ネイティブ・アメリカン、ケルト、インドなどの神話、伝説に現れ、ターナーほかの画家達に描かれ、庭園設計や建築に影響を与えた滝は、現在ではエネルギー開発の面でも注目されている。滝と人間の関わりをビジュアルで解説。

■菊地原洋平著/ヒロ・ヒライ編集パラケルススと魔術的ルネサンス  勁草書房、Bibliotheca hermetica 叢書、12/215300〔詳細〕
*伝統医学の変革者とも、賢者の石をもちホムンクルスをつくり出した魔術師ともいわれるパラケルスス。激動の16世紀ドイツで、神が創造した世界の秘密を解明すべく、魔術とキリスト教思想を融合するとともに、自然を経験的に理解しようとした。彼が生涯をとおして探求したものはなんだったのか? 当時の知的・文化的・社会的なコンテクストをとおして浮き彫りにする。 紀伊國屋書店新宿本店での刊行記念トークイベントはこちら1214日ころから先行販売する模様。

■北原尚彦 SF奇書コレクション』東京創元社、キイ・ライブラリー、12/212300円+税 〔詳細〕
*汲めども尽きぬSF奇書・珍本。古書のみならず、脚本・図録から自費出版書籍まで、入手手段の限定された珍しい書籍を縦横無尽に紹介する。

■山本光伸R・チャンドラーの『長いお別れ』をいかに楽しむか』 柏艪舎、12/211500円+税〔詳細〕
*『The Long Goodbye』の魅力を三者三様の訳文で紹介。40年以上、文芸翻訳の第一線で活躍してきた翻訳家山本光伸が、清水俊二・村上春樹両氏に「ぶつかり稽古」を挑む。

■トーマス・デ・パドヴァ/藤川芳朗訳 『ケプラーとガリレイ:書簡が明かす天才たちの素顔』 白水社、12/233400円+税〔詳細〕
*科学史上に輝く巨星の対照的な生涯と大発見、時代背景を活写した評伝。二人を結んだ「絆」として、交わした書簡が重要な役割を果たす。

ブルース・シュナイアー/山形浩生訳 『信頼と裏切りの社会』 NTT出版、12/244200円+税〔詳細〕
*人間社会は信頼なくして成り立たない。しかし、社会の中には必ず、信頼を悪用して自分の利益にしようとする裏切り者がいる。このため社会は、裏切り者を見つけ出し、制裁を加える制度・システムを作ってきた。しかしネット社会とグローバル化の現在、そうした制度・システムが機能しない場面が増えている……社会科学、生物学などを総動員して、信頼の構成要素を解明する総合的研究。

■杉山久仁彦『図説虹の文化史』河出書房新社、12/254600円+税〔詳細〕
*人びとは虹に何を見てきたか、その謎にいかに挑んできたか。虹をめぐる知と表現の系譜を通覧する一大スペクタクル。

■安井泰平『ジャッロ映画の世界』(仮)彩流社、12/254500円+税〔詳細〕
1960 年代以降のイタリア・ホラー・サスペンス映画群を徹底研究。怪しい魅力渦巻くジャッロ映画世界。

■阿辻哲次、小駒勝美、柴田実、柏野和佳子、エリク・ロング 『日本語文字・表記の難しさとおもしろさ』(仮) 彩流社、12/25 〔詳細〕

■正木香子 『本を読む人のための書体入門』 星海社新書、12/26820円+税 〔詳細〕
*文字の味わい方がわかれば、本の読み方も変わる。『文字の食卓』(本の雑誌社、2013年)で「絶対文字感」をアピールした著者による文字の味わい方の本。

東京国立博物館編著 『東京国立博物館東洋館:東洋美術をめぐる旅』 平凡社、コロナ・ブックス 18912/271600円+税〔詳細〕
*「東洋美術をめぐる旅」をコンセプトに20131月にリニューアルオープンしたトーハク・東洋館。中国・朝鮮からエジプトまで、アジア最高水準とも言われる所蔵品を紹介。

福嶋聡『紙の本は、滅びない』ポプラ社、ポプラ新書、1/8780円+税〔詳細〕
*なぜ書店が必要なのか?なぜ読書が必要なのか?書店を愛してやまない書店員が今こそ世に問う、書物の存在理由と書店のありかた。従来『紙の本が死なない理由』という仮題であったが、どうやら変更になった模様。

桑木野幸司 『叡智の建築家:記憶のロクスとしての16-17世紀の庭園、劇場、都市』中央公論美術出版社、12/下旬、9000円+税

プランセス・サッフォー/野呂康・安井亜希子訳『チュチュ:世紀末パリ風俗奇譚』水声社、?、2800円+税
*知られざる19世紀最大の奇書。11月も未刊行だった模様。

石川九楊『九楊先生の文字学入門』左右社、?、3500円+税 〔詳細〕
 *版元ドットコムのURLでは別な本が表示されてしまう。刊行されないのか?

『猟奇 復刻版』全6、三人社、?、60000〔詳細〕
*昭和初期に出た探偵小説雑誌。

 
2014予定
■ジョージ・G・スピーロ/青木薫訳 『ケプラー予想:四百年の難問が解けるまで』  新潮文庫、1/1940円+税 〔詳細〕
*元版は新潮社、20054月刊行。

高原英理編 『リテラリーゴシック・イン・ジャパン:文学的ゴシック作品選』ちくま文庫、1/81600円+税〔詳細〕
*「幻想文学」としてみても「怪奇小説」・「ホラーノヴェル」等々としてみても、どうも完全には覆えない、現代の不穏を感じさせる優れた文学作品集。収録作品は全39作品(38作家)、680ページを越える大冊。

アーサー・オードヒューム/高田紀代志・中島秀人訳『永久運動の夢』ちくま学芸文庫、1/81400円+税
*元版は朝日新聞社、朝日選書、1987420日、1300

■ビー・ウィルソン/真田由美子訳 『キッチンの歴史:料理道具が変えた人類の食文化』河出書房新社、1/152800円+税 〔詳細〕
*美味しい料理は道具で進化した! 食の歴史はテクノロジーの歴史だ。古今東西の調理道具の歴史をたどりながら、それらが人々の暮らしや文化にどのような影響を与えてきたのかを読み解く。『食品偽造の歴史』(白水社)の著者による料理道具史。

■ティム・インゴルド/管啓次郎解説、工藤晋訳『ラインズ:線の文化史』  左右社、1/152800円+税 〔詳細〕

山口昌男『本の神話学』岩波現代文庫、1/16

山口昌男『歴史・祝祭・神話』岩波現代文庫、1/16

『竹久夢二:大正ロマンの画家、知られざる素顔』
河出書房新社、1/171600円+税 〔詳細〕
*生誕130年記念出版。大正ロマンの象徴として、画家・詩人・デザイナーとして活躍した「夢二」の世界を多彩な顔ぶれが語る。

■コリー・オルセン『トールキンの「ホビット」を探して』角川学芸出版、1/232300円+税
*『ホビット』から『指輪物語』へ、トールキンが残した謎を読み説く。

田澤耕『〈辞書屋〉列伝:言葉に憑かれた人びと』中公新書、1/25880円+税〔詳細〕
*ドラマのない辞書はない! オックスフォード英語辞典、日本初の国語辞典「言海」、ヘボンが作った和英辞典など、苦闘と情熱を描く。

■アダム・カバット『江戸の化物:草双紙の世界』岩波書店、1/28

クラフト・エヴィング商會『クラフト・エヴィング商會のおかしな展覧会』平凡社、1/282500円+税
*この展覧会はうそかまことか――。クラフト・エヴィング商會の棚おろし的展覧会(世田谷文学館1/253/30)公式図録。

バロネス・オルツィ/平山雄一訳『隅の老人完全版』 作品社、1/316800円+税〔詳細〕

エドワード・D・ホック/木村二郎訳『サイモン・アークの事件簿V創元推理文庫、1/291100円+税
*オカルト探偵アークが異界の謎と遭遇する8編を収録した短編集第5弾。

■ヴォルフガング・ベーリンガー/長谷川直子訳『魔女と魔女狩り』刀水書房、刀水歴史全書871月、3500円+税〔詳細〕
Wolfgang Behringer, Wiches and Witch-Hunts: A Global History, 2004 の翻訳。

高山宏、中沢新一(対談)『インヴェンション』明治大学出版会、野生の科学研究所叢書、1

■ミルチャ・エリアーデ/奥山倫明訳 『ポルトガル日記』 作品社、1月、2400円+税 〔詳細〕

■シンシア・D・ベアテルセン/関根光宏訳 『キノコの歴史』 原書房、「食」の図書館、1月、2400円+税
*「神の食べもの」と呼ばれる一方「悪魔の食べもの」とも言われてきたキノコ。キノコ自体の平易な解説は勿論、採集・食べ方・保存、毒殺と中毒、宗教と幻覚、現代のキノコ産業についてまで述べた、キノコと人間の文化の歴史。

