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『緒方竹虎とCIA』◆戦後日本の情報機関構想について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
吉田則昭『緒方竹虎とCIA:アメリカ公文書が語る保守政治家の実像』平凡社新書、2012518日、780円+税 [注×文○索×年表○]
 
本書は、<戦前は朝日新聞を代表する記者として活躍。その後政界に転じ、小磯内閣で内閣情報局総裁を務め、戦後は保守合同を主導したことで知られる緒方竹虎。2005年から機密解除となった米公文書から、1955年の自民党結成にあたり、CIAが緒方を通じて対日政治工作を行っていた実態が明らかになった。>(カバー袖より)
タイトルからはそういった本と期待されるが、本書の半分(第2章の終わりまで)は、CIAと無関係の戦前までの話。もちろんアメリカ公文書も関係ない。CIA文書の「緒方ファイル」が登場するのは第3章のp.118からでしかない。「保守政治家の実像」についても「明らかになった」というほど明示されているわけでもない。羊頭狗肉と言うべきであり、著者がタイトルを決めたのか、編集者が提案したのか不明だが、いずれにせよ読者を欺くものである。
仮に本書のテーマがタイトル通りであったのなら、編集者は序章から第2章までを大幅に刈り込み、特に第4章と第5章とをもっと充実させるべきだっただろう。
 
目次を掲げておこう。
 はじめに pp.7-15
 序章 大志を胸に抱いて――幼少期、青年期 pp.17-33
 第1章 朝日新聞筆政――戦前の新聞記者時代、1911-1944  pp.35-72
 第2章 メディア界の統制――情報局総裁として、1944-1945  pp.73-103
 第3章 戦犯指名と公職追放――1945-1951  pp.105-146
 第4章 頓挫した「日本版CIA」構想――政府高官時代、1952-1954  pp.147-184
 第5章 コードネーム“ポカポン”――保守政治家として、1955-1956  pp.185-220
 おわりに pp.221-229
 あとがき pp.230-233
 主要参考文献 pp.234-239
 年表 pp.240-244
「はじめに」「おわりに」「あとがき」と、繰り返し著者自身の話がくどくどと述べられる。編集者は、たとえ著者が書いてきたとしても整理して、簡潔に書き直させるべきだった。
 
本書で読むべきところは、戦後の情報組織設置に緒方がどのように関与していたかを述べているところにあろうか(既に他の文献でも論じられていることのようではあるが)。現在、自民党がほぼ独裁状態であることをいいことに、日本版NSA(国家安全保障局)の設置に向けて突き進んでいるわけだが、戦後間もなくの段階から自民党の情報組織願望が連綿と続いてきたことを知っておく必要があるだろう。下記のブックリストにもあるように、情報機関設置の声は常にあがっていたし、スパイ防止法制定の動きはそれと表裏一体となって常にあったことを知っておきたい。スパイ防止法などが制定されても、本当のスパイが活動を止めるわけはない(アメリカなどいくらでもスパイが活動している)。何のためかと言えば、国民に国が都合の悪い情報をひた隠しにするためでしかないことを忘れてはいけない。
 
戦後の情報組織設置の動きを描き出すという意味では、戦前期において情報局総裁に就任したことの記述は無駄ではない。
<緒方が統括した情報局はその創設の当初から、内務省、逓信省、外務省、陸軍・海軍といった既存関係機関の、事務・権限の情報局への統合がきわめて不完全なものに終わった結果、組織における、いわゆる「多頭のヒドラ」に悩まされていた。/…マス・メディア統制に関する統一的な政策を打ち出すことが困難な状況にあった。>(p.92
<緒方は、こうした戦時の活動から、インフォメーション(公開情報)とインテリジェンス(非公開情報=諜報)の両面を掌握しようとしたとされる。…/この時の反省から、緒方は戦後、内閣直属の調査機関・内閣調査室の設立に尽力することになったといわれている。情報機関設立構想には、戦時の情報局総裁として、緒方が身をもって経験しなければならなかった挫折や苦悩を色濃く反映した内容が盛り込まれているからである。>(pp.93-4
この前提の説明は、残念ながらその後の緒方の動きとはつながらない。戦後の情報機関設立構想を進める過程で、結局省庁の縄張り争いを解消できず、挫折してしまうのだから。
 
ともあれ、戦後の情報機関設立構想は吉田内閣のなかで進行していった。
<戦後GHQとあらゆる交渉にあたっていた吉田政権は、…水面下ではアメリカの情報機関との協力の基礎を築きながら、内閣調査室、公安調査庁などの情報機関を発足させていたことがわかる。>(p.150
<当時の吉田首相の構想では、まず総理大臣の秘書室のようなものを作り、準備が整い、必要性が高まった段階でこの組織を拡張するか、さもなければ別組織を立ち上げてインテリジェンス機能を強化していこうということであった。/こうしてみると、緒方がまったく新しい情報機関構想を唱えたということではなく、むしろ、日米間の懸案事項に、吉田内閣が本格的に取り組み始めたということがみて取れる。>(p.155
 
195211月には、緒方はCIAに、情報機関についてのブリーフィングを依頼する。そのころ、<新情報機関の形態に関して、「古野構想」と「村井構想」という二つの構想が、政府部内で検討されていた。>(p.161
「古野構想」とは、古野伊之助・元同盟通信社長を中心に検討されていた案である。<海外のニュース情報の収集・分析を体系的に行い、…「日本の声」の国外発信を目指すという情報機関(インフォメーション・エージェンシー)の設立を目指す>(p.162)というものであった。
一方の「村井構想」とは、元内務省公安一課長を務め、戦後国家警察本部の初代警備課長となり、524月には初代内閣調査室(巻末の年表では「内閣官房調査室」とある)長に就任していた村井順の立案になるものであった。
<「文書収集」「通信傍受」「工作員活動」の三つのセクションからなる「中央情報局」を新たに新設するというもので、明らかに米国のCIA型の情報機関(インテリジェンス・エージェンシー)を意識したものだった。>(p.162
 
吉田内閣は、5211月末に「古野構想」のみを発表した。しかし、これすら野党の反対や新聞の批判を受けて、<緒方としても、村井構想の公表はおろか、古野構想の規模をも縮小せざるを得なくなり、結果として当初予定から大幅に縮小されたものに留められた。>(p.163
折も折、村井内閣調査室長がロンドン空港で闇ドル所持発覚とされ、これを外務省がマスコミに流したという事件が持ち上がった。どうも緒方に代わった官房長官と、警察出身の村井を嫌う外務省とが仕組んだスキャンダル騒ぎだったらしい。濡れ衣だったようだが、結局村井は更迭される(pp.168-172)。
こうして本格的な情報機関の設立どころか、内閣調査室すら業務を外部に委託するなどで、組織としては大幅に後退してしまった(pp.178-183)。
 
しかし、本書の著者が第4章の末尾で、<緒方が「政治をよくすること、民主主義をレールに乗せること」と述べていた裏面において、…情報機関の主宰者としての側面は、どのように評価すべきか。緒方の本心は、評伝的事実からは垣間見えない。>(p.184)と述べているが、まさに「情報機関の主宰者としての側面」を「どのように評価すべきか」ということが語られなければならなかった。緒方自身はおそらく語っていないため、「本心」は明かされていないのかもしれないが、著者自身が評価することはできたはず。そのためには、戦前との対比以上に、緒方の死後も視野に含めて日本における情報機関設立の願望のありようを展望し、そのうえで緒方の考え方や実行の限界、社会環境や議論の在り方なども、検討の俎上に載せるべきだったろう。
 
5章「コードネーム“ポカポン”」では、緒方竹虎につけたCIAのコードネームについて語られる。日本人のコードネームは、頭の“PO”が日本を指すカントリーコードで、工作員の活動する国を表わし、<残りの文字は辞書などででたらめにとってある。>(p.197)緒方は“POCAPON”であり、正力松太郎は“PODAM”もしくは“POJACKPOT”というコードネームを付与された(pp.197-8)。
以前、山本武利のGHQの検閲・諜報・宣伝工作』を取り上げたが、同書の「はじめに」のタイトルは「POCAPONと呼ばれた男・緒方竹虎」と記されていた。山本氏はそのコードネームがいかにも馬鹿にしたかのようなネーミングだったとするが、CAPON(去勢された雄鶏)だけでなく、DAMDAMNの省略形とすれば「呪われた」あたりか)、JACKPOT(賭け金)と、どれもあまりいいネーミングではない(賀屋興宣は“POSONNET/1”とソネットがつけられていたが)。こうしたコードネームは本人には全く知らされないし、米国から見れば被占領民族でしかなかったわけだから、「卑弥呼」とか表記するのと同じ発想か。
 
CIAは緒方に対し「オペレーション・ポカポン」と名付けられた工作を、19559月から年末にかけて集中的に行った。これは<ソ連が日本国内で左右両派社会党の統一を後押ししていると見たアメリカ側は、保守勢力の統合を急務と考え、次第に鳩山の後継候補に緒方を期待した。>(p.203)ためである。この時期、<当時もっとも重要な内政問題であった「保守合同」が急展開を見せていた>(p.204)ことで、その精確な情報を入手すべく、3か月間で12回もCIAは緒方と資金提供含め接触したのであった(pp.205-211)。本書を読む限り、「オペレーション・ポカポン」は情報収集がメインのように見えるが、詳細不明のローンのこともわずかに触れられている(pp.210-1)。三男の留学費用かと推定しているが、後段にもあるように(p.217)、緒方は生粋の政治家と違い、政治資金作りに難があるとされ、CIAから資金を得ていた可能性も否定できないだろう。
 
緒方からその水面下の動きまで詳しく情報を得ていたものの、結果的にはCIAにとって不満足な情報であったらしい。CIA本部から東京支局へ送られた総括評価では、<保守合同前にポカポンから受け取ったさまざまな報告と実際に起こったこととは大きく異なっていた>(p.212)と指摘。さらに<ともかく明らかなのは、ポカポンは妥協の必要性についてまったくフランクに報告しなかったことである。>(p.212)と評価し、<ポカポンはCIAに支配されないこと、CIAに義務はないこと、さらに原則としてEFI(どのような情報を収集すべきかという情報収集目標)は与えらえないことに、我々は気づく。>(p.213)と認定。結論として<しかしながら、我々との関係を続けようとするなら、ポカポンは特定の状況におけるあらゆる可能性を正確に報告すべきであるし、決断を行うときは我々に知らしむべきだと考える。>(p.213)と断言する。
これに対し、東京から本部への工作報告では、<彼は権力の座にいるとき、その間ずっと我々の要望する情報や支援に応えてくれた。>(p.214)とし、<ポカポンは、照会にあるように、支配されない。また将来も同様と考える。しかし現在の我々との関係はユニークだと思う。>(p.215)と説明する。そして、<我々は彼を総理にすることができるかもしれない。それが実現できれば、日本政府をアメリカ政府の利害に沿って動かせるようになろう。>(p.215)と、傀儡首相工作の実現可能性を述べている。
だが、ワシントンと東京とでやりとりしている間に、緒方は急に病に倒れ、561月に死去してしまった。幸か不幸か、緒方傀儡内閣は誕生しなかった。
 
