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『リストラなう!』◆出版について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 綿貫智人『リストラなう!』新潮社、2010730日、1300円+税 [注×文×索×]
 
本書は、光文社に勤めていた45歳の男性が、会社が実施した早期退職者優遇措置=リストラに応募して退職するまでの2か月間を記したブログと、それに対するコメントとを合わせて収録したもの。著者名は「たぬきちと人々の輪」という意味の架空の名前で、「たぬきち」はブログの著者のハンドルネーム。
*「たぬきちの「リストラなう」日記」は今でも残っているので、収録拒否などで省略されたコメントも含めすべて読める。ただし、今は「新・リストラなう日記 たぬきちの首」というタイトルに変わっているようだ。
http://d.hatena.ne.jp/tanu_ki/20100329/1269871659
ブログにおいては、最後に書籍化することを明らかにして、コメント収録の是非を問うたため、オプトアウトに対する反発や最初から出版社と組んだヤラセではないかとの批判が殺到し、炎上寸前に(これらは本書には収録されず「あとがきにかえて」で簡単に触れられているのみ)。
http://d.hatena.ne.jp/tanu_ki/20100602/1275447586
 
大手出版社のリストラの実情を垣間見るばかりでなく、出版産業に対するさまざまな考え方の断片も提示される。必ずしもコメントが適切な内容を語っていない場合もあるのだが、出版を巡ってさまざまな立場から、いろいろな意見が投げられる(ただし、本書にはごく一部が収録されているだけだが)。
 
例えば、たぬきち氏はブログで、営業のことがわかっていない文芸書編集者に毒づく。
<文芸書の編集は何をしているんだ。/…/作品の価値、文学史上の立ち位置、読者にとっての必然性、著者と読者の共時性を、本文なんか1ページも読ませずに読者・書店員に伝えることができなければ。それができてはじめて“本を読む”という体験をしようという気にさせられるのでは。>(p.127
これに対するコメントの一つ。MK氏曰く。
<その通りだと思うけど、これって編集だけの仕事じゃないような。それこそ編集と営業の両輪でやらないと。じゃないと、営業は「売れる本だけを売る」人になりませんか?>(p.130
別なコメントも。元店員氏曰く。
<今も昔も読者は変わっていません。ずーと感動を求め続けているんです。なぜ本が売れなくなったのか。それは出版社が読者を欺いてきたからだ・・・と私は思います。>(p.130
 
たぬきち氏による「作品の価値、文学史上の立ち位置、読者にとっての必然性、著者と読者の共時性を、本文なんか1ページも読ませずに読者・書店員に伝えることができなければ。」という考え方は、理想形に過ぎないのではないのか。そもそも出版業が始まって以来、一度でも「読者・書店員に伝えること」なんてできたことがあったのだろうか。もしかするとある特定の/限られた人には伝えられたのかもしれないが・・・。
 
<たとえば返本情報。僕は、「この本はなぜ売れなかったのか」という情報があれば、相当なニーズを呼ぶと思う。だからたとえば、返本作業をするとき、適当な1冊の書誌情報をメモして、「この本が売れなかったのはどこに原因があると思うか」を140文字くらいで残していってはどうか。…/…「売れない本」の傾向がわかれば、すごい。>(p.145
これに対するコメントの一つ。飛比人氏曰く。
<それ一番やっちゃいけない方向じゃ・・・。参考にはなりますが参考にするだけ。真に受けたら終了。90年代以降の漫画週刊誌が「ダメをつぶせば良くなる」と思ってそれやった結果、可もなく不可もなくトゲの無い作品しか編集が通さなくなって、結果暗黒期に入ったと聞きました。>(p.146
別なコメントも。sd氏曰く。
<単純な「売れなかった本リスト」には反対です。編集も営業も委縮してしまい、意欲作が出なくなる。出るのは「確実にそこそこの売上が見込める本」ばかり。>(p.147
 
たぬきち氏の考えはわかる。出版業界以外ならどこでもやっていることだし、またそうでなければ失敗の反省がいつまでもないままとなってしまうのだから商売はあっという間に破綻する。売上目標(売上願望の数字)というのではなく、ある客層がどのくらいのボリュームで存在し、刊行情報が的確に伝わればどの程度の客が購入するか、という予測の範囲に対して、それを超えたか(より売れたか)、超えなかったのか(売れなかった)の評価は必要ではないのか。またその理由(プラスもマイナスも)を考えることも重要だ。その出版物に対する客層の見通しが甘く、適切な規模で存在していなかったのか(つまりニーズが乏しいものだった)。そもそもその出版物の編集が雑であるとか、光る部分がない、などの問題もあったかもしれない。あるいは情報伝達の面で広告宣伝や、書店対策や、メッセージなどの問題がありはしなかったのか。などなど。
「ダメをつぶせば良くなる」という単純な話では済まないのは当然だ。だが、「ダメ」がいつまでも残っていても、ダメは変わらない。違う視点から「ダメ」を考え直さなければ。
 