杉江松恋 『路地裏の迷宮踏査』(仮)東京創元社、キイ・ライブラリー、2月以降
*ミステリマニア必携、《ミステリーズ!》連載が加筆訂正の上、単行本に。

都筑道夫著/日下三蔵編 『未来警察殺人課[完全版]』 東京創元社、2月以降
*「殺人課」とは「殺人事件を捜査する部署」ではなく「殺人を行う部署」である。

紀田順一郎編 『書物愛(日本篇)』 東京創元社、創元ライブラリ、2月以降
*書物に取り憑かれた人間の悲喜劇を本の達人が選び抜いた傑作集・日本篇。

紀田順一郎編 『書物愛(海外篇)』 東京創元社、創元ライブラリ、2月以降
*書物に取り憑かれた人間の悲喜劇を本の達人が選び抜いた傑作集・海外篇。

風間賢二 『ファミリー・ブラッド:家族にはつねにすでにモンスターが潜んでいる!』(仮)彩流社、3/25、定価未定 〔詳細〕

■鈴木宏『書肆風の薔薇から水声社へ』(仮)論創社、「出版人に聞く」シリーズ

■ラリー・プリンチーペ/ヒロ・ヒライ訳
『錬金術の秘密』 勁草書房、BH 叢書 〔詳細〕

U.ペンツェンホーファー『評伝・パラケルスス』勁草書房、BH 叢書(未定)

■ヒロ・ヒライ+小澤実編 『知のミクロコスモス:西欧中世ルネサンス精神史研究』 中央公論新社〔詳細〕

ジャン・クロード・シュミット/小池寿子・廣川暁生・古本高樹訳『イメージにひそむ身体:中世の視覚文化』刀水書房、5000円 〔詳細〕

■高橋洋、稲生平太郎 『映画の生体解剖』(仮)洋泉社
*シネマ対談

■臼田捷治『工作舎物語』左右舎〔詳細〕

■松田行正、ミルキィ・イソベ、木内達朗『デザイン・プレゼンテーションの哲学』左右舎、神戸芸術工科大学レクチャーブックス 〔詳細〕

 

『ナチが愛した二重スパイ』◆二重スパイについて

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 ベン・マッキンタイアー/高儀進訳『ナチが愛した二重スパイ:英国諜報員「ジグザグ」の戦争』白水社、2009215日、2400円+税 [注×文×索×]
 Ben Macintyre, Agent Zigzag: The True Story of Eddie Chapman: Lover, Betrayer, Hero, Spy, 2007
 
本書は、第2次世界大戦中に二重スパイをつとめた男の物語だ。
 
1939年、ドイツはフランスと英国に宣戦布告。その年の2月、英国でダイナマイトにより金庫を爆破して金を盗んでいたエドワード(エディー)・チャップマンは、保釈中にジャージー島へ高飛びするも、逮捕されて刑務所へ。翌年には英領のジャージー島はドイツ軍に占領されていたが、チャップマンは41年に釈放される。島から出たい一心で、チャップマンはドイツのスパイになることを申し出る。しかし、電話線切断工作の疑いでドイツ軍に捕まってしまう。刑務所生活をしているうち、有能なスパイを捜していたドイツの諜報組織アプヴェーア(国防軍諜報部)により、「フリッツ」の名でスパイ訓練を受けた後、英国へ落下傘降下して戻る。チャップマンは直ちに英国諜報組織に情報を提供し、二重スパイ「ジグザグ」となることに。
 
チャップマンは1914年生まれで、19971211日に死去。2001年にMI5の機密文書が公開されたことで、本書が生まれたのである。
 
ドイツの諜報組織は、戦争前には<ヨーロッパ随一の有能な諜報機関という評判>だった(p.60)。<ドイツ軍襲来の脅威が高まるにつれ、英国ではスパイに対する恐怖が伝染病のように広まった。ヨーロッパの国々が次々と崩壊するにつれ、ナチの電撃作戦が成功した理由は一つしか考えられなくなった――どの国にも前線の背後にドイツのスパイがいて、ドイツ軍の進撃を助けている。同じようなネットワークが英国にもあり、国家の転覆を謀っているに違いない、と当時は思われていた。>(p.62
しかし、それは過大評価だった。<ナチの諜報活動の大半は東に向けられていた。アプヴェーアの英国における諜報網は、事実上、存在しなかった。二つのライバルの諜報機関のあいだで、互いの実情を知らぬままに奇妙な駆け引きが行われた。…互いに、相手がきわめて優れていて、準備の最終段階にあると思い込んでいたが、それは間違いだった。>(p.60)ドイツの諜報組織は有能ではあったが、どこか本質的に腐敗が浸透していたのかもしれない。後に触れるスパイへ渡す金の上前をはねていたスパイマスターが何人もいたことなども、問題ある組織風土だったと言えよう。
 
194012月には、<アプヴェーアのエニグマ暗号機で使われていた暗号の解読に成功した。>(p.85)これは決定的に英国が有利となった。<アプヴェーアは自分たちの送るメッセージがほとんど毎日解読されていることにまったく感づかず、自分たちの暗号は解読不能だという誤った認識を終始変えなかった。「ウルトラ」の解読された暗号文から得られた豊富な情報は、ただ単に〈極秘情報源〉と称された。>(p.86
この結果、<防諜の目的のために、〈極秘情報源〉は初めの頃から、どのスパイが英国のどこに、いつ来るかについて警告を発していた。その結果、「侵入スパイ」のほとんどは、英国に着くや否や捕らえられ、速やかに投獄され、何人かは処刑された。英国に戦時のスパイ網を作ろうというアプヴェーアの試みは完全に失敗した。>(p.86
エニグマ暗号が破られていたことは、恐らくドイツの最大の失敗であっただろう。このことに関しては、F.W.ウィンターボーザム『ウルトラ・シークレット』はじめ、サイモン・シン『暗号解読』、ヒュー・S=モンティフィオーリ『エニグマ・コード』、マイケル・パターソン『エニグマ・コードを解読せよ』などを参照されたい。
 
当初は、侵入したスパイを捕まえるだけだったが、間もなく二重スパイとして使うことになった。これを提案したトマス・アーガイル・ロバートソン少佐(「ター」TARで知られる)は、新しいセクションB1Aの主任となった。<それに関連するもう一つの機関が設立された。二重スパイから送られてくる情報が正しいか誤っているかを判断するため>の組織、「二十委員会」であるp.87。<「裏切り」の意味の「ダブル・クロス」の二つのXXはローマ数字の二十だからである。それこそまさに、いまや二十委員会の委員長に任命された男が好むような、さりげない古典的機知を表わしていた――少佐(のちに「サー」)のジョン・セシル・マースタマンが。>p.87
なお、これら二重スパイ・システムについては、同じ著者が後に書いた『英国二重スパイ・システム』に詳しい。
 
一方、騎兵大尉シュテファン・フォン・グレーニングが所長をつとめる、アプヴェーアのスパイ訓練センターで訓練を受けたチャップマンは、爆破による盗みにたけた犯罪者だったのを見込まれて、ドイツがとりわけ嫌っていたモスキート爆撃機のデ・ハヴィランド飛行機製造工場の爆破活動を命じられた。
チャップマンは、フォン・グレーニングに対して、たとえ実際には裏切っているときでさえ、信頼感を抱き続けていた。フォン・グレーニングがチャップマンの金の上前をはねているのが分かったときにも、<それまでチャップマンは、フォン・グレーニングを清廉で、貴族的で、論破できない、自分の精神的な師とみなしていた。いまやフォン・グレーニングは横領者でもあることを暴露したのだ。しかしチャップマンは、自分のスパイマスターに喜んで「着服」させた。どちらの男も何が行われているのか知っていながら、そのことを口にしなかった。二人の暗黙の了解は、共謀の網のもう一本の糸になった。>(p.302
 
チャップマンは英国に戻ると、直ちに英国諜報組織に接触し、情報を洗いざらい伝えた。しかし、それだけでは二重スパイの役割は果たせない。ドイツからの使命を果たさねばならないから。<実際にはなんの損傷も与えることなく、デ・ハヴィランド飛行機製造工場が破壊されたとドイツ側に思い込ませるには、ある強力な魔術が必要だった。そこで、一人の魔術師が呼ばれた。ジャスパー・マスキリンの登場である。>(p.204
マスキリンは北アフリカでスエズ運河を隠し、エル・アラメインの戦いでは、ありとあらゆる「トリック、ペテン、仕掛け」を動員して、英国の反撃が北からではなく南からだとロンメルに確信させた(p.205)。この活躍ぶりは、デヴィッド・フィッシャーの『スエズ運河を消せ』に活写されている。
ともあれ、マスキリンの魔術で、デ・ハヴィランド飛行機製造工場は<空から見ると、まるで工場が天国まで吹き飛ばされたかに見える>(p.205)状態となった。当日、わざとドイツの偵察機が飛行するのを見逃して確認するよう仕向けたし、新聞の初刷だけ小さく載せて後刷りにはなくすことで、あたかも検閲で削除されたかのように見せかけた。チャップマンの破壊工作報告に、ドイツは大喜びだった。
 