本書は、緒方の死で打ち切られる。伝記ならそれでもよいが、タイトルに「保守政治家の実像」とあるからには、さらに実像に迫るべきではなかったのか。緒方以外の「保守政治家」とCIAとの関係を整理して示すとか、推測で終わった感のある資金提供についてCIA文書では他にでてこないのかとか、「オペレーション・ポカポン」以前の緒方とCIAの関係をもっと突っ込むとか。不満の残る内容であった。
 
本書は整理が悪いので、事実関係も錯綜しているところが多い。例えば、<翌年[1934年]9月、朝日社内に東亜問題調査会が設置され、11月に緒方が会長に就任することに結実する。>(p.58)とある一方、<[緒方は]自身も東亜問題調査会の二代目会長におさまり、…>(p.65)と記されている。p.58の記述だけを読むと、設置されたが会長職がすぐには決まらず、3か月後に緒方に決まったようにとれる。しかし、p.65の記述からは、初代会長はだれか別人が就任したが、すぐに緒方に交代して「二代目会長におさま」ったと読める。巻末の年表にはこの件の記載はない。
 
また出典表示もおかしい。例えば、p.56の引用文末尾に(今西、60-61頁)とある。ところが、巻末の主要参考文献には「今西」の著作が次のように2点掲載されているため、どちらの本から引用されたのかがわからない。これでは、何のための出典表示なのか。
今西光男『新聞資本と経営の昭和史:朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』朝日新聞社、
       2007
今西光男『占領期の朝日新聞と戦争責任:村山長挙と緒方竹虎』朝日新聞社、2008
同様に、p.59の(栗田、49頁)も「栗田」の著作が2点ある。
栗田直樹『緒方竹虎:情報組織の主宰者』吉川弘文館、1996
栗田直樹『緒方竹虎』吉川弘文館人物叢書[正しくは「吉川弘文館、人物叢書」と表記すべき。叢書名は「人物叢書」なので。]2001
一方で、p.66には(嘉治、1962177頁)とあれば、「嘉治隆一『緒方竹虎』時事通信社、1962」と特定できるのだから、著者に2点以上あれば年表示を加えるなど当たり前のこと。
さらに、p.79の(岡村、76頁)は主要参考文献にないのはどうしたことか。

ついでに書くと、p.135p.173の「ラジオプレス」は、「ラヂオプレス」。あとがきを見ると
ラヂオプレス理事長にインタビューまでしているというが、恥ずかしい間違い。

こういった一見些末的なことに見えるかもしれないが、編集者が真面目にチェックすれば簡単に済むことばかり。本来なら、著者が引用してきた箇所を、本当に正確に引用されているかを確認することも編集者の義務だろう(乏しい経験では、引用の出鱈目さはひどいものだった)。上記のありさまでは、著者が書いてきた原稿を、右から左に流しているとしか思えない。単価の安い新書(出版全体かもしれないが)になど手間も時間もかけられないということの証左かもしれないが。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
山本武利『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』岩波書店、岩波現代全書、2013718日、2300円+税
 
 
◆[戦後の日本に関する情報機関]関連ブックリスト
 
村山有『ラヂオプレス(RP)の誕生とその歩んだ道』(タイプ版)、1965
河西徹夫、日高明『間接侵略の危機:日本だけにないスパイ防止法』日本工業新聞社、19825月、1400 (税込)
スパイ防止法制定促進国民会議編『機密保護と現代:スパイ防止法はなぜ必要か』啓正社、19837月、1500 (税込)
*戦後主要スパイ事件年表: p263279
スパイ防止法制定促進国民会議『誰にもわかる「スパイ防止法」:正しく学ぶ三つの章』世界日報社、198710月、980
諜報事件研究会『戦後のスパイ事件』東京法令出版、19901月、1000(税込)→〔2訂版〕東京法令出版、20015月→外事事件研究会編著『戦後の外事事件:スパイ・拉致・不正輸出』東京法令出版、200710月、1500
小林峻一、鈴木隆一『スパイM』文藝春秋、文春文庫、199412月、460円(税込)→〔改訂〕『昭和史最大のスパイ・M:日本共産党を壊滅させた男』ワック、20068月、933
保阪正康編/東輝次著『私は吉田茂のスパイだった』光人社、200112月、1700円→『私は吉田茂のスパイだった:ある諜報員の手記』光人社、光人社NF文庫、20093月、590
岡崎久彦『岡崎久彦の情報戦略のすべて』PHP研究所、20022月、1300
太田文雄『「情報」と国家戦略』芙蓉書房出版、20053月、1800
佐々淳行『インテリジェンス・アイ:危機管理最前線』文藝春秋、20056月、1600
◎大森義夫『日本のインテリジェンス機関』文春新書、20059月、680
PHP「日本のインテリジェンス体制の変革」研究会『日本のインテリジェンス体制:変革へのロードマップ』PHP総合研究所、20066
◎●黒井文太郎『日本の情報機関:知られざる対外インテリジェンスの全貌』講談社新書、20079月、838
原博文/茅沢勤訳『私は外務省の傭われスパイだった』小学館、20085月、1500円→〔改題・再編集〕『外務省に裏切られた日本人スパイ』講談社+α文庫、200911月、838
孫崎享『情報と外交:プロが教える「情報マンの鉄則10」』PHP研究所、200911月、1500円→〔改題〕『日本の「情報と外交」』PHP新書、20131月、780
仮野忠男編『亡国のインテリジェンス:「武器なき戦争」と日本の未来』日本文芸社、20107月、1600
平城弘通『日米秘密情報機関:「影の軍隊」ムサシ機関長の告白』講談社、20109月、1700
中西輝政『情報亡国の危機:インテリジェンス・リテラシーのすすめ』東洋経済新報社、201010月、1600
町田貢『日韓インテリジェンス戦争』文藝春秋、20112月、1524
岩下哲典『日本のインテリジェンス:江戸から近・現代へ』右文書院、201111月、1400
佐々淳行『インテリジェンスのない国家は亡びる:国家中央情報局を設置せよ!』海竜社、20138月、1300
 
◆公安関係
吉原公一郎『謀略列島:内閣調査室の実像』新日本出版社、19785月、1200
島袋修『公安警察スパイ養成所』宝島社、19956月、980 (税込)→〔改訂〕宝島社文庫、20009月、600円→〔新装版〕宝島sugoi文庫、20097月、457
青木理『日本の公安警察』講談社現代新書、20001月、680
野田敬生『CIAスパイ研修:ある公安調査官の体験記』現代書館、20003月、2300円→◎●〔改訂〕『公安調査庁の深層』ちくま文庫、20086月、840
角田富夫編『公安調査庁()文書集:市民団体をも監視するCIA型情報機関関』社会批評社、20012月、2300
亜東企画編『公安アンダーワールド:日本の秘密情報機関』宝島社、別冊宝島real 12号、20014月、1143円→〔改訂〕別冊宝島編集部編『公安アンダーワールド』宝島社文庫、20017月、600円→〔新装版〕別冊宝島編集部編『公安アンダーワールド』宝島sugoi文庫、20097月、457
泉修三『スパイと公安警察:実録・ある公安警部の30年』バジリコ、20091月、1600円→〔加筆修正、改題〕『実録・警視庁公安警部:外事スパイハンターの30年』新潮文庫、201011月、514
竹内明『ドキュメント秘匿捜査:警視庁公安部スパイハンターの344日』講談社、20091月、1700円→〔改題〕『秘匿捜査:警視庁公安部スパイハンターの真実』講談社文庫、20118月、676
 
◆自衛隊関連
塚本勝一『自衛隊の情報戦:陸幕第二部長の回想』草思社、20089月、1800円+税
松本重夫『自衛隊「影の部隊」情報戦秘録』アスペクト、200811月、1800円+税
*「影の部隊」とは、自衛隊にあって情報収集と分析を専門に行う「調査隊」と情報教育を行う「調査学校」
防衛調達研究センター刊行物等編集委員会編『カウンターインテリジェンスの最前線に位置する防衛関連企業の対策について』防衛調達基盤整備協会、BSK 22-3号、20103月、非売品
福山隆『防衛駐在官という任務:38度線の軍事インテリジェンス』ワニ・プラス、ワニブックスPLUS新書、20126月、840
佐藤守男『情報戦争の教訓:自衛隊情報幹部の回想』芙蓉書房出版、20129月、1500円+税
福山隆『防衛省と外務省:歪んだ二つのインテリジェンス組織』幻冬舎新書、20135月、780円+税
 
◆米国情報機関関連

大野達三『アメリカから来たスパイたち』新日本出版社、新日本新書、1965年→祥伝社文庫、20083月、600

C. A. ウィロビー(Charles Andrew Willoughby)/延禎監訳『知られざる日本占領:ウィロビー回顧録』番町書房、1973年、750円→C.A.ウィロビー/平塚柾緒編、延禎監修『GHQ知られざる諜報戦:新版ウィロビー回顧録』山川出版社、20117月、1800円+税

延禎『キャノン機関からの証言』番町書房、1973年、630

猪俣浩三『占領軍の犯罪』図書出版社、197912月、1500

*鹿地亘事件・参考文献: p322324

春名幹男『秘密のファイル:CIAの対日工作』上・下、共同通信社、20004月、各1800円→〔増補〕上・下、新潮文庫、20039月、各781

F.W.ラストマン/朝倉和子訳『CIA株式会社』毎日新聞社、20031月、1700

有馬哲夫『昭和史を動かしたアメリカ情報機関』平凡社新書、20091月、760

有馬哲夫『CIAと戦後日本:保守合同・北方領土・再軍備』平凡社新書、20106月、760

加藤哲郎「戦後米国の情報戦と六〇年安保:ウィロビーから岸信介まで」『年報 日本現代史』第15号、現代史史料出版、2010

青木冨貴子『昭和天皇とワシントンを結んだ男:「パケナム日記」が語る日本占領』新潮社、20115月、1600円→〔改題、加筆修正〕『占領史追跡:ニューズウィーク東京支局長パケナム記者の諜報日記』新潮文庫、20138月、630
山田善二郎『アメリカのスパイ・CIAの犯罪:鹿地事件から特殊収容所まで』学習の友社、20116月、1333

【本書】●吉田則昭『緒方竹虎とCIA:アメリカ公文書が語る保守政治家の実像』平凡社新書、2012518日、780円+税

●山本武利『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』岩波書店、岩波現代全書、2013718日、2300円+税

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『世界を変えた火薬の歴史』◆火薬について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 クライヴ・ポンティング/伊藤綺訳『世界を変えた火薬の歴史』原書房、2013430日、2800円+税 [注△文×索◎]
 Clive Ponting, Gunpowder, 2005
 
本書は、今から1000年以上前に中国で発明された火薬が戦争の最も重要な兵器となるにつれて、世界をどのように変えていったかをコンパクトにまとめている。出典表示も参考文献も訳書にはないし削除したとも触れていないが、原著になかったとは思えない。とりわけ日本の情報をどんな文献から入手したのかが知りたいところ。索引はおそらく項目のとり方を原著に倣ったためか、最近のいい加減な索引づくりにうんざりしていると、とてもよくできているように思える(詳細にみると、ちょっと雑だが、まあ及第点はあげられよう)。
 