たぬきち氏曰く。<電子書籍は作って出すだけじゃダメだ。紙の本も作って出すだけじゃダメなのと同じように。/なぜその本が書かれたのか、この本を読む意味は、読んでどうトクするのか、今この本を読むと何が得られるのか、今この本を読む必然性とは・・・そういったことがお客さんである読者に伝わるよう周辺を整理しなきゃならない。そして大勢の読者にその本について語り合ってもらえる場を用意すること、などなどなど。/つまり読者の人生にその本の居場所を作ってやる。それが「本をソーシャル化する」ことだと思う。>(p.356
この本を読むということについて、もっと重層なレベルで考え直さなければいけないように思っている。たぬきち氏流の出版社側の売るための理論武装というのではなく、本と自分との関係性を見直すために。今後の課題としよう。
 
「この本はなぜ売れなかったのか」という問いも、大手出版社の光文社だから、「売れない本」のハードルが違いすぎるのかもしれない。かつて光文社では、<新刊のほとんどは初版3万部スタート。…10万部に達しないと本ではないと、半ば本気で言われていた。編集長の牧野[幸夫]が「30万部までが本、それ以上は流行」と明言を吐いていた。>(新海均『カッパ・ブックスの時代』p.181)もちろん2010年当時の話ではないのだが。ちなみに同書を読む限り、売れた本の話はあっても、当然「売れなかった本」の話はない。
「売れない本」しか携わったことのないがゆえに、もっと少部数の販売でペイしうる出版へシフトすべきだと強く思う。ある意味で、この刊行点数ばかりが右肩上がりの時代、似たり寄ったりのろくでもない出版物ももちろんおびただしく出ているのだが、以前であれば部数が出ないと企画会議ではねられてしまうような出版物も、ひょっとしたら日の目を見ることができるのだな、と思う。多様性こそ、出版の最も大事にすべきことなのだから。
かつて一時期、オンデマンド出版にその可能性を見出そうとした。しかし、オンデマンド出版は少部数再版(復刊)の道具となるばかりで、戦略的に活用しようとする出版社は皆無だった。いまは普通のオフセット印刷で十分に少部数対応も可能である(程度にもよるが)。本書にもカバーに箔押しさえなければ再版できるのに、といった悩みが描かれているが(pp.283-4)、コストと小回りがきくことに裏打ちされた造本仕様は当然のこと。優秀なデザイナーは熟知しているだろうが、その真似をしている大多数のデザイナーは、どうしてもカッコいい銀の紙とか値段に関係なく使いたがる。
電子書籍も、たぬきち氏は舞い上がっているようだが(本書以後は知らない)、少部数出版的な可能性は大いにある。電子書籍には問題が多い。電子書籍はあくまでもフローの産物であって、ストックには適しない(つまり読み捨ての本にはいいが、長年使い続ける本には向かない)。電子書籍をストックした図書館・古本屋は成立することが難しい。フォーマットが頻繁に変わる。デバイスも変わる。プロバイダーが変われば、サービスがなくなるかもしれない(かつてAmazonKindleに配信した電子書籍を不都合があったため、一気に削除したこともあった)。いまこの瞬間に読みたければ電子書籍は向いている。それだけだ。
 
光文社の並河良社長に対しては、著者のたぬきち氏は辛辣。<大殿様[並河社長]はとことん見栄とか外見にこだわる方だったのかもしれない。あの北欧の紙じゃなきゃダメ。グラビア印刷じゃなきゃダメ。紙は良いけどwebはダメ。>(p.260
あるいは、<大殿様は織田信長じゃないけど人事が好きだった。…会社の多くの人が異動を経験した。人事異動は異常な頻度で行われ、各部署の叩き上げ・プロパーはもうほとんどいなくなった。…これは目立たないが会社の体力をかなり削いだと思う。>(p.261
 
本書は、リストラに遭遇した一会社員のドタバタである一方、それが光文社という大出版社の事件なので出版業界の裏を覗く本でもある。どちらかというと前者の興味で読み始めたが、結局後者の関心で読み終えた。
 
ちなみに、先に紹介した新海均『カッパ・ブックスの時代』には、このリストラで同時に退職した著者のはずだが、本書については参考文献にすら挙げられていない。
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
新海均『カッパ・ブックスの時代』河出書房新社、河出ブックス、2013730日、1500円+税
 
 

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Author:夢幻庵主人
隠居生活続行中。

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