チャップマンはこうした成果を持って、いったんリスボン経由でアプヴェーアに向かう。ドイツも単純ではないので、徹底して二重スパイの可能性を調べるが、さすがにチャップマンは繰り返し行われた厳しい訊問をすべてクリアした。
チャップマンがヨーロッパにいたとき、194366に実施されたオーヴァーロード作戦(ノルマンディー上陸作戦)は、ダブル・クロス・チームによる欺瞞作戦(フォーティチュード作戦)――B1Aの二重スパイたちによる偽情報――によって、大いなる成功を収めた。先に『英国二重スパイ・システム』を読んで、二重スパイのジグザグがなぜ関わらなかったのかと思っていたら、その時は再度英国に戻るためパリで待機していたからだった。
 
チャップマンに対しては、<英国のUボート追跡装置の詳細を知る。夜間戦闘機に使われている装置を見つけて盗む。V-1の正確な爆発時間と与えた損害を報告する。気象情報を伝える。…>(p.332)といった、さまざまな要求がなされた。
<チャップマンほどに困難で危険な任務を果たすよう求められた者はいなかった。フリッツは神話的なほどの地位を獲得していて、ドイツの最高司令部の上層部の何人かは、この一匹狼の英国スパイはドイツの勝利に寄与してくれると空頼みして、意気揚々としていた。>(p.332
このあたりから邦訳題を『ナチが愛した二重スパイ』としたのだろうが、ミスリードの題名だろう。原書のペーパーバック版のサブタイトルにあるような、『最も悪名高かった二重スパイ』とでもしたほうがまだしも良かったように思う(著者がベン・マッキンタイアーでなければ素通りしてしまいそうな題なので)。
 
英国に戻ったチャップマンは、V-1の偽情報提供などを行うも、重大な問題が発生してしまう。彼のケース・オフィサーのロニー・リードがフランスに行くことになり、後任として<リードとは大違いの男、チャップマンの好みではまったくない男>p.355であるマイケル・ライド少佐が任命されたのだ。
<理想的なケース・オフィサーは、護衛、友人、心理学者、無線技師、支払い主任、娯楽の世話人、専属のベビーシッターの組み合わさった人物でなければならなかった。…なぜなら、そんなふうに甘やかされた二重スパイは、九分九厘、ひどく不愉快で、貪欲で、偏執狂的で、不誠実な人間、英国の敵(少なくとも最初は)になりやすいからだ。>p.93)根っからの犯罪者で気分屋のチャップマンと、冷静沈着なロニー・リードは非常にうまがあっていた。一方、後任のマイケル・ライドは、上記のケース・オフィサーの理想像とは正反対で、<ライドは、自分の野卑な新しい被庇護者を厄介者、持てあまし者と見なし、ケース・オフィサーになってから数時間のうちに、チャップマンをできるだけ早く英国の諜報機関から追い出すのを自らの目標とした。>p.356
1944112日、遂に<MI5は彼を解雇した。>p.376)<ジグザグの工作活動は終了し、30歳でチャップマンのスパイとしての人生は不意に、永久に終わった。>(p.377
 
彼は再び犯罪者の世界に戻ったが、<次の20年間に何度となく法廷に現われたが、刑務所に戻ることはなかった。彼は1948年に偽造通貨を使用した廉で起訴されたとき、名前は伏せたが「陸軍省の高官」からの人物証明書を提出した。それにはこう書いてあった。彼は「この前の戦争に従事した最も勇敢な者の一人である」。それを書いたのがロニー・リードであるのは九分九厘確かである。MI5は借りをすっかり返していなかったのだ。>p.389ロニー・リードは戦後、MI5の上級技術顧問であったし、1951年からは英国にいるソヴィエトのスパイの捜査を担当した防諜部門の最高責任者をつとめたp.382
 
そう、英国はドイツとのスパイ戦では完膚なきまでに勝利を勝ち取ったが、実はすでにキム・フィルビーらケンブリッジ・ファイブの二重スパイにより、<スターリンは、ダブル・クロス・システムについて何もかも知っていた。>『英国二重スパイ・システム』p.171)この結果、戦後、英国の諜報組織は大きなダメージを蒙るのだが、それはまた別に見てみよう。
 
本書巻末には「※原書の注は割愛したが、本文の理解に必要なもののみ割注の形で挿入した。」とあるが、原書には注のみならず、参考文献、索引もついている以上、省略したのなら正直に書くべきである。最低限、参考文献は掲載すべきではないのか。
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
サイモン・シン/青木薫訳『暗号解読:ロゼッタストーンから量子暗号まで』新潮社、20017月、2600円→『暗号解読』上・下、新潮文庫、20077月、上590円・下629
ヒュー・S=モンティフィオーリ/小林朋則訳『エニグマ・コード:史上最大の暗号戦』中央公論新社、200712月、3200
マイケル・パターソン/角敦子訳『エニグマ・コードを解読せよ:新証言にみる天才たちのドラマ』原書房、20091月、2800
ベン・マッキンタイアー/小林朋則訳『英国二重スパイ・システム:ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦』中央公論新社、20131010日、2700+税
デヴィッド・フィッシャー/金原瑞人・杉田七重訳『スエズ運河を消せ:トリックで戦った男たち』柏書房、201110月、2600円+税
Ben Macintyre, Agent Zigzag: The True Wartime Story of Eddie Chapman: The Most Notorious Double Agent of World War II, Bloomsbury Publishing PLC (2 Aug 2010)
 
 
◆[第2次世界大戦期の英独スパイ]関連ブックリスト
 
キム・フィルビー/笠原佳雄訳『プロフェッショナル・スパイ:英国諜報部員の手記』徳間書店、1969年、600
Kim Philby, My Silent War: The Autobiography of a Spy, 1968
ラディスラス・ファラゴー/中山善之訳『ザ・スパイ:第二次大戦下の米英対日独諜報戦』2冊、サンケイ新聞社出版局、1973年、各980
Ladislas Farago, The Game of the Foxes: The Untold Story of German Espionage in the United States and Great Britain during World War II, 1972
ラインハルト・ゲーレン(Reinhard Gehlen)/赤羽竜夫監訳『諜報・工作:ラインハルト・ゲーレン回顧録』読売新聞社、1973年、980
E.H.クックリッジ(E. H. Cookridge)/向後英一訳『ゲーレン:世紀の大スパイ』角川書店、角川文庫、1974年、380
F.W.ウィンターボーザム/平井イサク訳『ウルトラ・シークレット:第二次大戦を変えた暗号解読』早川書房、ハヤカワ・ノンフィクション、1976年、1000円→『ウルトラ・シークレット』早川書房、ハヤカワ文庫NF19788月、340
Frederick William Winterbotham, The Ultra Secret, 1974
ウィリアム・スティーヴンスン(William Stevenson)/寺村誠一、赤羽龍夫訳『暗号名イントレピッド:第二次世界大戦の陰の主役』早川書房、19789月、2300円→『暗号名イントレピッド』早川書房、ハヤカワ文庫NF198512月、各460
ドゥシュコ・ポポフ/関口英男訳『スパイ/カウンタースパイ:第二次大戦の陰で』早川書房、ハヤカワ・ノンフィクション、1976年、1300円→『ナチスの懐深く』早川書房、ハヤカワ文庫NF197810月、480
Dusko Popov, Spy/Counterspy, 1974
*『英国二重スパイ・システム』では、<迫力があって面白いが、一部に事実の捏造がある>(同書p.449)と指摘されている。
J.G.ドゥ・ブース(Jacobus Gijsbertus de Beus)/高原富保訳『明日、未明!:ヒトラーの侵攻計画は漏れていた』サイマル出版会、19818月、1200
アンソニー・ケイヴ・ブラウン/小城正訳『謀略:第二次世界大戦秘史』上・下、フジ出版社、198210月、全9500
Anthony Cave Brown, Bodyguard of Lies, vol.1, 1975
ロバート・ホールデン/竹内和世訳『スパイ:第2次大戦の影の主役たち』白揚社、198310月、1800 (税込)
Robert A. Haldane, The Hidden War
ジョン・C.マスターマン/武富紀雄訳『二重スパイ化作戦:ヒトラーをだました男たち』河出書房新社、19879月、1800
John Cecil Masterman, The Double-Cross System in the War of 1939 to 1945,1972
*『英国二重スパイ・システム』では、<1972年には公職秘密法を破って、ダブル・クロス・システムを説明した本を出版して元同僚たちを憤慨させた>(同書p.450)と指摘されている。
N.ブランデル、R.ボア/野中千恵子訳『世界を騒がせたスパイたち』上・下、社会思想社、現代教養文庫ワールド・グレーティスト・シリーズ、上:19903月、400 (税込)/下:19904月、440 (税込)
Nigel Blundell, Roger Boar, The World's Greatest Spies & Spymasters
関根伸一郎『ドイツの秘密情報機関』講談社現代新書、19958月、650 (税込)
◎●サイモン・シン/青木薫訳『暗号解読:ロゼッタストーンから量子暗号まで』新潮社、20017月、2600円→『暗号解読』上・下、新潮文庫、20077月、上590円・下629
Simon Singh, The Code Book
◎●海野弘『スパイの世界史』文藝春秋、200311月、3200円→文春文庫、20077月、857
●ジェフリー・T・リチェルソン/川合渙一訳『トップシークレット:20世紀を動かしたスパイ100年正史』上・下、太陽出版、20041月/上3200円・下3400
Jeffrey Richelson, A Century of Spies
ジョン・H.ウォラー/今泉菊雄訳『ヒトラー暗殺計画とスパイ戦争』鳥影社、20051月、2800
John H. Waller, The Unseen War in Europe: Espionage and Conspiracy in the Second World War, 1996
●北岡元『インテリジェンスの歴史:水晶玉を覗こうとする者たち』慶應義塾大学出版会、20069月、2500
マルタ・シャート/菅谷亜紀訳、上田浩二監修『ヒトラーの女スパイ』小学館、200610月、2100
Martha Schad, Hitlers Spionin
広田厚司『世界スパイ作戦:2次大戦で暗躍した各国情報機関の戦い』光人社NF文庫、200710月、857
●中西輝政・小谷賢編著『インテリジェンスの20世紀:情報史から見た国際政治』千倉書房、200712月、3300円→〔増補新装版〕千倉書房、20122月、3800
◎●ヒュー・S=モンティフィオーリ/小林朋則訳『エニグマ・コード:史上最大の暗号戦』中央公論新社、200712月、3200
Hugh Sebag-Montefiore, Enigma: The Battle for the Code, 2000
マイケル・パターソン/角敦子訳『エニグマ・コードを解読せよ:新証言にみる天才たちのドラマ』原書房、20091月、2800
Mike Paterson, Voices of the Code Breakers
【本書】●ベン・マッキンタイアー/高儀進訳『ナチが愛した二重スパイ:英国諜報員「ジグザグ」の戦争』白水社、2009215日、2400円+税
Ben Macintyre, Agent Zigzag: The True Story of Eddie Chapman: Lover, Betrayer, Hero, Spy, 2007
クリステル・ヨルゲンセン/大槻敦子訳『ヒトラーのスパイたち』原書房、20093月、2800
Christer Jörgensen, Hitler's Espionage Machine
ゴードン・トーマス/玉置悟訳『インテリジェンス闇の戦争:イギリス情報部が見た「世界の謀略」100年』講談社、20109月、1700
Gordon Thomas, Secret Wars
テリー・クラウディ/日暮雅通訳『スパイの歴史』東洋書林、201010月、3800
Terry Crowdy, The Enemy Within
●ベン・マッキンタイアー/小林朋則訳『ナチを欺いた死体:英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』中央公論新社、201110月、2500
Ben Macintyre, Operation Mincemeat
キース・ジェフリー/髙山祥子訳『MI6秘録:イギリス秘密情報部1909-1949』上・下、筑摩書房、20133月、各3200
Keith Jeffery, MI6
ベン・マッキンタイアー/小林朋則訳『英国二重スパイ・システム:ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦』中央公論新社、20131010日、2700円+税
Ben Macintyre, Double Cross: The True Story of the D-Day Spies, 2012
 