実は、かれこれ30年以上前から「モノの文化史」書誌をまとめたいと考えていた。例えば、火薬という「モノ」が単に技術的な意味合いだけでなく、そのモノが生まれることによって人間の生活や社会などがどのような影響を受け、変化していったのかが描かれた歴史書を、仮に「モノの文化史」と呼ぼうと思う(身体の一部の歴史〔例:『涙の歴史』〕とか、自然物の文化史〔例:『図説月の文化史』〕もありうるが、とりあえずは人工物を想定)。ちょうど日本書籍出版協会の《これから出る本》が出始めたのを機に、それに掲載された関連書を小さいカードに貼り込んでみたり、何かを読んだ際に参考文献をコピーしたりという程度の、全く熱心さの欠けたレベルに過ぎなかった。隠居生活を始めて、少しずつは本などを整理しなければならないので、これを機に「モノの文化史」書誌(精々「文献書目」といったところだが)作りを再度手掛けてみようかと思った次第。そんなわけで本書を手に取った。
本書は、全14章がプロローグとエピローグにはさまれて構成されている。
プロローグは「1605115:火薬陰謀事件」と題され、イギリスでのガイ・フォークスの逮捕を祝う記念日のいわれから始まる。イギリスの読者にとって、この記念日だけは<火薬の歴史において飛び抜けてよく知られたエピソードだろう。それ以外の話はほとんど知られていない。>(p.18
 
従来、火薬はヨーロッパで発明されたものと信じられていたが、ジョゼフ・ニーダムの『中国の科学と文明』に基づき、中国起源であることを詳細に示す。ただし、本書中ではニーダムの創見なのか、著者自身の発見なのかが定かではない(ニーダムの資料の読みはかなり恣意的だという批判もあり、ニーダムに基づいた理解が正しいかというと、疑問の余地なしとはしないが、とりあえず著者の考え方を追うこととする)。
 
中国では錬丹術で不老不死の霊薬を探究する過程で、<考えうるかぎりあらゆる奇妙で驚くべき混合物を試しているうち、まったくの偶然に、人類史上初の爆発物――火薬を発見した。この黒い粉は、三つの物質――木炭、硫黄、硝石の混合物である。>(pp.26-7)おそらく紀元800年ころに発見された(p.29)。
火薬の発見は、ただちにそれを利用した兵器の開発に結びついた。<火薬づくりは職人仕事だったが、中国は火薬と火薬を使う兵器の製造を大きな作業場で行なった。これには、中国がすでに高度な国家であったこと、産業セクターの成長によって兵器工業が発達していたことが影響していた。>(p.41
 
中国では、紀元900年から300年ほどのあいだ<火薬の爆発力の向上とその威力を利用できる兵器の開発>(p.44)が着実に進められた。<中国は火薬を使用するあらゆる種類の兵器――焼夷弾、爆弾、ロケット、大砲、手銃――を開発>(p.42)するに至った。
例えば、簡単なものでは「火槍」という<竹の棒に容器がしばりつけられてあるだけの、約5分間炎を出す火炎噴射器>(p.48)が挙げられる。射程は精々約3.6mだったという。しかし、これは<金属の砲身を使用した最初の兵器>(p.49)であるという点で重要だ。さらに、その後にはこれを原型にしてロケットとなる。ロケットの開発は<1206年には疑いなく達成されていたと思われる。…1250年ころには、中国のロケット兵器は450メートル以上飛ぶようになっていた。>(p.621350年ころには多段式ロケットも製造していた。<本体の運搬ロケットがほとんど燃えつきると、一連の導火線が自動的に多数のロケットに点火し、焼夷矢が雲を突き抜け敵に向かって飛んでいった。>(p.64
「震天雷」という<鉄の外殻をもつ最初の真の爆弾>(p.55)や、1250年ころには導火線を使った地雷が使用され始めた。1300年ころまでに考案された「自犯砲」という地雷は、<兵士が隠れた板を踏んでおもりがはずれると、鋼鉄製の車輪が回転して一連の火打ち石とこすれて火花を放ち、それが導火線に引火して爆発>(p.56)するものであった。
砲も、ヨーロッパより200年も早く中国が開発した。最初は「噴火器」で、小さい鉛弾を詰めて発射するものだったが、弾丸が内腔をいっぱいにふさぐものではなかったので、真の砲ではなかった(p.65)。<火薬の爆発力に耐えうる、砲をつくるのに適した素材を開発する必要があった。>(p.66)青銅はあまり圧力には耐えられない。<しかし中国が世界のほかの地域にまさる大きな利点がひとつあった――それは、ほぼ200年前から鋳鉄のつくり方を知っていたことだった。そしてこの金属は砲の製造にうってつけだったのである。>(p.67
ちなみに、モンゴル軍が元寇の際に、<「火銃(huo thung)」と呼ばれる武器を使ったが、これが「噴火器」だったのか、あるいは真の砲だったのかはわかっていない。>(p.69
 
中国では火薬とその利用法は極秘とされていたが、<女真族が[1126年に宋の首都]開封を攻略したことで、火薬にかんする知識がはじめて流出することになった。>(p.75)その後、モンゴルにも知られてしまう。
イスラム世界へ火薬を用いた兵器の技術が伝わったのは、<モンゴルの軍事行動を通じてのことだった。>(p.80)モンゴルは中国人を信用せず、イスラムの技術者を徴用して、宋との戦争に役立てた。<ムスリム世界から中国にやってきたモンゴル軍のなかで働いていたこの男たちは、両陣営で使用されていた火薬兵器にたちまち精通した。>(p.80
 
そして、オスマン帝国はコンスタンティノープル攻略に大型砲を用いるに至った。1422年、大砲を用いて攻撃したが、これは失敗に終わった。1453年に、ハンガリーの技師<ウルバンとその職人たちは、全長約8メートルの巨大な青銅製の大砲を鋳造した。この巨砲は、数百キロの重さの巨大な石弾を発射することができた。>(p.92)この大砲はあまりにも重く、60頭の雄牛に引かせて現地まで運んだという。<発射するたびに…砲を冷まさなければならず…巨砲が発射できたのはせいぜい17回だった>(p.94)。412日に攻撃を開始し、早くも529日にはさしものコンスタンティノープルの城塞を打ち破り、開城に成功した。
 
ヨーロッパでは火薬を用いた兵器の使用が、大きく遅れていた。ヨーロッパの<最初期の砲は、既存のイスラム世界の兵器の模造品か、キリスト教諸国家がそうした兵器で攻撃されてから開発されたものかのいずれかだった。>(p.118
しかし、火薬兵器が戦争の切り札と認識されるようになると、火薬の原料のうち、どの国も硝石の確保に躍起となった(pp.135-149)。問題は、ヨーロッパの気候のように<低温だと、硝石が土壌に大量に生成されないことだ。天然に採取するなら、家畜小屋や納屋、地下室などの壁や床からかきとるか、便所の周辺を掘り起こすしかなかった。>(p.135
 
従来の火薬は「サーペンタイン」と呼ばれていたが、これに対し「コーニング(粒状化)」という新しい加工法が生まれ、より強力な爆発を引き起こすことができるようになった。さらに火薬が長持ちし、湿気を吸いにくい性質をもっていた(p.150)。<新たな「粒状化」火薬はまた、ヨーロッパの冶金技術の進歩とあいまって、はじめて真に効果的な手持ち型火薬兵器の開発を可能にした。>(p.152
1420年代末期にブルゴーニュでつくられた「カルヴァリン砲」は、<1437年のメス包囲戦では、ある砲手が13度、大砲を発射することができた。これはふつうありえなかったので、悪魔の仕業にちがいないと考えられた。砲手はローマへ巡礼に旅立ち、罪を悔い改めることを余儀なくされた。>(pp.154-6
 
17世紀には、かなり発射できるように改良されてきた。当時、<包囲戦で通常の距離(約320メートル)から発射すると、城壁を破るまでに約6000発使う必要があった。攻城砲はふつう1日に100発以上発車できなかった…。必要とされる6000発には64000キロの砲弾が使われ、砲は約32000キロの火薬を消費した。この数字から、硝石と火薬の製造がヨーロッパ諸国家でなぜそれほど重要だったかがわかる。>(pp.175-6
 
たえまない戦争と新型の火薬兵器の増大する威力は、ヨーロッパの軍隊の規模を急速に拡大していった(p.186)。軍隊と軍艦の維持と戦争遂行には、けたはずれに巨額の資金が必要となる。<硝石と火薬をつくるための多大な努力と、ぞくぞくと登場する多種多様な火薬兵器のほかに、陸海軍に服務する兵士に給料を支払わなければならなかった。>(p.187)軍隊と戦争に膨大な費用がかかるために、さらなる資金獲得に向けて領土拡張に乗り出さねばならなかった。<火薬兵器の大規模使用によってもたらされた圧力を受けて出現したヨーロッパ国家は、きわめて費用のかかる強制的なプロセスだった。諸国家は土地、資源、権力、威信を求めて、大陸全域(のちには世界のほかの地域)にわたるほぼ絶え間ない戦争に参加しなければならなかった。その結果もたらされたのは、大規模な死と苦しみだった。>(p.195
火薬の登場とその利用に伴い、ヨーロッパ中世体制がどのように解体され、再編成されていったかがわかる。<自由都市、主教区、地方管区のような小さな行政単位はしだいに、単一国家の構造が発達するとともに併合されていった。>(p.190
 
なぜ、ヨーロッパでは火薬兵器の開発が進められなければならなかったのか。
1360年代に明が支配を開始すると、中国は長きにわたる平和と繁栄の時代になった。…その結果、1360年以降、中国を新しい軍事技術へと駆り立てていた原動力は消えていった。>(p.184)また、<オスマン帝国とムガル帝国もやはり、当初の征服が完了したあとは、中国と同様だった。>(p.196
一方、政治制度が不安定だったヨーロッパでは、<王朝間の野望、宗教上の対立、それに地域全体を支配できる国家がなかったことなどが複雑にからまりあって、致命的な状況>をもたらしていた。<その結果が何世紀にもおよぶ戦争であり、空前の規模の死と破壊だった。>(p.196)のである。
 
19世紀半ばになってようやく、知られる唯一の爆発物である火薬に代わるものが登場した。>(p.262)これが1847年に発明されたニトログリセリンである。のちにアルフレッド・ノーベルによりニトログリセリンは比較的扱いやすい「ダイナマイト」になり、主に民間で用いられた。一方、綿から得たセルロースを、熱した濃硝酸と濃硫酸で処理して得られるニトロセルロースは、火薬よりはるかに強力で、軍事用に使われた(pp.264-8)。これらの開発がなされたところで、<火薬時代は終焉を迎えた。>(p.268
火薬の役割は終わっても、交代して出現した爆薬は火薬をはるかに上回る破壊力をもっていたがゆえに、戦争はひたすら過酷化していったが、それは本書の範囲を超える。藤井非三四『「レアメタル」の太平洋戦争』では、金属という側面から戦争を読み解く。同書によれば、<金属を“戦力化”できないと満足に戦えないということだ。そこを真に理解していなかったところに日本の敗因があった。>(同書p.5)と論じる。
 
著者はエピローグにこのように記す。
1000年にわたり、火薬は人間社会が知る唯一の爆発物だった。…火薬が人びとをより攻撃的にしたわけではないにしても、戦争を激化させ、その結果をさらにいっそう破壊的なものにした。…これが道教の錬丹術師が追い求めたものの結果だったというのは、人類の歴史における数ある痛烈な皮肉のひとつだろう。>(pp.268-9
これから、別な「人類の歴史における数ある痛烈な皮肉」を探す旅に出なければならないだろう。
 