 

■既刊・近刊メモ(2013年12月版 Ver.1)

11月に刊行された(はずの)本と、12月以降の近刊を掲載する。若干の本には余計なコメントを付した。日付は発行日ではなく、発売日。発売日順を原則としているが、WEBでの確認が中心なので、違っているかもしれない。
*前回掲載のものから追加・変更した箇所を茶色で示す。
なお、近刊の本についてはあくまでも予定であり、タイトル・発売日・価格ともに変更の可能性はある。
次の行は私的メモ。
■読んだ本(▲元版で読んだ)、■買った本(▲元版所有)
 
11月に出た本から】
 
■広島市文化協会文芸部会編 『占領期の出版メディアと検閲:戦後広島の文芸活動』 勉誠出版、10/311800円+税
11月刊行と思っていたら、10月末に出ていた模様。

■四方田犬彦 『日本の漫画への感謝』 潮出版社、11/12200円+税

パーミー・オルソン/竹内薫訳 『我々はアノニマス天才ハッカー集団の正体とサイバー攻撃の内幕』 ヒカルランド、11/12000円+税
*世界に脅威を与えた神出鬼没のアノニマス。アノニマス発生の経緯から、崩壊に至るまで。

■マルセル・シュオブ/矢野目源一訳 『吸血鬼:マルセル・シュオブ作品集』 盛林堂書房、11/42000円(税込?)
*『吸血鬼』(大正13年刊)を復刻。(戦後の復刊に『黄金仮面の王』コーベブックス)解説=長山靖生。

■今和泉隆行 『みんなの空想地図』 白水社、11/42000円+税

■工藤庸子 『いま読むペロー「昔話」』 羽鳥書店、11/52000円+税
*民間伝承と宮廷文化との出会いから生まれた物語の背景をふまえ仏文学者・工藤庸子が新たに訳す。充実の解説付。

西崎憲編 『怪奇小説日和』 ちくま文庫、11/61000円+税
*『怪奇小説の世紀』(国書刊行会)全3巻から厳選した13篇に新訳を追加した怪奇小説アンソロジー。

■フランク・M・アハーン、アイリーン・C・ホラン/寺西のぶ子訳 『完全履歴消去マニュアル』 河出書房新社、11/61600円+税
*ストーカーや探偵からの身の隠し方から、国外逃亡、死亡偽装といった失踪方法まで、ネット時代のプライバシーや個人情報の守り方を、その道のプロが教える決定版!

■ヤン・チヒョルト/渡邉翔訳 『アシンメトリック・タイポグラフィ』 鹿島出版会、11/63500円+税
 *活字の選択、組版の理論から、色や紙の効果的な用法まで、今日もなお有効なタイポグラフィと書物形成の基本原理を明快に解説。

■インデックスフォント研究会編 『外字・異体字のバリアフリーを目指して:漢字研究7年の軌跡』 文字文化協會、11/71500円+税

小林章 『まちモジ:日本の看板文字はなぜ丸ゴシックが多いのか?』 グラフィック社、11/82000円+税

■文藝春秋編 『東西ミステリーベスト100文春文庫、11/8660円+税
*ミステリー・ガイド四半世紀ぶりの大改訂。

大崎梢 『ようこそ授賞式の夕べに』 東京創元社、ミステリ・フロンティア、11/91500円+税
 *波瀾万丈の書店大賞授賞式の一日を描いた「成風堂書店事件メモ」×「出版社営業・井辻智紀の業務日誌」開幕!

木村俊介 『善き書店員』 ミシマ社、11/131800円+税

■アンドレ・ケルテス/渡辺滋人訳 『読む時間』 創元社、11/132200円+税

■エミール・ルーダー 『本質的なもの』 誠文堂新光社、11/142000円+税

山田俊幸編著 『年賀絵はがきグラフィティ』 青弓社、11/142000円+税
 *年賀絵はがきで読む近代日本の美意識と生活意識。

■山口謠司 『漢字はすごい!』 講談社現代新書、11/15740円+税
*漢字の成り立ちからその歴史を振り返り、今日では使われなくなった文字や日本独自の漢字などを紹介しながら、漢字の奥深さを案内する。

■ジョン・ルカーチ/村井章子訳 『歴史学の将来』 みすず書房、11/153200円+税
*歴史という学問を徹底的に考えながら、その発生から変遷、出版界に起きた歴史ブーム、歴史と小説などを論じ、歴史学の現状と将来について、真剣で快活な分析をおこなっている。「文書偽造の危険」の項もある。

■ジュゼッペ・トルナーレ/柱本元彦訳 『鑑定士と顔のない依頼人』 人文書院、11/151500円+税
*美術と骨董とオークションの世界に彩られた鮮やかなミステリー。12月に公開される映画を監督自身により小説化。

城所岩生 『著作権法がソーシャルメディアを殺す』 PHP新書、11/16760円+税
*日本の著作権法よ、いいかげんにしろ! 既得権を過剰に保護することに躍起となり、ユーザーを無視する“著作権ムラ”の実態をレポート。

■ブルース・ブエノ・デ・メスキータ、アラスタイア・スミス/四本健二・浅野宜之訳 『独裁者のためのハンドブック』 亜紀書房、11/182000円+税
*独裁志望者必読! なぜ「悪政」を行う独裁者が失脚しないのか、なぜあの権力者は不合理な決断をくだしながら生き残れるのか?

内澤旬子 捨てる女 本の雑誌社、11/191600円+税
*突然あたしは何もない部屋に住みたくなった。『身体のいいなり』の次は"気持ちのいいなり"となった著者が、生活道具や家具などから自ら長年蒐集してきたお宝本や書き続けてきたイラストまで大放出する捨て暮らしエッセイ。

『プロのための製菓技法 チョコレート:チョコレートの扱い・製法、それぞれの方法』 誠文堂新光社、11/192600円+税

■大橋博之編著 『少年少女昭和SF美術館:表紙でみるジュヴナイルSFの世界』 平凡社、11/203800円+税

■池上俊一 『お菓子でたどるフランス史』 岩波ジュニア新書、11/20880円+税
*世界一の国になるには素敵なお菓子が欠かせない!と考え、その甘い武器を磨いてきた国フランス。お菓子の由来も、歴史もしっかり学べる、華麗であま~いフランス史。

■古谷昌二編著 『平野富二伝 考察と補遺:明治産業近代化のパイオニア』 朗文堂、11/2212000円+税

■アリソン・フーヴァー・バートレット/築地誠子訳 『本を愛しすぎた男』 原書房、11/222400円+税
*希少古書のみ数百冊を巧妙な手口で盗み続けた「本を愛しすぎた男」と、彼を追う古書店主にして熱血素人探偵のデッドヒート!