なお、長篠の戦いについては、通説に従い、信長による一斉射撃として評価している。<銃兵が高度に訓練されていたことだ。統制のとれたマスケット銃兵が横列陣形を組んで、ほぼとぎれることなく一斉射撃を続けた。>(p.233)と記す。
しかし、鈴木真哉『鉄砲隊と騎馬軍団』や藤本正行『長篠の戦い』で明らかなように、銃兵は寄せ集めにすぎず、統制がとれていたわけでもなく、一斉射撃など不可能に近かった。その意味で、著者が通説をどのような情報源に頼ったのかを知りたいところだった。
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
アンヌ・ヴァンサン=ビュフォー/持田明子訳『涙の歴史』藤原書店、19947月、4400 (税込)
ジュールズ・キャシュフォード/別宮貞徳監訳、片柳佐智子訳『図説月の文化史:神話・伝説・イメージ』上・下、柊風舎、20102月、各4500
ジョセフ・ニーダム/東畑精一・藪内清日本語版監修、中岡哲郎ほか訳『中国の科学と文明8:機械工学 ()』思索社、19783月(新版199111月)
藤井非三四『「レアメタル」の太平洋戦争:なぜ日本は金属を戦力化できなかったのか』学研パブリッシング、2013716日、1400円+税
鈴木真哉『鉄砲隊と騎馬軍団:真説・長篠合戦』洋泉社、新書y20035月、720+税
藤本正行『長篠の戦い:信長の勝因・勝頼の敗因』洋泉社、歴史新書y20104月、840円+税
 
 

■近刊メモ(2013年10月版 Ver.2)


10月前半で既に刊行された(はずの)本と、以降の近刊を掲載する。発売日順を原則としているが、WEBでの確認が中心なので、違っているかもしれない。
*前回掲載のものから追加・変更した箇所を茶色で示す。
なお、近刊の本についてはあくまでも予定であり、タイトル・発売日・価格ともに変更の可能性はある。
以下は私的メモ。
■読んだ本(▲元版で読んだ)、■買った本(▲元版所有)
 
10月前半に出た本から】
 
■野村恒彦『探偵小説の街・神戸』エレガントライフ()10/11600円+税

■近藤祐『脳病院をめぐる人びと:帝都・東京の精神病理を探索する』彩流社、10/22500円+税

■三上修『スズメ:つかず・はなれず・二千年』岩波書店、岩波科学ライブラリー、10/41500円+税

■柴田元幸翻訳叢書 『アメリカン・マスターピース古典篇』スイッチパブリッシング、10/52100円+税

坂川栄治+坂川事務所『本の顔:本をつくるときに装丁家が考えること』芸術新聞社、10/71800円+税

■ミステリー文学資料館編『古書ミステリー倶楽部』光文社文庫、10/8800円+税

東雅夫編『日本幻想文学大全II 幻視の系譜』ちくま文庫、10/81300円+税

■南條竹則中華料理秘話 泥鰌地獄と龍虎鳳』ちくま文庫、10/8700円+税

ピーター・デイリー編著/伊藤博明監訳 『エンブレムの宇宙:西欧図像学の誕生と発展と精華』 ありな書房、10/97200円+税
16世紀以来、西欧表象文化に深く根を下ろした綺想迸る〈エンブレム〉の研究集大成!

豊島正之編『キリシタンと出版』八木書店、10/108000円+税

■エベン・アレグザンダー/白川貴子訳『プルーフ・オブ・ヘヴン:脳神経外科医が見た死後の世界』ハヤカワ・ノンフィクション、10/101700+税

■ニール・シュービン/垂水雄二訳『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト:最新科学が明らかにする人体進化35億年の旅』ハヤカワ文庫NF10/10800+税

ベン・マッキンタイアー/小林朋則訳 『英国二重スパイ・システム:ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦』 中央公論新社、10/102700円+税

■イサク・ディネセン/横山貞子訳 『ピサへの道:七つのゴシック物語1 白水Uブックス、10/101400円+税

■ホルヘ・ルイス・ボルヘス/木村榮一編訳 『ボルヘス・エッセイ集』 平凡社ライブラリー、10/121200円+税

 
 
【これから出る本】(タイトル・発売日・価格等はすべて予定)
 
10月後半予定
■黒岩比佐子『パンとペン:社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』講談社文庫、10/161010円+税
*元版は201010月に講談社から刊行。

山口ヨシ子『ダイムノヴェルのアメリカ:大衆小説の文化史』彩流社、10/173000円+税

■増井元『辞書の仕事』岩波書店、岩波新書、10/19760円+税

■郷原宏『日本推理小説論争史』双葉社、10/192500円+税

一柳廣孝・久米依子編著『ライトノベル・スタディーズ』青弓社、10/192000円+税

ホルヘ・ルイス・ボルヘス&マルガリータ・ゲレロ/柳瀬尚紀訳 『幻獣辞典』 晶文社、10/222800円+税【復刊】
1974年に正方形に近い判型で初版刊行→その後、晶文社クラシックスの一冊として四六判、2400円+税で再刊。

■立木鷹志『時間の本』国書刊行会、10/223400円+税

デイナ・プリースト、ウィリアム・アーキン/玉置悟訳『トップシークレット・アメリカ:暴走する「最高機密」機関』(仮)草思社、10/232200円+税

正木香子 『文字の食卓』 本の雑誌社、10/231800円+税
 *「写植書体」を、使用された名文とともに紹介する「文字と言葉をめぐる読書エッセイ」。

■杉江松恋 『読み出したら止まらない!海外ミステリーマストリード100日経文芸文庫、10/23650円+税

■ベン・アーロノヴィッチ/金子司訳『ロンドン警視庁特殊犯罪課3 地下迷宮の魔術師』ハヤカワ文庫FT10/251060円+税

■細馬宏通『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか:アニメーションの表現史』新潮社、新潮選書、10/251600円+税

大場正史訳『アラビアンナイト:バートン版千夜一夜物語拾遺』角川ソフィア文庫、10/25800円+税
*角川文庫からは1957年・58年に2分冊で、さらにリバイバル・コレクションとして19652月にも刊行されている。

齋藤嘉臣『文化浸透の冷戦史:イギリスのプロパガンダと演劇性』勁草書房、10/255500円+税

■大岡玲『男の読書術』岩波書店、10/262300円+税

■山東功『日本語の観察者たち:宣教師からお雇い外国人まで』岩波書店、そうだったんだ!日本語、10/261700円+税

田村隆 『返し包丁』 白水社、10/262000円+税

美術館連絡協議会監修 『美術館と建築』 青幻舎、10/292500円+税
*「美術館を建築家の作品にされたらたまらないよ」国内外で活躍してきた学芸出身者による放談(酒井忠康×蓑豊×原田マハ)など

■立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所編 『白川静を読むときの辞典』 平凡社、10/291800円+税 

豊田市美術館監修『反重力:浮遊・時空・パラレルワールド』青幻舎、10/312800円+税
「反重力展」豊田市美術館、2013914日-1224日開催

佐藤卓己 『物語岩波書店百年史 2 「教育」の時代』 岩波書店、10/312400円+税

苅部直『物語岩波書店百年史 3 「戦後」から離れて岩波書店、10/312200円+税

■飯倉照平『南方熊楠の説話学』勉誠出版、10/314500円+税

■大日本印刷『一〇〇年目の書体づくり:「秀英体平成の大改刻」の記録』大日本印刷(発売:DNPアートコミュニケーションズ)、10月、2000円+税

プランセス・サッフォー『チュチュ:世紀末パリ風俗奇譚』水声社、10月、2800円+税
*知られざる19世紀最大の奇書。

 
11月予定
■マルセル・シュオブ 『吸血鬼:マルセル・シュオブ作品集』 盛林堂書房、11/42000円(税込?)
*矢野目源一訳『吸血鬼』(大正13年刊)を復刻。(戦後の復刊に『黄金仮面の王』コーベブックス、あり)解説=長山靖生。

■今和泉隆行『みんなの空想地図』白水社、11/42000円+税

■西崎憲編『怪奇小説日和』ちくま文庫、11/61000円+税
*『怪奇小説の世紀』(国書刊行会)全3巻から厳選した13篇に新訳を追加した怪奇小説アンソロジー。

■文藝春秋編『東西ミステリーベスト100文春文庫、11/8660円+税
*ミステリー・ガイド四半世紀ぶりの大改訂。

大崎梢 『ようこそ授賞式の夕べに』 東京創元社、ミステリ・フロンティア、11/91500円+税

■山口謠司『みんなの漢字』講談社現代新書、11/15740円+税

■ティム・インゴルド/管啓次郎解説、工藤晋訳『ラインズ:線の文化史』左右社、11/152800円+税

ジョン・ルカーチ/村井章子訳 『歴史学の将来』 みすず書房、11/153200円+税

アンドレ・ケルテス 『読む時間』 創元社、11/192200円+税

■ヴォルフガング・ベーリンガー/長谷川直子訳 『魔女と魔女狩り』 刀水書房、刀水歴史全書8711/203500円+税 
Wolfgang Behringer, Wiches and Witch-Hunts: A Global History, 2004 の翻訳。

黒田日出男 『豊国祭礼図を読む』 角川学芸出版、11/222000円+税

長谷川郁夫 『知命と成熟:13のレクイエム』白水社、11/252800円+税

■正木香子 『文字のソムリエ』 ()星海社新書、11/26

■大橋博之編著 『少年少女昭和SF美術館:表紙でみるジュヴナイルSFの世界』 平凡社、11/273800円+税

ディヴィッド・J・スカウ編/田中一江・夏来健次・尾之上浩司訳『シルヴァー・スクリーム』(仮)上・下、創元推理文庫、11/28、各1160
*映画ホラーアンソロジー。収録作品はこちら

石川九楊『九楊先生の文字学入門』左右社、11/303500円+税

■西野嘉章編『インターメディアテク:東京大学 学術標本コレクション』平凡社、111800円+税
 *平凡社のサイトでは11月刊行予定で当然未刊だが、Amazon.jpでは9月に発売となり「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」との表示(2013/10/14現在)。

■広島市文化協会文芸部会編 『占領期の出版メディアと検閲:戦後広島の文芸活動』 勉誠出版、11月、1800円+税

■飯田豊一 『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』(仮)論創社、「出版人に聞く」シリーズ、11月?

 
12月以降予定
大田垣晴子 『偏愛博物館スケッチ』 角川書店、12/11200円+税

岩波書店辞典編集部編 『岩波世界人名大辞典』 岩波書店、12/1228000

風間賢二 『ファミリー・ブラッド:家族にはつねにすでにモンスターが潜んでいる!』(仮)彩流社、12/25、定価未定

福嶋聡『紙の本が死なない理由』ポプラ社、12/311300円+税

菊地原洋平 パラケルススと魔術的ルネサンス 勁草書房、BH 叢書、12

■東雅夫編『日本幻想文学大全III日本幻想文学事典(仮)ちくま文庫、12

レオ・ペルッツ/垂野創一郎訳『ボリバル侯爵』国書刊行会

■ミルチャ・エリアーデ/奥山倫明訳 『ポルトガル日記』作品社、201412400円+税

■鈴木宏『書肆風の薔薇から水声社へ』(仮)論創社、「出版人に聞く」シリーズ

■ラリー・プリンチーペ/ヒロ・ヒライ訳『錬金術の秘密』 勁草書房、BH 叢書、2014年 

U.ペンツェンホーファー『評伝・パラケルスス』勁草書房、BH 叢書(未定)

■ヒロ・ヒライ+小澤実編 『知のミクロコスモス:西欧中世ルネサンス精神史研究』 中央公論新社

ジャン・クロード・シュミット/小池寿子・廣川暁生・古本高樹訳『イメージにひそむ身体:中世の視覚文化』刀水書房、5000

■高橋洋、稲生平太郎 『映画の生体解剖』(仮)
*シネマ対談

■臼田捷治『工作舎物語』左右舎

■松田行正、ミルキィ・イソベ、木内達朗『デザイン・プレゼンテーションの哲学』左右舎、神戸芸術工科大学レクチャーブックス

 

『中国の黒社会』◆チャイニーズ・マフィアについて

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 石田収『中国の黒社会』講談社、講談社現代新書、2002420日、660円+税 [注△文×索×]
 
本書は、中国人による犯罪組織である「黒社会」(チャイニーズ・マフィア)について、その秘密結社としての淵源から現代の世界中で暗躍している姿までを描いた書である。
<世界を席巻するチャイニーズ・マフィアの総数はいったいどれぐらいなのであろう。その数は少なく見積もっても150万~200万人はいると思われる。>(p.14
 
中国の秘密結社がそもそもどのような理由で生まれたのか。<中国社会における秘密結社とは何か。一口で言えば、それは権力から収奪され続けた庶民が、みずからを守るために作った組織である。>(p.28)<みずからの安全を守るのはいわゆる「お上」ではなく、まずは血縁関係である一族、ついでは地縁であった。そして、それらを越えるものが必要となった時、人々は秘密結社にその存在価値を見出したのである。>(p.29
その結果、<「お上」への抵抗という結社の目的は、自然の流れとして組織に政治性を付与することになる。そのため、秘密結社は往々にして反乱や暴動の発火点となった。>(p.29
 
その背景には、<中国社会独自の必然性があった。すなわち、中国においては権力が民衆を保護することはほとんどないという特殊な事情である。中国における権力とはむきだしの力であり、権力者や権力に仕える役人になることは、直接的に富を意味した。>(p.49
単純化しては歴史を読み誤るおそれはあるが、基本的な理解としては納得できる。科挙に合格して役人ともなれば、一族郎党がそのおこぼれに預かろうとする話は枚挙にいとまがない。それは現代の中国でも同じか。
 
中国史の底流を流れてきた秘密結社は、清朝末期に犯罪組織としての面を色濃くしていった。
<権力の圧政・横暴から身を守る目的で結成された秘密結社が、近現代において多くが犯罪組織へとその姿を変えている。それはなぜであろうか。/ここにもやはり、中国社会独特の構造が影響している。すなわち、中国社会においては伝統的に何が悪で、何が悪でないのかが明確ではないということである。/…そうであればこそ、秘密結社のメンバーが犯罪に走るのにそれほどの抵抗はなかったと推測される。>(pp.49-50
この論理は理解しがたい。「伝統的に何が悪で、何が悪でないのかが明確ではない」という「中国社会独特の構造」があるにせよ、その指摘だけでは秘密結社が犯罪組織に変貌する理由とするにはあまりに弱い。それなら、もっと古い時代から犯罪組織になっていたはずだ。
むしろ、時代性を踏まえて考えてみると、ある一定の暴力装置を持つ集団である秘密結社が、一方で外圧があり、他方で国内の混迷を背景に、この機に乗じて自らの勢力拡張を手っ取り早く行おうとしたのではなかったか。かつてであれば政治的に自ら立ち上がったかもしれないが、いわば革命の主体は別に存在し、むしろ漁夫の利を得ようとしたのではないか。この点については、もう少し勉強する必要がありそうだ。
 
ともあれ、<秘密結社は革命運動期に大きな役割を果たし>(p.45)たのであった。
<孫文は秘密結社を高く評価し、秘密結社の力によって清朝打倒を図ろうとした。>(p.46)なぜなら、<秘密結社は自衛組織である以上、ある一定の暴力を保持しており、革命勢力は、国家権力の暴力に立ち向かう必要上、秘密結社の戦闘力と結びついたのである。>(p.46
 
ちなみに、<中国人のいるところ秘密結社(洪門)ありと言われるが、米国に渡った中国人は1850年に秘密結社「致公堂」を作っている。>(p.149)ただし、本書の別な箇所では、ニューヨークのチャイナタウンにある「致洪堂」(現在では米当局が犯罪組織と認定)は1845年に成立しているとする(p.151)。1850年代にできたサンフランシスコのチャイナタウンには、独自の「市長」「市議会」がいまもあるという。もちろん公式のものではないが。
 
<黒社会は単一の組織ではない。日本の暴力団のように多くのグループに分かれている。しかし、そのグループは時に連携を取り合い、国を越えて行動している。その中心にあるのは中国人としての血だ。これを中国人自身は「炎黄の子孫」という。炎帝、黄帝の子孫である限り、中国人としての意識は存在する。また、海外に出た中国人は二世、三世になっても中国人としての意識を容易には捨てない。>(p.14
この点については、以前読んだデイヴィッド・ワイズ『中国スパイ秘録』で、中国移民の多くがいわばスリーパーとして中国本土からの指示があれば諜報活動に入る、と述べていたことを思い出す。米国籍をとろうと、中国人としての自覚が最優先される。だから「中国人であるあなたが知りうる知識を、中国のために利用するのが最善である」として、スパイ活動をする中国人二世が絶えない。黒社会も然りなのであろうか。
 
黒社会はありとあらゆる犯罪に手を染めており、それらについても随所に紹介されている。
ユニークな犯罪としては、<70年代には「睡棺材底」という新手の犯罪が生まれた。それは、優秀な人材を一流の銀行や貿易会社に送り込み、何年もかけて会社の信用を得てから、一挙に大金を騙し取るというもの>(p.107)で、まさにスパイそのものである。
また、香港の内装・改装業者の約7割が黒社会の一つ<福義興に所属する通称「大頭蔡」なる人物>によって支配されており、改装工事では<工事をしながら、同時に後で空き巣に入るときの下調べをさせる。工事用の資材も盗品であることが多く、コストが少なくてすむ>(pp.107-8)という。現在もそうなのかどうかは定かではないが、香港で内装・改装工事は頼まない方がいいのかもしれない。
 
中国・香港・台湾それぞれの黒社会組織の間では、近年連携が進んでいるという。<これを指して、黒いトライアングルと呼ぶ。…それぞれ得意分野があり、それをお互い補いあいながら発展をはかろうというものだ。/例えば、中国大陸の黒社会は密航者の提供、銃器の獲得、麻薬の入手、殺人者のリクルート、誘拐のノウハウにたけている。一方、香港や台湾の黒社会は国際社会とのつながり、外国の犯罪組織とのコネクション、語学力、巨額資金の提供などでは群を抜いている。>(p.118)こうした連携の中で、例えば中国大陸に出回っている偽札の<大部分は台湾で印刷されたものだという。台湾の印刷技術は高いため、なかなかニセ札とは判明しにくく、一部ではそのまま使われている。>(pp.123-4
 
日本に対する影響はどうだろうか。
<日本における中国人の犯罪の大半が、黒社会による組織犯罪である。…/日本における黒社会の犯罪はかなり組織的で、司令部と実行部隊があり、実行部隊としては本国から腕の立つプロを呼んで犯罪を行う傾向がある。>(p.133)のだそうだ。
 
中国でも黒社会の摘発を行なっている。だが一方で<中国共産党と香港黒社会の癒着が折に触れて問題となっている。>(p.173)これは香港が返還されるに際し、<中国政府としては、強力な香港の黒社会は「香港の民主勢力」を牽制する格好の存在と映っているのである。「毒を以て毒を制す」。これこそ中国人が昔から好んで使ってきた戦略である。>(p.173)当時の公安相や鄧小平も、堂々と「愛国的な」黒社会を擁護する発言をしているほどだ(pp.173-7)。
 
注記は出典表示であるが、書籍に関してはページの記載はあっても発行年の記載がなく、一方本文中に掲げた文献は注記には掲げずページも発行年も記載せず。なお、本文p.22にある『中国大陸黒社会』は、(注7)にある『黒社会:中国を揺るがす組織犯罪』(草思社)ではないのか。
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
デイヴィッド・ワイズ/石川京子・早川麻百合訳『中国スパイ秘録:米中情報戦の真実』原書房、20122月、2400
何頻、王兆軍/中川友訳『黒社会:中国を揺るがす組織犯罪』草思社、19974月、2500
 
 

『リストラなう!』◆出版について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 綿貫智人『リストラなう!』新潮社、2010730日、1300円+税 [注×文×索×]
 
本書は、光文社に勤めていた45歳の男性が、会社が実施した早期退職者優遇措置=リストラに応募して退職するまでの2か月間を記したブログと、それに対するコメントとを合わせて収録したもの。著者名は「たぬきちと人々の輪」という意味の架空の名前で、「たぬきち」はブログの著者のハンドルネーム。
*「たぬきちの「リストラなう」日記」は今でも残っているので、収録拒否などで省略されたコメントも含めすべて読める。ただし、今は「新・リストラなう日記 たぬきちの首」というタイトルに変わっているようだ。
http://d.hatena.ne.jp/tanu_ki/20100329/1269871659
ブログにおいては、最後に書籍化することを明らかにして、コメント収録の是非を問うたため、オプトアウトに対する反発や最初から出版社と組んだヤラセではないかとの批判が殺到し、炎上寸前に(これらは本書には収録されず「あとがきにかえて」で簡単に触れられているのみ)。
http://d.hatena.ne.jp/tanu_ki/20100602/1275447586
 
大手出版社のリストラの実情を垣間見るばかりでなく、出版産業に対するさまざまな考え方の断片も提示される。必ずしもコメントが適切な内容を語っていない場合もあるのだが、出版を巡ってさまざまな立場から、いろいろな意見が投げられる(ただし、本書にはごく一部が収録されているだけだが)。
 
例えば、たぬきち氏はブログで、営業のことがわかっていない文芸書編集者に毒づく。
<文芸書の編集は何をしているんだ。/…/作品の価値、文学史上の立ち位置、読者にとっての必然性、著者と読者の共時性を、本文なんか1ページも読ませずに読者・書店員に伝えることができなければ。それができてはじめて“本を読む”という体験をしようという気にさせられるのでは。>(p.127
これに対するコメントの一つ。MK氏曰く。
<その通りだと思うけど、これって編集だけの仕事じゃないような。それこそ編集と営業の両輪でやらないと。じゃないと、営業は「売れる本だけを売る」人になりませんか?>(p.130
別なコメントも。元店員氏曰く。
<今も昔も読者は変わっていません。ずーと感動を求め続けているんです。なぜ本が売れなくなったのか。それは出版社が読者を欺いてきたからだ・・・と私は思います。>(p.130
 
たぬきち氏による「作品の価値、文学史上の立ち位置、読者にとっての必然性、著者と読者の共時性を、本文なんか1ページも読ませずに読者・書店員に伝えることができなければ。」という考え方は、理想形に過ぎないのではないのか。そもそも出版業が始まって以来、一度でも「読者・書店員に伝えること」なんてできたことがあったのだろうか。もしかするとある特定の/限られた人には伝えられたのかもしれないが・・・。
 