■黒田日出男 『豊国祭礼図を読む』 角川学芸出版、角川選書、11/222000円+税

レオ・ペルッツ/垂野創一郎訳 『ボリバル侯爵』 国書刊行会、11/222600円+税

■津野海太郎 『花森安治伝:日本の暮しをかえた男』 新潮社、11/221900円+税

■湯沢英治(写真)、東野晃典(文と構成)REAL BONES:骨格と機能美』 早川書房、11/229000円+税
*「本物の骨」から作成したスタイリッシュに輝く標本を、動物骨格写真の第一人者が撮り下ろし、標本作製の稀有な専門家である獣医師がその機能美を完全解説する大型写真図鑑。

■ニック・レッドファーン 『ペンタゴン特定機密ファイル:謎の遺物・古代の核戦争・失われた文明アメリカ情報機関の極秘調査』 成甲書房、11/221800円+税
*CIA、国防総省など米国政府情報機関が秘密裏に調査してきた歴史上の謎を、オカルト的に解釈。トンデモ系の本。

■フランシス・ウィリアムズ・ベイン/松村みね子(片山廣子)訳 『闇の精』 盛林堂書房、11/221200円(税込)
19世紀末~20世紀初に出版された印度奇譚。のダークファンタジー。解説=井村君江。

鈴木大介 『振り込め犯罪結社:200億円詐欺市場に生きる人々』 宝島社、11/221300円+税
*振り込め詐欺実行犯の正体は、裏の金融ビジネスとしてフランチャイズ化された「犯罪結社」である。あくまで利益を追求する理念や組織論は、もはや一般企業がぬるいと思えるほどに卓抜したものだった。

稲生平太郎 『定本何かが空を飛んでいる』 国書刊行会、11/253200円+税
UFO現象を明快に論じた名著ついに復刊。あわせて他界に魅せられし人々の、影の水脈をたどるオカルティズム・民俗学エッセイ・評論を一挙集成。

長谷川郁夫 『知命と成熟:13のレクイエム』  白水社、11/252800円+税

鈴木健一編 『浸透する教養:江戸の出版文化という回路』 勉誠出版、11/257000円円+税
*近世日本における「知」の形成と伝播は如何になされたのか。「図像化」「リストアップ」「解説」という三つの軸より、近世文学と文化の価値を捉え直す。

■中子真治 『中子真治 SF映画評集成:ハリウッド80'sSFX映画最前線』 洋泉社、11/263800円+税
1980年代、映画少年たちを熱狂させたハリウッドSFXブームの仕掛人・中子真治。老生にとってはSF映画のバイブル『超SF映画』(奇想天外社、1980年)の著者であった。買おうと思ったが、あまりにも小さい字なので、一生読めそうになく、退却。

ジェフリー・ハーフ/星乃治彦ほか訳 『ナチのプロパガンダとアラブ世界』 岩波書店、11/266800円+税
*ナチスは第2次大戦中、中近東に対し大規模なプロパガンダを展開した。当時英仏からの独立を目指していたアラブ世界にとって、ナチのプロパガンダは抵抗のツールとみなされた。そして、その反ユダヤ主義はアラブ知識人の中に潜行していく。

■グザヴィエ・バラル編集、デザイン/宮本英昭日本語版監修 MARS 火星:未知なる地表 惑星探査機MROが明かす、生命の起源』 青幻舎、11/2612000円+税
NASA火星探査機マーズ・リコネサンス・オービター(MRO)搭載の高解像度カメラ(HiRISE)がとらえた、その複雑で起伏に富んだ地表をカメラの視野そのままに収録。

濱下武志 『華僑・華人と中華網:移民・交易・送金ネットワークの構造と展開』 岩波書店、11/275500円+税
*巨大化する華僑・華人社会の構造と動態を,商業活動における移民・交易・送金システムを通して明らかにする。

■西野嘉章編 『インターメディアテク:東京大学 学術標本コレクション』 平凡社、11/271800円+税

大田垣晴子 『偏愛博物館スケッチ』 角川書店、11/271200円+税

ディヴィッド・J・スカウ編/田中一江・夏来健次・尾之上浩司訳 『シルヴァー・スクリーム』・下、創元推理文庫、11/28、各1160円+税
*映画ホラーアンソロジー。

 
 
【これから出る本】(タイトル・発売日・価格等はすべて予定)
 
12月予定
豊田市美術館監修 『反重力:浮遊・時空・パラレルワールド』 青幻舎、12/22800円+税
 *やっと刊行が間に合ったのか。
「反重力展」豊田市美術館、2013914日-1224日開催

山口晃 『すゞしろ日記 弐』 羽鳥書店、12/42200円+税
*東京大学出版会のPR誌《UP》が届いたら最初に見る「すゞしろ日記」が再度まとまる。「I すゞしろ日記風」と「IIUP版すゞしろ日記 第51回~第100回」の2部構成。

B・ジャック・コープランド/服部桂訳 『チューリング情報時代のパイオニア』 NTT出版、12/52900円+税
*現代のコンピュータの基本モデルを着想し、不完全性定理のもう一人の立役者であり、連合軍の勝利をもたらした暗号解読者であり、人工生命研究の先駆者でもあった天才数学者アラン・チューリング。ゲイとしての私生活、その死の謎などの逸話も含め、チューリング研究の第一人者が描き出す決定版伝記。

小塚昌彦 『ぼくのつくった書体の話活字と写植、そして小塚書体のデザイン』 グラフィック社、12/62500円+税
*毎日新聞書体、新ゴ、小塚明朝、小塚ゴシックのタイプデザインディレクターが語る、文字づくりのすべて。

■山本光伸R・チャンドラーの『長いお別れ』をいかに楽しむか』 柏艪舎、12/61500円+税
*『The Long Goodbyeの魅力を三者三様の訳文で紹介。40年以上、文芸翻訳の第一線で活躍してきた翻訳家山本光伸が、清水俊二・村上春樹両氏に「ぶつかり稽古」を挑む。

■桑原茂夫 『新版 不思議の国のアリス』 河出書房新社、ふくろうの本、12/61800円+税
*写真機の発明に恐竜の発見等、ヴィクトリア朝の魅力的な文化がワンダーランドを支えていた。

■東雅夫編 『日本幻想文学大全III日本幻想文学事典 ちくま文庫、12/101600円+税

早川義夫 『ぼくは本屋のおやじさん』 ちくま文庫、12/10720円+税
*元版の晶文社版と装幀はそっくり。双方とも平野甲賀による。

■高橋輝次 『書斎の宇宙:文学者の愛した机と文具たち』 ちくま文庫、12/10880円+税

■ロジェ・カイヨワ/中原好文訳 『斜線:方法としての対角線の科学』 講談社学術文庫、12/11880円+税

舟田詠子 『パンの文化史』 講談社学術文庫、12/111105円+税

東浩紀 『セカイからもっと近くに:現実から切り離された文学の諸問題』 東京創元社、キイ・ライブラリー、12/111300円+税
*想像力と現実が切り離された時代に、評論には何ができるのか。ライトノベル・ミステリ・アニメ・SF、それぞれのジャンルで文学と社会の再縫合を試みた作家を読み解く。

岩波書店辞典編集部編 『岩波世界人名大辞典』 岩波書店、12/1228000

■フラン・オブライエン/大澤正佳訳 『第三の警官』 白水Uブックス、12/121600円+税
*文学実験とアイルランド的奇想が結びついた奇跡の傑作。

大澤真幸 『思考術』  河出書房新社、12/121500
*読み、考え、そして書く――。思考技術の原論を説き、社会科学、文学、自然科学という異なるジャンルの文献から思考をつむぐ実践例を展開。

池央耿 『翻訳万華鏡』 河出書房新社、12/131800
*翻訳の職人としてあらゆるジャンルの翻訳をこなしてきた著者が初めて明かす「翻訳上達の極意」と「翻訳の醍醐味」。

シャルル・フレジェ WILDER MANN 欧州の獣人:仮装する原始の名残』 青幻舎、12/163800円+税
*ヨーロッパ諸国で何世紀も昔から伝わる祭りに登場する獣人たち。それらの驚くべき多様性と奇怪な美しさをおさめた写真集。

■飯田豊一 『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』 論創社、「出版人に聞く」シリーズ、12月中旬

■フレッド・B・リクソン/松田和也訳 『暗号解読事典』 創元社、12/184500円+税
 *古代からネット早期までの暗号の歴史的展開やトピックスを網羅的に解説した、読んで楽しく、調べて使える大事典。暗号クイズ付。632p

ロバート・グリーン/新庄哲夫訳 『アメリカン・ハッスル』上・下、河出文庫、12/17、各840円+税
*希代の天才詐欺師×FBI! 天才詐欺師の二枚舌が米政界と暗黒街を相手に仕掛けた、壮大なだましうちの記録! 映画「アメリカン・ハッスル」原案。