<たとえば返本情報。僕は、「この本はなぜ売れなかったのか」という情報があれば、相当なニーズを呼ぶと思う。だからたとえば、返本作業をするとき、適当な1冊の書誌情報をメモして、「この本が売れなかったのはどこに原因があると思うか」を140文字くらいで残していってはどうか。…/…「売れない本」の傾向がわかれば、すごい。>(p.145
これに対するコメントの一つ。飛比人氏曰く。
<それ一番やっちゃいけない方向じゃ・・・。参考にはなりますが参考にするだけ。真に受けたら終了。90年代以降の漫画週刊誌が「ダメをつぶせば良くなる」と思ってそれやった結果、可もなく不可もなくトゲの無い作品しか編集が通さなくなって、結果暗黒期に入ったと聞きました。>(p.146
別なコメントも。sd氏曰く。
<単純な「売れなかった本リスト」には反対です。編集も営業も委縮してしまい、意欲作が出なくなる。出るのは「確実にそこそこの売上が見込める本」ばかり。>(p.147
 
たぬきち氏の考えはわかる。出版業界以外ならどこでもやっていることだし、またそうでなければ失敗の反省がいつまでもないままとなってしまうのだから商売はあっという間に破綻する。売上目標(売上願望の数字)というのではなく、ある客層がどのくらいのボリュームで存在し、刊行情報が的確に伝わればどの程度の客が購入するか、という予測の範囲に対して、それを超えたか(より売れたか)、超えなかったのか(売れなかった)の評価は必要ではないのか。またその理由(プラスもマイナスも)を考えることも重要だ。その出版物に対する客層の見通しが甘く、適切な規模で存在していなかったのか(つまりニーズが乏しいものだった)。そもそもその出版物の編集が雑であるとか、光る部分がない、などの問題もあったかもしれない。あるいは情報伝達の面で広告宣伝や、書店対策や、メッセージなどの問題がありはしなかったのか。などなど。
「ダメをつぶせば良くなる」という単純な話では済まないのは当然だ。だが、「ダメ」がいつまでも残っていても、ダメは変わらない。違う視点から「ダメ」を考え直さなければ。
 
たぬきち氏曰く。<電子書籍は作って出すだけじゃダメだ。紙の本も作って出すだけじゃダメなのと同じように。/なぜその本が書かれたのか、この本を読む意味は、読んでどうトクするのか、今この本を読むと何が得られるのか、今この本を読む必然性とは・・・そういったことがお客さんである読者に伝わるよう周辺を整理しなきゃならない。そして大勢の読者にその本について語り合ってもらえる場を用意すること、などなどなど。/つまり読者の人生にその本の居場所を作ってやる。それが「本をソーシャル化する」ことだと思う。>(p.356
この本を読むということについて、もっと重層なレベルで考え直さなければいけないように思っている。たぬきち氏流の出版社側の売るための理論武装というのではなく、本と自分との関係性を見直すために。今後の課題としよう。
 
「この本はなぜ売れなかったのか」という問いも、大手出版社の光文社だから、「売れない本」のハードルが違いすぎるのかもしれない。かつて光文社では、<新刊のほとんどは初版3万部スタート。…10万部に達しないと本ではないと、半ば本気で言われていた。編集長の牧野[幸夫]が「30万部までが本、それ以上は流行」と明言を吐いていた。>(新海均『カッパ・ブックスの時代』p.181)もちろん2010年当時の話ではないのだが。ちなみに同書を読む限り、売れた本の話はあっても、当然「売れなかった本」の話はない。
「売れない本」しか携わったことのないがゆえに、もっと少部数の販売でペイしうる出版へシフトすべきだと強く思う。ある意味で、この刊行点数ばかりが右肩上がりの時代、似たり寄ったりのろくでもない出版物ももちろんおびただしく出ているのだが、以前であれば部数が出ないと企画会議ではねられてしまうような出版物も、ひょっとしたら日の目を見ることができるのだな、と思う。多様性こそ、出版の最も大事にすべきことなのだから。
かつて一時期、オンデマンド出版にその可能性を見出そうとした。しかし、オンデマンド出版は少部数再版(復刊)の道具となるばかりで、戦略的に活用しようとする出版社は皆無だった。いまは普通のオフセット印刷で十分に少部数対応も可能である(程度にもよるが)。本書にもカバーに箔押しさえなければ再版できるのに、といった悩みが描かれているが(pp.283-4)、コストと小回りがきくことに裏打ちされた造本仕様は当然のこと。優秀なデザイナーは熟知しているだろうが、その真似をしている大多数のデザイナーは、どうしてもカッコいい銀の紙とか値段に関係なく使いたがる。
電子書籍も、たぬきち氏は舞い上がっているようだが(本書以後は知らない)、少部数出版的な可能性は大いにある。電子書籍には問題が多い。電子書籍はあくまでもフローの産物であって、ストックには適しない(つまり読み捨ての本にはいいが、長年使い続ける本には向かない)。電子書籍をストックした図書館・古本屋は成立することが難しい。フォーマットが頻繁に変わる。デバイスも変わる。プロバイダーが変われば、サービスがなくなるかもしれない(かつてAmazonKindleに配信した電子書籍を不都合があったため、一気に削除したこともあった)。いまこの瞬間に読みたければ電子書籍は向いている。それだけだ。
 
光文社の並河良社長に対しては、著者のたぬきち氏は辛辣。<大殿様[並河社長]はとことん見栄とか外見にこだわる方だったのかもしれない。あの北欧の紙じゃなきゃダメ。グラビア印刷じゃなきゃダメ。紙は良いけどwebはダメ。>(p.260
あるいは、<大殿様は織田信長じゃないけど人事が好きだった。…会社の多くの人が異動を経験した。人事異動は異常な頻度で行われ、各部署の叩き上げ・プロパーはもうほとんどいなくなった。…これは目立たないが会社の体力をかなり削いだと思う。>(p.261
 
本書は、リストラに遭遇した一会社員のドタバタである一方、それが光文社という大出版社の事件なので出版業界の裏を覗く本でもある。どちらかというと前者の興味で読み始めたが、結局後者の関心で読み終えた。
 
ちなみに、先に紹介した新海均『カッパ・ブックスの時代』には、このリストラで同時に退職した著者のはずだが、本書については参考文献にすら挙げられていない。
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
新海均『カッパ・ブックスの時代』河出書房新社、河出ブックス、2013730日、1500円+税
 
 

『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』◆検閲について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 山本武利GHQの検閲・諜報・宣伝工作』岩波書店、岩波現代全書0072013718日、2300円+税 [注○文×索△]
 
本書は、戦後の日本におけるGHQによる検閲がどのように実施されたのかを、GHQ側の資料をもとに明らかにしようとする。具体的な検閲事例はあまり多くは紹介されていない。むしろGHQ側の内部組織や、そこに日本人が大量に雇用され検閲実務を担当していたことなどの解明に力点が置かれる。ちなみに、最近始まったばかりの岩波現代全書というシリーズの一冊だが、「007」とはなかなか含蓄のある粋な番号だ。
最初に、本書の構成を示しておこう。
 はじめに――POCAPONと呼ばれた男・緒方竹虎 pp.viii-xx
 第1章 GHQSCAPによる多様な工作                    pp.1-36
 第2章 通信検閲と諜報工作                                     pp.37-59
 第3章 活字メディア検閲                                         pp.61-88
 第4章 放送・紙芝居・映画検閲                             pp.89-126
 第5章 日本人の対応                                                pp.127-193
 おわりに――功を奏した多重的ブラック化装置       pp.195-209
 
「はじめに」は、情報局総裁緒方竹虎がGHQに呼ばれ、検閲や新聞統治について意見聴取された話から始まるものの、あっけなく緒方の意見は一蹴されてしまう。そのあとは、アメリカからコードネーム「ポカポン」と名付けられた緒方竹虎に対するCIAの工作を述べて、本書の主題から逸れてしまう。第1章以降で緒方が再び登場することもない。
ただし面白いのは、<緒方は第4次吉田内閣で内閣官房長官に就任したとき、新情報機関構想を発表したが、それは日本版CIA構想とも呼ばれていた。>(p.xix)のだそうだ。いま話題の情報機関構想の戦後初の案か。注に出てくる吉田則昭『緒方竹虎とCIA』をこんど読んでみよう。
 
GHQにおける検閲・メディア統治の体制は、やや複雑である。単純化して示すと、表向きにはCIECivil Information and Education:民間情報教育局)が<啓蒙・指導やホワイト・プロパガンダ>を担当し、裏ではCCDCivil Censorship Detachment:民間〔民事〕検閲局)が<検閲やブラック・プロパガンダで直接統治を実行していた>(pp.206-7)のである。CCDの検閲で<最重要とみなされた郵便物はこの段階で、TOS([Technical Operations Section]:専門工作部)へ検査のために直接渡された。>(p.44)ちなみに「ブラック・プロパガンダ」は著者の好きな言葉らしく、既刊の『ブラック・プロパガンダ』に詳しい。本書での説明では、<ホワイト・プロパガンダでは、送り手が正体を現わし、受け手も送り手の意図を理解しつつ情報に接触する。ブラック・プロパガンダでは送り手の背後に実質の送り手である黒子の存在が隠される。そして受け手にニセ情報を本当だと思わせるテクニックが駆使される。>(p.206
CCDは検閲工作を通じて、日本人の秘密活動を摘発し、諜報を入手し、さらにメディアのコンテンツを統制する機能を持っていた。しかし検閲という観点から見ると、CCDは直接的、CIEは間接的であった。>(p.198
また上記TOSは、文字通りカウンター・スパイ組織そのものであった。<19478月には、TOSの機能がスパイ、騒動、サボタージュ、通信隠匿、破壊活動の情報を検閲活動から摘発することにあるとの文書が出た。>(p.54)そのため、戦前の左翼が秘密インキで書いた手紙を特殊インキで解読する技術を開発していた陸軍登戸研究所にいた者から<その技術を吸収し、共産党の検閲逃れを阻止せんとした。>(p.54
 
通信メディアの検閲の実態はどのようなものであったか。<通信メディアの検閲は占領直後からであった。19459月から4910月まで、即ちCCDの活動期>においては、<郵便は2億通、電報は13600万通開封され、電話は80万回も盗聴されていた。>(p.39)なお、CCD4911月に廃局となる。
この検閲の実作業は日本人が大量に動員されていた。<1947年のピーク時にCCDで働く日本人は8132人であったから、その大半の6000人以上が郵便検閲の第一線に立っていたと思われる。>(p.39
CCDは日本全国を3区に分け、それぞれ東京・大阪・福岡に本部を置き、さらに6か所に支部を置いて、きめ細かい検閲体制を敷いた(p.41)。
 
郵便検閲では、<問題がないと判断された郵便物はビニールテープで封がなされ、郵便局へ返される。>(p.45)さらに、<そこには検閲免除付きのCCDの封印が押されていたし、ビニールテープは当時の日本の市場には出回っていなかった。>(p.46)郵便検閲は秘密とされていたはずなのに、明らかに検閲した証拠をまきちらしていたのはどういうことだろう。
著者は、<他のメディア検閲では秘密を隠すのに躍起となっていたGHQが、このような目立つ形でかなり大量の開封郵便物を配達したのは、ファシズム国家でもなし得なかった全国規模の郵便検閲の実施への国際的な批判を予防するための措置であったとしか考えられない。>(p.46)とするが、「国際的な批判を予防するための措置」などなりえないのは明白だろう。そうではなくて、2億通もの郵便物を開封して検閲する膨大な手間を考えると、開封したことを隠すようなテクニックを使っているわけにはいかないだろうし、簡便な方法をとらざるを得なかっただけではないか。秘密保守と手間とのトレードオフの関係に過ぎないだろう。
永井荷風や山田風太郎らは日記に郵便検閲が行われているため遅配になっていることを記しているが(第2章注(5))、GHQが特にマークしていた左翼の筆頭、日本共産党関係者も気がつき、<郵便を避け、運び屋を使いはじめた。>p.55
 