■桂千穂 『カルトムービー本当に面白い日本映画 19451980 メディアックス、12/181500円+税

脇明子 『少女たちの19世紀:人魚姫からアリスまで』 岩波書店、12/191600円+税
*ユニークで難解なキャロルの『不思議の国のアリス』はどのようにして誕生したのだろうか。『アリス』の誕生に影響を及ぼしたヨーロッパ文学とその社会背景を〈少女〉というキーワードでたどり、児童文学の揺籃期を明快に読み解く。

■ハンス・ベルティング/仲間裕子訳 『イメージ人類学』 平凡社、12/205000円+税
*美術史を広くイメージの学として構想し直したベルティングの理論的主著。

今井美恵、私市保彦 『「赤ずきん」のフォークロア誕生とイニシエーションをめぐる謎』 新曜社、メルヒェン叢書、12/203200

■菊地原洋平パラケルススと魔術的ルネサンス  勁草書房、Bibliotheca hermetica 叢書、12/215000
*近代医学の創始者か、賢者の石を手にした錬金術の達人か? 魔術・占星術とキリスト教の融合をめざしたパラケルススの研究の決定版! 紀伊國屋書店新宿本店での刊行記念トークイベントはこちら1214日ころから先行販売する模様。

■北原尚彦SF奇書コレクション』 東京創元社、キイ・ライブラリー、12/212300円+税
*汲めども尽きぬSF奇書・珍本。古書のみならず、脚本・図録から自費出版書籍まで、入手手段の限定された珍しい書籍を縦横無尽に紹介する。

■トーマス・デ・パドヴァ/藤川芳朗訳『ケプラーとガリレイ:書簡が明かす天才たちの素顔』白水社、12/233400円+税
*科学史上に輝く巨星の対照的な生涯と大発見、時代背景を活写した評伝。二人を結んだ「絆」として、交わした書簡が重要な役割を果たす。

ブルース・シュナイアー/山形浩生訳 『信頼と裏切りの社会』 NTT出版、12/244200円+税
*人間社会は信頼なくして成り立たない。しかし、社会の中には必ず、信頼を悪用して自分の利益にしようとする裏切り者がいる。このため社会は、裏切り者を見つけ出し、制裁を加える制度・システムを作ってきた。しかしネット社会とグローバル化の現在、そうした制度・システムが機能しない場面が増えている……社会科学、生物学などを総動員して、信頼の構成要素を解明する総合的研究。

■杉山久仁彦 『図説虹の文化史』 河出書房新社、12/254600円+税
*人びとは虹に何を見てきたか、その謎にいかに挑んできたか。虹をめぐる知と表現の系譜を通覧する一大スペクタクル。

■安井泰平 『ジャッロ映画の世界』(仮)彩流社、12/254500円+税
1960 年代以降のイタリア・ホラー・サスペンス映画群を徹底研究。怪しい魅力渦巻くジャッロ映画世界。

阿辻哲次、小駒勝美、柴田実、柏野和佳子、エリク・ロング 『日本語文字・表記の難しさとおもしろさ』(仮)彩流社、12/25

■ジョージ・G・スピーロ/青木薫訳 『ケプラー予想:四百年の難問が解けるまで』 新潮文庫、12/25940円+税
*元版は20054月刊行。

■正木香子 『本を読む人のための書体入門』 星海社新書、12/26820円+税

福嶋聡 『紙の本が死なない理由』 ポプラ社、12/311300円+税

ブライアン・J・ハドソン/鎌田浩毅監修 『図説滝と人間の歴史』 原書房、シリーズ人と自然と地球、12月、2400円+税
*ネイティブ・アメリカン、ケルト、インドなどの神話、伝説に現れ、ターナーほかの画家達に描かれ、庭園設計や建築に影響を与えた滝は、現在ではエネルギー開発の面でも注目されている。滝と人間の関わりをビジュアルで解説。

プランセス・サッフォー/野呂康・安井亜希子訳 『チュチュ:世紀末パリ風俗奇譚』 水声社、2800円+税
*知られざる19世紀最大の奇書。11月も未刊行だった模様。

石川九楊 『九楊先生の文字学入門』 左右社、3500円+税
*版元ドットコムのURLでは別な本が表示されてしまう。刊行されないのか?

『猟奇 復刻版』6、三人社、11月刊行予定だったが未刊行か?)60000
*昭和初期に出た探偵小説雑誌。

 
2014予定
■ヴォルフガング・ベーリンガー/長谷川直子訳 『魔女と魔女狩り』 刀水書房、刀水歴史全書8713500円+税 
Wolfgang Behringer, Wiches and Witch-Hunts: A Global History, 2004 の翻訳。

ビー・ウィルソン/真田由美子訳 『キッチンの歴史:料理道具が変えた人類の食文化』 河出書房新社、1/152800円+税
*美味しい料理は道具で進化した! 食の歴史はテクノロジーの歴史だ。古今東西の調理道具の歴史をたどりながら、それらが人々の暮らしや文化にどのような影響を与えてきたのかを読み解く。『食品偽造の歴史』(白水社)の著者による料理道具史。

■ティム・インゴルド/管啓次郎解説、工藤晋訳 『ラインズ:線の文化史』 左右社、1/152800円+税

山口昌男 『本の神話学』 岩波現代文庫、1/16

山口昌男 『歴史・祝祭・神話』 岩波現代文庫、1/16

『竹久夢二:大正ロマンの画家、知られざる素顔』 河出書房新社、1/171600円+税
*生誕130年記念出版。大正ロマンの象徴として、画家・詩人・デザイナーとして活躍した「夢二」の世界を多彩な顔ぶれが語る。

コリー・オルセン 『トールキンの「ホビット」を探して』 角川学芸出版、1/232300円+税
*『ホビット』から『指輪物語』へ、トールキンが残した謎を読み説く。

アダム・カバット 『江戸の化物草双紙の世界』 岩波書店、1/28

エドワード・D・ホック/木村二郎訳 『サイモン・アークの事件簿V 創元推理文庫、1
*オカルト探偵アークが異界の謎と遭遇する8編を収録した短編集第5弾。

■ミルチャ・エリアーデ/奥山倫明訳 『ポルトガル日記』 作品社、1月、2400円+税

シンシア・D・ベアテルセン/関根光宏訳 『キノコの歴史』 原書房、「食」の図書館、1月、2400円+税
*「神の食べもの」と呼ばれる一方「悪魔の食べもの」とも言われてきたキノコ。キノコ自体の平易な解説は勿論、採集・食べ方・保存、毒殺と中毒、宗教と幻覚、現代のキノコ産業についてまで述べた、キノコと人間の文化の歴史。

風間賢二 『ファミリー・ブラッド:家族にはつねにすでにモンスターが潜んでいる!』(仮)彩流社、3/25、定価未定

■鈴木宏 『書肆風の薔薇から水声社へ』(仮)論創社、「出版人に聞く」シリーズ

■ラリー・プリンチーペ/ヒロ・ヒライ訳 『錬金術の秘密』 勁草書房、BH 叢書 

U.ペンツェンホーファー 『評伝・パラケルスス』 勁草書房、BH 叢書(未定)

■ヒロ・ヒライ+小澤実編 『知のミクロコスモス:西欧中世ルネサンス精神史研究』 中央公論新社

ジャン・クロード・シュミット/小池寿子・廣川暁生・古本高樹訳 『イメージにひそむ身体:中世の視覚文化』 刀水書房、5000

■高橋洋、稲生平太郎 『映画の生体解剖』(仮)洋泉社
*シネマ対談

■臼田捷治 『工作舎物語』 左右舎

■松田行正、ミルキィ・イソベ、木内達朗 『デザイン・プレゼンテーションの哲学』 左右舎、神戸芸術工科大学レクチャーブックス

 

『食品偽装の歴史』◆食品偽装について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 ビー・ウィルソン/高儀進訳『食品偽装の歴史』白水社、2009720日、3000円+税 [注○文○索×]
 Bee Wilson, Swindled: From Poison Sweets to Counterfeit Coffee --- The Dark History of the Food Cheats, 2008
 
本書は、英米における19世紀以降の食品偽装の歴史を詳細に描いた本である。著者は冒頭でこう要約している。<本書は、卑劣で貪欲な行為の話であり、金が儲かるなら他人の健康を損ねてもいっこうに構わないという陋劣な人間の話である。しかし、それはまた、政治の失敗の話でもある。>(p.10
なお、著者の本名はBeatriceなので本来はBeaとなるのだが、家ではBeeと呼ばれていたのだとか(p.409)。
 
全体の目次を掲げておこう。
 序  pp.7-11
 第1章 ドイツのハムと英国のピクルス pp.12-65
 第2章 一壺のワイン、一塊のパン pp.66-123
 第3章 政府製マスタード pp.124-192
 第4章 ピンクのマーガリンと純正ケチャップ pp.193-267
 第5章 紛い鵞鳥の仔とペアナナ pp.268-340
 第6章 バスマティ米と乳児用ミルク pp.341-401
 エピローグ 二十一世紀における混ぜ物工作 pp.402-407
 
序において、著者はこう語る。
<混ぜ物工作(食品に対する故意の工作)を単なる汚染よりも悪質なものにしているのは、それが意図的であるということだ。食品を有毒なものにするあらゆる欺瞞の背後には、手っ取り早く儲けられるなら人の健康を損ねても構わないと思っている人間(しばしば集団)がいる。>(p.8)そして、<混ぜ物工作の基本は二つのごく単純なものに、すなわち毒の混入と欺瞞に集約できる。>(p.9
そう、現在日本で話題になっているホテルやレストランやデパートや飲食店などの、「バナメイエビ」を「芝エビ」と表記するといった誤表示は、はっきり言って「欺瞞」なのだ。そして外国産の牛肉に国内産の牛脂を注入するのは、正確には「毒」ではないものの、不要な物の混入なのだ。
<食品偽装が横行する社会は、市民のあいだの基本的な信頼感が失われた社会である。>(p.9)まさに暗澹たる社会に生きている。
 
1章は、次の文章で始まる。<食品の混ぜ物工作の歴史には二つの段階がある。1820年以前と、1820年以後である。>p.12
これは、ドイツから移住してきた化学者フレデリック・アークムが、1820年に英国において『食品の混ぜ物工作と有毒な食品について』を出版し、食品偽装の警告を発したことが、歴史の大きな転換点になったからだ。それまでももちろん食品偽装は問題視されていた。いや<パン、ビール、ワイン…に混ぜ物工作がしばしば施されているのに「誰もが」気づいていた。>(p.16)それにもかかわらず<飲食物に混ぜ物をする「言語道断な手口と欺瞞」>(p.15)を具体的に示されると、<彼の著書は衝撃と非常な驚きをもって迎えられた。>(p.15
 
<同書が多くの者の心を捉えたのは、産業界全体に及ぶような混ぜ物工作が初めて深刻で、特有の問題になった歴史上の時点と場所で世に出たからである。…1820年の英国は、世界の中で最も工業化されていて、その政府は比較的自由放任主義だった。…政府は粗悪な食品を取り締まらなかった。その結果、混ぜ物工作は国民の生活に影響を及ぼしたのである。>(p.34
政府が自由放任主義だったり、消費者ではなく産業界寄りであったりすると、「粗悪な食品」や「偽装食品」が安価で便利で美味な食品の顔をして登場してくる。世界で一番進んだ工業国であったがゆえに、当時の英国の新聞は、<混ぜ物工作は遺憾だが、英国が商業で成功するのに必要な自由貿易の当然の帰結だという見解>が多かった(p.50)。<新しい規制手段を導入するのは、市場の活動を抑圧するという、望ましくない結果になるだろう、したがって、何もしないほうがよい>(p.50)し、さらに<もし消費者が偽食品を選んで買うなら、それは消費者の責任だ>という「買い手危険負担」ルールも持ち出された(p.51)。しかし、<原料をできるだけ安いものにしなければならない場合は、水増しと混ぜ物工作は、ほとんど不可避だった。>(p.35)残念ながら、アークムの主張社会に衝撃を与えながらも、英国の法律を変えるには至らなかった。
その後も食品偽装を批判する者は出たが、<食品偽装について騒ぎ立てた結果、最善のことは何もしないことだ、という自由放任主義の教条主義者の立場が強まっただけだった。そして、その態度が支配的であったあいだ、混ぜ物工作はいっそう蔓延した。>(p.152
 
1859年になって、菱形飴に焼き石膏を入れるつもり(!)が砒素を入れたために、20人もの死者がでる事件が発生した。<いまや英国社会の誰もが有毒の――あるいは「有害の」――混ぜ物は悪であるということに同意した。>(p.179)ようやく政府も重い腰をあげ、緩い規制の法律をつくった。そして1875年になって、<何が混ぜ物工作で、何がそうではないかについても明確な指針>として「食品および薬品販売法」を制定した(p.187)。
その間、<「利益または欺瞞を目的とし、食品になんらかの物質――その食品に本来含まれていないもの――を意図的に添加すること」>(p.179)を混ぜ物工作とみなす立場と、<少々の無害の混ぜ物は商売にとってプラスになるので許されてもよいという考え>(p.179)とが対立していた。もっともこの対立は、現在においても姿かたちを変えて続いていると言ってよいだろう。
たとえば本書にもでてくる栄養強化食品である。現代においては、厖大な栄養強化食品が存在する。果たしてビタミンなどの栄養を加えることは「少々の無害の混ぜ物」なのだから許されるべきなのだろうか。著者は、それについて三つの欠点を挙げる。
①<栄養を強化した食品が、それを最も必要とする者の手に渡る保証がない>(p.301
②<栄養強化の食品が、それを必要としない者、それを食べると実際に健康を害する者の手に渡るかもしれない>(p.301
③<一種の集団的自己欺瞞である。栄養強化は一般大衆の食事に基本的に欠けているものを誤魔化すことができる>(p.301
栄養強化食品によって、<消費者はどんな食品が自分にとって一番いいのか健全な判断ができない…栄養強化は消費者を、自ら選択しようとしまいとビタミンを飲み込む、受動的な人間に変えてしまう。>(p.302
 
また化学的に合成された香料や添加物をどのように考えるか。
<科学的に言えば、自然食品の自然の風味は、化学的に合成された風味とは違ってはいない。>(p.324)たとえばバニラ・フレーバー入りの菓子などは数えきれないほどある。それらに用いられるバニラ成分の中で最も濃い味の一つであるバニリンは、クレオソートから誘導した芳香性の油グアヤコールから合成できる。<今日では何千トンものバニリンが、通常、亜硫酸塩の廃液から作られている。>(p.324)そういえば、「牛の糞からバニラを検出」したとしてイグ・ノーベル賞を受賞した日本人もいましたね(志村幸雄『笑う科学イグ・ノーベル賞』)。
若い栄養学者キャロライン・ウォーカーによれば、そうした法には抵触しない欺瞞を、<「合法的消費者欺瞞」と呼んだ。例えば、本物のキイチゴが少しも入っていない「キイチゴ味トライフル」を売るのはまったく合法的だった。>(p.337
 
そうしたことに対して、食品内容を正確に表示させるようになってきた。しかし著者は<四つの大きな欠陥がある>と主張する(p.347)。
①<食品の中に何かを隠すという古い欺瞞の多くをなくしたが、新しい種類の欺瞞を生んだ。事実としては正しい表示だが、それにもかかわらず人を誤解させる表示を、食品製造者は…いくつかの自分自身のデータを付け加えることで反撃した。>(p.347
②<いまや情報量が厖大なものになったので、多くの消費者は表示によって啓発されるよりは戸惑わされる場合のほうが多い。>(p.348
③<表示していないすべての情報を見逃してしまう>(p.348
④<内容表示ばかり注意が向いていると、いかに多くの食品に、まったく表示がないかということを忘れてしまう。>(p.349)レストランは表示されない(したがって、あくまでもメニュー表示の問題にすり替わっている)。さらに日本では小分けのコーヒーフレッシュなどは、表示面積が狭くて表示が困難という理由で、表示なしが認められている。たとえ、その中身がサラダ油を乳化させ香料と着色料を加えたものにすぎなくとも。
 
本書では、偽装食品の数多くの事例が登場する。一般大衆の飲食物であるパンや菓子や酒などほとんどすべてに偽装食品が現れる。なかでも<珍重される食料品――19世紀では茶、いつであれスパイス――は、ペテン師にとってとりわけ誘惑的である。>(p.81)さらに言えば、高級食品市場で行なわれる<欺瞞は、たいてい気づかれない。騙された者が文句を言いたくないからか、味の識別ができないからかで。>(p.351)サフランは<最も古い詐術の一つ>(p.353)であるが、今もって<いくらかのオレンジ色がかった金色のマリーゴールドの花弁を混ぜた>ものだったり、あるいは<鬱金と食品着色剤を混ぜたもの>だったりする(p.353)。そういえばサンチャゴ巡礼に行った兄が買ってきてくれたサフランも、全くサフランの匂いすらしない紛い物だった。「ペリゴール産トリュフ」として売られるものの大半は「中国産の粗悪な黒トリュフ」で、<本物に比べ、ゴムめいた、苦みのある嫌な味がする>(p.354)代物だ。
高級食材に限らず、さまざまな食品も偽装されている。とりわけ偽茶はすごい。<本物の中国の茶に見せかけるために銅で緑にしたリンボクの葉だった>(p.32)という。1818年の《ザ・タイムズ》は、首都ロンドンの茶の販売業者の十分の九が「多かれ少なかれ混ぜ物商品」を売っているとしても驚かないと書いていた(p.52)。それは茶が贅沢品とみなされ100近い税を課せられていたからでもあった。しかしそれだけでもない。本書の著者は触れていないが、したたかな中国では輸出用の茶を緑色に染めていた。英国人が緑の茶を好んだからと(サラ・ローズ『紅茶スパイ』)。
<現代の肉と魚に水分がたっぷり注入されていて、消費者は重くなった分、余計に金を騙し取られる>(p.361)のだ。2002年のある調査では、皮を剥いた冷凍クルマエビの86%に、10%以上の水が加えられており、生の帆立貝の48%10%水が加えられていた(pp.361-2)。
多くのエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルは、<派手な名前を付けて包装し直した「灯油」に過ぎない>とまで言われている(p.363)。トム・ミューラーの『エキストラバージンの嘘と真実』を読むと、いったいどのエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルを使えばいいのか途方に暮れてしまうくらい、現在も偽物が横行しているようだ。
<有機または「放し飼い」として売られているいくつかの食品は、まったくの偽物なのがわかっている。歴史上のほかのあらゆる高級食品同様、有機市場は欺瞞者にとって、抗いがたい魅力を持っている。>(p.390)日本でも地鶏と称して、老鶏を食べさせていましたな。固くしまった肉が、放し飼いの地鶏そっくりだとかで。
 