電報検閲も小規模ながら実施されていた。<CCD時代に電信検閲の有効性に対してGHQ幹部からの期待が高まり、現場が最も緊張したのは、194721日のゼネスト前後であった。>(p.49
 
一方、新聞・出版、映画、ラジオ放送などのメディア検閲は、PPBPress, Pictorial and Broadcasting Division:プレス・映画・放送部〔課〕)が担当した。
PPB部門ではGHQの狙う統治目的に不都合な異物を被統治者の目から遮断、切除することに主眼が置かれていた。>(p.57)そして、<検閲は日本人には秘密とされたので、検閲の存在を示唆する情報の印刷物への掲載は厳禁とされた。…どこにも検閲の痕跡を残すことは許されなかった。>(p.70)したがって、「×××」とか、空白を設けることなど不可能だった。
 
新聞は事前検閲となると、すべての棒ゲラを提出し、さらに組みあがった状態でも検閲にかけられた。そこで修正指示が出ると、穴をあけたまま組めない以上、大変なことになったしまった。
PPBの行う全文の事前検閲は戦前には皆無であったので、戦中よりもきびしいとの認識が[朝日新聞の]社内的に広まった>(p.144)のである。
その後次第に事後検閲に移行していく。しかし、事後検閲になると、朝日新聞の<編集幹部は事前検閲時代よりも自己責任を問われると判断した。万一[プレス]コード違反と判断されて、発売禁止・回収命令が出た場合の経済的損失や軍事裁判送りは怖かったので、安全第一主義を>(p.147)取らざるを得なかったのであった。まさにメディアの「自己検閲」こそGHQの思う壺であった。
 
放送するときは、放送原稿をすべて提出しなめればならなかった。まだこのときはNHKのみで民間放送はなかったから、PPB部門がNHKの建物の中に陣取り、すべて目を光らせていた。
1946113日、天皇による新憲法公布の勅令放送がなされたさいには、その日本語の放送原稿の提出を待ってGHQNHKからの放送を許可した。/…日本政府を通じた天皇の国事行為といえども、天皇も日本人として特別扱いはされなかった。>(p.100
 
ではこうした膨大な人員と手間をかけた費用はどうしたのだろうか。
<日本政府から巨額の検閲費用を支出させたのは、それがアメリカの対日政策に役立つとの確信からであった。>p.208)との一文があるのみ。具体的にいくらの金額が、どのような名目でアメリカ側に支払われたのかは不明だ。
CCDの検閲部門で働いていた日本人はその高給に惹かれたようだ。しかし、結局は日本政府による間接的な雇用に過ぎなかったとも言える。
 
以前読んだ宮田昇『図書館に通う』に出ていた、CIE図書館が占領後USIS(文化交換局)に移管されてアメリカ文化センターと改称されたのだが、<アメリカの著作の翻訳を出している出版社のほとんどが、USISとなんらかの関係をもっていることであった。アメリカ文学全集がUSISの全面的バックアップによるものである>(同書p.103)のだった。本書とつなげてみると、CCDの検閲活動やCIEの宣伝活動が終了したあとも、メディアに対してアメリカが日本を支配しようとする構造は続いていたことがわかる。残念ながらこの辺については、本書では触れていないのだが。
 
いわばアメリカがその後、エシュロンだのプリズムだのを始めざるを得なくなったのも、検閲の誘惑に打ち勝てなかったからだろう。情報に対する飽くなき願望は果てしない消耗でしかないのだが。
 
注は主に出典表示。ただ表記方法に違和感あり。初出が「著者名(発行年)『書名』出版社名」となっているにもかかわらず、再出では「前掲『書名』」とある。本来は初出に対応して「著者名(発行年)」としたい。
【例】初出:山本武利(1996年)『占領期メディア分析』法政大学出版局
   再出:前掲『占領期メディア分析』 →山本(1996年)とすべき。
ただし、本書には引用文献一覧がなので不便。
ちなみに、第1章の注が一部本文の付番とずれが生じている。本文の注(3)以降だ〔下記参照〕。もし再版になったら、修正しておいて欲しい。
 
索引はあるが、不十分。GHQの各組織が一切でてこないのは解せない。あまつさえ、「ラヂオプレス」が本文の1か所(p.23)で「ラジオ・プレス」と誤記していたため、索引では「ラジオ・プレス」のまま。DTPによる自動的にページを拾う安易な索引作りのせいか、最近の索引はひたすら該当ページを記載するのみで、軽重の判断もなく、どのようなコンテクストで使われた用語なのかの判断もない、粗雑なものが多くて役に立たない。編集者は索引の作成方法について考え直した方がいいのでは。
 
最後に、<19459月から4910月まで、即ちCCDの活動期>(p.39)を描いているため、頻繁に組織も動いているし、出来事も錯綜している。巻末に詳細な年表を付してもらいたかった。
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
吉田則昭『緒方竹虎とCIA:アメリカ公文書が語る保守政治家の実像』平凡社新書、20125月、780+税
山本武利『ブラック・プロパガンダ:謀略のラジオ』岩波書店、20025月、2900円+税
宮田昇『図書館に通う:当世「公立無料貸本屋」事情』みすず書房、2013517日、2200円+税
 
1章の注のずれは以下の通り。これらは出典を確認せずに、明白にわかる箇所だけである。実際の確認作業は、出典との照合作業も必要となろう。いまどきの編集者はそこまでやれるのかな?
【本文】p.9:右翼(3) →【注】(4)に該当<児玉誉士夫や大川周明などのリストである。>
p.9:憲兵隊(4) →【注】(5)に該当<憲兵隊のリストである。>
p.10:(7) →【注】(8)に該当
p.10:(8) →【注】(9)に該当
p.10:(9) →【注】(10)に該当
p.11:(11) →【注】(12)に該当
p.12:(12)<19483月のGHQの資料> →【注】(13)に該当<CCD,…1948.3.
p.12:(13) →【注】(14)に該当
p.18:(19) →【注】(18)もしくは(19)に該当
p.19:(20)<1945715日の第75号の特別リポート> 
→【注】(20)で正しいか? 注(20)には<FBIS, Radio Report on the Far East, Number 81, 1945.10.14>とある。
 
 
 

『古本の時間』◆古書について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
内堀 弘『古本の時間』晶文社、2013910日、2200円+税 [注×文×索×]
 
本書は、詩歌専門の古書店「石神井書林」を営む著者による、古本にまつわるエッセイ集である。2001年から2013年にかけて雑誌・新聞等に掲載された文章。執筆後の変化については、ごくわずか括弧書きで追記されている。
ブックデザインは平野甲賀。
 
ある俳人の句額を落札したら、なんと印刷だった。<こんな見間違えは論外として、古書の世界はそれでも偽物の少ないところだ。>と言う。それでも戦後初版本ブームの一時期に、本の帯が偽造されたということがあった。<北杜夫の芥川賞受賞作『夜と霧の隅に』〔これは誤記で、正しくは『夜と霧の隅』〕(昭和35年)の、受賞以前に巻かれていた帯、つまり「芥川賞受賞」と印刷されていない帯が珍しいというので、どこかのマニアがとうとう作ってしまったらしい。…全く同じ紙に同じ活字で刷れば、これは偽物というより、無許可で増刷された本物と思えないでもない。…が、これはひらがな一文字の活字がちょっと違っていて偽物と発覚した。>(p.69
「ひらがな一文字の活字がちょっと違っていて」というのはどういうことだろうか。他の文字は本物の帯に刷られた文字と同じ書体だったが、一文字だけ違った書体が混入していたということなのか。あるいは1960年に刊行された本なので、一文字だけ微妙に濃度が違って(つまり活字の高さが違って)刷っていたなどということでもあったのか。
 
<署名の偽物はたまに目にする。>(p.69)だが、筆の運びに勢いがないので、偽署名は判別がつくという。
<「没後の署名ってたまにあるんだ」と、同業の先輩が教えてくれた。その作家が好きで好きで本を蒐めているうちに、筆跡もどんどん似てくる人がいるらしい。そういう人は「手紙や葉書も書いたりする」そうだ。驚く私に、「漱石や牧水もまだ生きているんだよ」、先輩が困ったような顔で言った。>(p.70
 
戦後最大の詩書コレクターと言われた小寺兼吉は、『現代日本詩書総覧』〔本書の記載通りだが、『現代日本詩書覧』が正しいか〕をかつて編んだ。しかし、掲載されている稀覯詩集の一部は、実は貸しただけで返してもらえないと抗議する詩人が何人もいた。<目的は珍しい詩集を手に入れることで、詩書総覧を作るというのはその手段だった。「まさか」と疑う私に、「コレクターの本当の怖さに出会っていないだけだ」と言うのだった。>(p.77
いまもこのようなコレクターがいるのだろうか。
 
堀辰雄の『ルウベンスの偽画』(江川書房、1933年)の限定300部のうち、1番が東郷青児、2番が古賀春江の肉筆絵入り本が、<かつて名だたるコレクターたちは、この2冊を求めて東奔西走した。だが、ついにこの肉筆絵入り本を手に入れるどころか、誰も見ることさえ叶わなかった。>(p.139)もうこの世にないとか、最初からなかったんだとか、いろいろな噂が飛び交った。にもかかわらず、この「幻の本」が不意に出現した。
<「どちらにしろ探していた人たちは、みんなもう死んじゃいましたから」。会場の隅で、80歳に近い老店主が私にぼそっとつぶやいた。なるほど、凄い本があるわけではない。凄いと思う気持ちがあっただけなのか。>(p.139
どんなに垂涎の的の貴重書であろうとも、コレクターがいなくなれば、その価値はコレクターだけが持っている以上、価値が失われてしまうことにもなるのだろう。初版本とか、限定本のうさんくささというのは、こんなことだったのだ。
 
本書によれば、いまの流行は古書ではなく紙ものだという。<この何年かは、本の形をしていないものが人気だ。「紙もの」と呼ばれているチラシとかポスター、昨今人気が沸騰しているのは古い絵はがきだ。>(p.30
しかし、恐らくそうした人気も流行に過ぎず、かつての初版本ブームや漫画本ブームのように、あえなく消え失せてしまうような気がする。古本屋は商売だから、当然ブームを仕掛け、あるいはブームに乗って、一儲けすることもあるだろう。だが、流行の後ろは追いかけたくない、と思う。たまたま自分が好きなジャンルを蒐集していたら、流行が後から追いついてきた、のならやむをえないが。
 
署名本は著者の死後に高くなるのだろうか(もちろん「没後の署名」ではなく)。
<一般的に言えば、作家の寿命は、同時代の熱心な読者の寿命と重なっている。…そうした作家が寿命をまっとうした後には、熱心な読者の蔵書があちらから、こちらから古書の入札会に出始めるものだ。しかし、以前のようにそれを熱く求める需要はもうない。だから[署名本は]安くなる。>(p.142
江戸川乱歩とか澁澤龍彦などの署名本も、著者はみな寿命をまっとうしてしまったから、もう安くなっているのかな。
 