<混ぜ物工作に対する闘いは今もって、欺瞞の科学に対する科学的暴露の闘いなのです。しかし、戦場は化学から生物学に移った。>(p.372
例えば、高エネルギー・高シリアルな餌で、鶏は高脂肪になってしまった。一方で、<長い流通過程、化学肥料、植物が土壌でなく人工マットで育つ現代農業の水栽培法>が野菜・果物の栄養分を低下させた(p.380)。一方で、<遺伝子操作の結果、栄養素が過剰になった>野菜や果物もある(p.380)。
その結果、<歴史上いつの時代であれ、混ぜ物入りのものを避ける最上の方法は、名前の通りの食べ物――基本的な農産物――を食べることだった。…しかし今は、基本的食べ物の本質的価値が変わったので、そうした昔ながらの食べ物の信頼性が失われてきつつあるように思える。>(p.378
 
「食の安全」は、一方で重要なテーマである。しかし、<「食の安全」は混ぜ物工作の道徳面を無視することがある。毒については厳しいが、騙すという行為には甘いのだ。>(p.402)そう、毒は得てして比較的直ちに症状が出ることで危険性が確認される。しかし、偽装された食品は場合によっては毒でもないので、身体に影響がでない、もしくは気がつかないほど緩慢な影響でしかない。だからレストランなどは食中毒の発生には神経質になっても、まな板を塩素系漂白剤などで殺菌することの危険性(トリハロメタンなどの多様な有機塩素化合物を生成してしまう)には鈍感になってしまう。早い時間にカウンターに座ると、強烈な殺菌剤の匂いが気になりませんか? 
 
著者は、<科学にもとづいた、有益な結果をもたらす欺瞞の暴露と、無用に騒ぎ立てることのあいだの差はごく小さい。欺瞞行為が誤ったやり方で暴露されると、それは確固とした行動ではなく、無力感かヒステリアを生む>(pp.404-5)だけだと、冷静に語る。もちろん、本書が丹念に記すように、欺瞞に対し声を上げて初めて政治を動かすことができた、という歴史がある。欺瞞を非難することは、なかなかに難しい。
本書の大部分は英米2か国のことを描いているが、第6章で簡略ながら中国と東南アジアにおける食品偽装の現状をスケッチしている。中国の偽卵や偽牛乳、あるいはアジア諸国で一番食品偽装の多いバングラデシュ。中国に関しては、<[中国]当局は、…偽牛乳スキャンダルが深刻な失政に起因しているという事実を隠すことはできなかった。それは、食品の抑制のない市場経済が誤った政治と結びついた時に横行する欺瞞行為である。>(p.396太字は引用者)中国の食品偽装を「毒食」などと言ってはいられない。それは日本にとっても、決して対岸の火事ではないということだ。次々に見つかる食品偽装は、まさに「抑制のない市場経済が誤った政治と結びついた時に横行」していることを明らかにしている。
バングラデシュについては、次のように述べている。<バングラデシュには食品偽装を助長する、本書で見てきたようなあらゆる要素――生産者と消費者のあいだの長い鎖、相互の信頼感の欠如、首尾一貫しない食品法、なんの規律もない野放しの市場経済、無気力であると同時に堕落した政治、消費者が苦情を言う気力もない文化――がそなわっているように見える。>(p.400)こうした国、土地には、食品偽装が蔓延する。日本はバングラデシュとは違う、と思っていても、実は「堕落した政治」という点で同じ根っこではないのだろうか。
 
著者は最後に、どのように食品偽装と闘うべきかを記す。
<欺瞞に対するすべての闘い方のうちで最良のものは、本物を正しく味わうことによって偽物食品と闘うというものだ。…われわれはそれを、中世のギルド、その現代版である原産地呼称統制[AOC]と原産地保護指定の制度に見た。それは、ある食べ物はどのようにあるべきかについての知識から出発し、それを守るために為しうるあらゆることをする、というものである。>(p.405
<騙されたくなければ、われわれにできることがある。…新鮮な、無添加の食べ物を買うのだ。信用できる者から買うのだ。…そして自分で料理し、ちゃんとした食べ物の成分に精通するのだ。偽物を出された時に本物との違いがわかり、自信をもって苦情を言うことができるように。とりわけ、自分の感覚を信じるのだ。>(pp.406-7
付け加えてみると、サフランも自分で育ててめしべを摘んで乾燥させてみれば、本物がどのようなものかわかる。肉も大きな塊りを自分で切ってみれば、決着剤で固めた成型肉(JAS法で認められた「合法的消費者欺瞞」)との違いがわかるかもしれない。しかし、今の時代、著者の提言はなかなかハードルが高いだろう。
 
巻末に、原注と参考書目はあるが、索引がない。もちろん原著には索引も完備しているのだが、訳書にないのは残念。
なお原題は、本書の「訳者あとがき」に従っている(John Murray Publishers版のようだ)が、Princeton University Press版では、Swindled: The Dark History of Food Fraud, from Poisoned Candy to Counterfeit Coffeeとなっている。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
志村幸雄『笑う科学イグ・ノーベル賞』PHP研究所、PHPサイエンス・ワールド新書、2009114日、800円+税
サラ・ローズ/築地誠子訳『紅茶スパイ:英国人プラントハンター中国をゆく』原書房、201112月、2400+税
トム・ミューラー/実川元子訳『エキストラバージンの嘘と真実:スキャンダルにまみれたオリーブオイルの世界』日経BP社、20121126日、1800円+税
 
 
◆[食品偽装]関連ブックリスト
*偽装食品や有害物質入り食品などについて書かれた本を簡単にまとめた。ただし、遺漏は多いと思われ、今後補訂していく。
 
吾妻博勝『回転寿司「激安ネタ」のカラクリ:偽装魚&インチキ代用魚総覧85種』宝島社、別冊宝島、20072月、857円→〔改訂〕『回転寿司「激安」のウラ』宝島社、宝島sugoi文庫、20086月、438
●富坂聰『中国ニセ食品のカラクリ』角川学芸出版、20071215日、1500円+税
三好基晴『「健康食」はウソだらけ』祥伝社、祥伝社新書、20084740
●鈴木譲仁『「猛毒大国」中国を行く』新潮新書、20086月、680
新井ゆたか、中村啓一、神井弘之『食品偽装:起こさないためのケーススタディ』ぎょうせい、20089月、2381
魚柄仁之助『明るい食品偽装入門』サンガ、20089月、1600
●ベンジャミン・ウォレス/佐藤桂訳『世界一高いワイン「ジェファーソン・ボトル」の酔えない事情:真贋をめぐる大騒動』早川書房、20089月、2200
Benjamin Wallace, The Billionaire's Vinegar
ドクターくられ監修『「ニセモノ食品」作り最前線』宝島社、別冊宝島、20089月、933
◎横山茂雄編『危ない食卓:十九世紀イギリス文学にみる食と毒』新人物往来社、20081210日、2000円+税 [注○文◎索○]
有本香『なぜ、中国は「毒食」を作り続けるのか』祥伝社新書、2009130
【本書】●ビー・ウィルソン/高儀進訳『食品偽装の歴史』白水社、2009720日、3000+税[注○文○索×]
Bee Wilson, Swindled: From Poison Sweets to Counterfeit Coffee—The Dark History of the Food Cheats , 2008
読売新聞「食ショック」取材班『食ショック』中央公論新社、20097月、1300
●トム・ミューラー/実川元子訳『エキストラバージンの嘘と真実:スキャンダルにまみれたオリーブオイルの世界』日経BP社、20121126日、1800円+税[注×文×(参考サイト○)索×用語集◎]
     *巻末に、多田俊哉(日本オリーブオイルソムリエ協会代表理事)「解説 オリーブオイル偽装は「対岸の火事」ではない」pp.392-399、奥付の後ろに「写真で見るオリーブオイル史」pp.401-408
Tom Mueller, Extra Virginity, 2012
渡辺雄二『体を壊す10大食品添加物』幻冬舎新書、2013330日、780円+税
●『週刊文春』特別取材班編『中国食品を見破れ:スーパー・外食メニュー徹底ガイド』文藝春秋、2013810日、880円+税 [注×文×索×]
大西睦子『カロリーゼロにだまされるな:本当は怖い人工甘味料の裏側』ダイヤモンド社、20139月、1400円+税

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