老生は、もう長らく古本屋にも古書展にも行っていないし、30年以上購読していた《日本古書通信》もいつしか止めてしまった。幸か不幸か、全集を揃えるといった野望を持たなかったので、揃いの全集はほとんどなくて、どれも端本ばかり。雑誌も極力買わないようにしているので、雑誌の完揃いは《怪奇と幻想》とか、《幻想文学》(前身の《金羊毛》含め)、《書誌索引展望》くらいか。《幻影城》もほぼ完揃いだったが、収納上の問題で手離してしまった。われながらマイナーなものばかり。
結局、残り僅かな人生で、読みたい本をあと何冊か読むことができれば、それでいいのだから。読み終えなかった本は、残念ながら縁がなかったということになろうか。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
北杜夫『夜と霧の隅で』新潮社、1960
小寺謙吉、佐々木嘉朗編『現代日本詩書綜覧 昭和戦後篇』2 (別巻共)、名著刊行会、1971年、50000
 
 
◆[内堀弘]関連ブックリスト
*内堀弘氏の著作(書籍のみ)を簡単にリストとしてみた。
 
内堀弘『ボン書店の幻:モダニズム出版社の光と影』白地社、叢書l'esprit nouveau 919929月、2300円 (税込)→◎●ちくま文庫、200810月、950
内堀弘編、和田博文監修『北園克衛・レスプリヌーボーの実験』本の友社、コレクション・日本シュールレアリスム 720006月、12000
内堀弘『石神井書林日録』晶文社、200110月、2000円+税
【本書】●内堀弘『古本の時間』晶文社、2013910日、2200円+税

■近刊メモ(2013年10月版 Ver.1)

9月に刊行された(はずの)本と、10月以降の近刊を掲載する。発売日順を原則としているが、WEBでの確認が中心なので、違っているかもしれない。

 *前回掲載のものから追加・変更した箇所を橙色で示す。

なお、近刊の本についてはあくまでも予定であり、タイトル・発売日・価格ともに変更の可能性はある。

以下は私的メモ。

■読んだ本(▲元版で読んだ)、■買った本(▲元版所有)

 
9月に出た本から】
 
サイモン・シン、エツァート・エルンスト/青木薫訳 『代替医療解剖』 新潮文庫、9/1840円+税
*『代替医療のトリック』(新潮社、20101月)改題。文庫版の訳者あとがきはこちら。元版の訳者あとがきはこちら

内堀弘 『古本の時間』 晶文社、9/42200円+税

■山田正紀、北原尚彦、フーゴ・ハル 『ホームズ鬼譚:異次元の色彩』 創土社、9/41700円+税

クリス・ターニー/古田治訳 『骨・岩・星:科学が解き明かす歴史のミステリー日本評論社、9/42100円+税

■今野真二 『『言海』と明治の日本語』 港の人、9/52800円+税

■松原秀一ほか編 『フランス中世文学名作選』 白水社、9/56200円+税

■▲小池和夫『異体字の世界 最新版:旧字・俗字・略字の漢字百科』河出文庫、9/6760円+税
*『異体字の世界:旧字・俗字・略字の漢字百科』(河出文庫、20077月)の改訂版。

■エイミー・ワインスタイン 『むかしむかしの絵本の挿し絵:ヴィクトリア朝の挿し絵300点とそのエピソード』 グラフィック社、9/62800

■飯城勇三『エラリー・クイーンの騎士たち:横溝正史から新本格作家まで』論創社、9/72400円+税

■ヒルデガルト・クレッチマー/西欧文化研究会訳『美術シンボル事典』大修館書店、9/72800円+税

秋山敏郎『ダ・ヴィンチ封印《タヴォラ・ドーリア》の五〇〇年』論創社、9/72000円+税

■トビー・レスター/宇丹貴代実訳『ダ・ヴィンチ・ゴースト:ウィトルウィウス的人体図の謎』筑摩書房、9/91900円+税

クリスティアン・ウォルマー/平岡緑訳 『鉄道と戦争の世界史』 中央公論新社、9/93800円+税

《本の雑誌》 10月号、特集「サンリオSF文庫の伝説」、本の雑誌社、9/10頃、680円(税込)

■東雅夫編『日本幻想文学大全 I 幻妖の水脈』ちくま文庫、9/101300円+税

荘司雅彦『嘘を見破る質問力:反対尋問の手法に学ぶ』ちくま文庫、9/10740円+税
*元版については、こちらを参照。

■四方田犬彦 『白土三平論』 ちくま文庫、9/101050円+税 
*元版は作品社、20042月、2400

筒井康隆編『異形の白昼:恐怖小説集ちくま文庫、9/10900円+税  
*元版は立風書房、1969年→集英社文庫、19864月、480円。わが国のアンソロジー史に画期をなす一冊。

■大村彦次郎『文壇さきがけ物語:ある文藝編集者の一生』ちくま文庫、9/101200円+税

佐藤隆一『幕末期の老中と情報:水野忠精による風聞探索活動を中心に』思文閣出版、9/109500円+税

川合康三『桃源郷:中国の楽園思想』講談社選書メチエ、9/111600円+税

樫尾直樹・本山一博編著『人間に魂はあるか?:本山博の学問と実践』国書刊行会、9/113600円+税

赤塚敬子 『ファントマ:悪党的想像力』 風濤社、9月、3200円+税

吉村正和『図説近代魔術』 河出書房新社、ふくろうの本、9/121800円+税

エリック・シャリーン/柴田譲治訳『図説世界史を変えた50の機械』原書房、9/122800円+税

八谷和彦、猪谷千香/あさりよしとお【マンガ】 『ナウシカの飛行具、作ってみた:発想・制作・離陸―メーヴェが飛ぶまでの10年間』幻冬舎、9/121400円+税

鈴木譲仁『ルポ「中国製品」の闇』集英社新書、9/13700円+税、

■宇都宮健児『わるいやつら』集英社新書、9/13700円+税

■森郁夫『柱』法政大学出版局、ものと人間の文化史1639/132800円+税

近藤滋『波紋と螺旋とフィボナッチ:数理の眼鏡でみえてくる生命の形の神秘学研メディカル秀潤社、9/131800円+税

マーティン・J・S・ラドウィック/菅谷暁・風間敏訳 『化石の意味:古生物学史挿話』 みすず書房、9/145400円+税
 *かつて海鳴社(19819)から出た本と同じか? 訳者名は異なるが(海鳴社版:大森昌衛・高安克己訳)。
■保坂健太郎監修 『世界の美しいきのこ』 パイインターナショナル、9/161800円+税

■海野弘監修 『神話・伝説とおとぎ話:ヨーロッパの図像』 パイインターナショナル、9/162800円+税
 *全体にマゼンタ強すぎ。

飯野正仁『戦時下日本美術年表』藝華書院、9/1760000円+税

■古田一晴『名古屋とちくさ正文館』論創社、「出版人に聞く」シリーズ、9/181600円+税

谷口基『変格探偵小説入門:奇想の遺産岩波現代全書、9/182300円+税

池上英洋『ルネサンス三巨匠の物語:万能・巨人・天才の軌跡光文社新書、9/18920円+税

堀川大樹『クマムシ博士の「最強生物」学講座:私が愛した生きものたち新潮社、9/181200円+税

■広瀬洋一『西荻窪の古本屋さん:音羽館の日々と仕事』本の雑誌社、9/191500円+税

■大日方純夫『維新政府の密偵たち:御庭番と警察のあいだ』吉川弘文館、9/201800円+税

橋本麻里『変り兜:戦国のCOOL DESIGN新潮社、とんぼの本、9/201600円+税

ハンナ・アーレント/ジェローム・コーン、ロン・H・フェルドマン編集/山田正行・大島かおり・佐藤紀子・矢野久美子訳 『反ユダヤ主義:ユダヤ論集1』 みすず書房、9/206400円+税

ハンナ・アーレント/ジェローム・コーン、ロン・H・フェルドマン編集/齋藤純一・山田正行・金慧・矢野久美子・大島かおり訳 『アイヒマン論争:ユダヤ論集2みすず書房、9/206400円+税

小田中章浩『フィクションの中の記憶喪失』世界思想社、Sekaishiso seminar9/202100円+税

田村忠司『サプリメントの正体』東洋経済新報社、9/201400円+税

中野美代子『なぜ孫悟空のあたまには輪っかがあるのか?』岩波書店、岩波ジュニア新書、9/21820円+税

岩城成幸『ノモンハン事件の虚像と実像:日露の文献で読み解く「ノモンハン事件」の深層』彩流社、9/242800円+税

ジョン・D・バロウ/林一・林大訳『宇宙論大全:相対性理論から、ビックバン、インフレーション、マルチバースへ青土社、9/243200円+税

今橋理子『兎とかたちの日本文化』東京大学出版会、9/252800円+税

■ロミ/土屋和之訳『三面記事の歴史』国書刊行会、9/253800円+税 

■フレッド・グテル/夏目大訳 『人類が絶滅する6のシナリオ:もはや空想ではない終焉の科学』河出書房新社、9/252200円+税

■ジョン・マーズラフ、トニー・エンジェル/東郷えりか訳『世界一賢い鳥、カラスの科学』河出書房新社、9/252800円+税

《ミステリマガジン》11月号、ポケミス60周年記念特大号、9/25920円(税込)
*ポケミス総目録やアンケートなど。別に『ポケミス手帳』(黒/赤)の発行も予定されている10/5、各1000円+税)

田中美穂 『胞子文学名作選』 港の人、9/252600円+税

本間龍 『原発広告』 亜紀書房、9/261600円+税

小川真『カビ・キノコが語る地球の歴史:菌類・植物と生態系の進化』築地書館、9/262800円+税

《ナイトランド》 7 特集「妖女」、トライデント・ハウス、9/271700円(税込)

■デイヴィッド・ロッジ/高儀進訳 『絶倫の人:小説H・G・ウェルズ』 白水社、9/273200円+税

紅野謙介『物語岩波書店百年史 1 「教養」の誕生』岩波書店、9/272200円+税

■デイヴィッド・マークソン/木原善彦訳 『これは小説ではない:フィクションの楽しみ』 水声社、9/272800円+税

野田峯雄『「漢検事件」の真実:京都の変。政・官・産・学・宗・茶・華VS漢』第三書館、9/271400円+税

金賢貞 『「創られた伝統」と生きる:地方社会のアイデンティティー』 青弓社、9/285400円+税

セルジオ・トッピ/古永真一訳 『シェヘラザード:千夜一夜物語』 小学館集英社ブロダクション、9/283200円+税

『リストマニア』パイインターナショナル、9/301900円+税

 
【これから出る本】(タイトル・発売日・価格等はすべて予定)
 
10月予定
■野村恒彦『探偵小説の街・神戸』エレガントライフ()10/11600円+税

■近藤祐『脳病院をめぐる人びと:帝都・東京の精神病理を探索する』彩流社、10/22500円+税

三上修 『スズメ:つかず・はなれず・二千年』 岩波書店、岩波科学ライブラリー、10/41500円+税

柴田元幸翻訳叢書 『アメリカン・マスターピース古典篇』スイッチパブリッシング、10/52100円+税

■ミステリー文学資料館編『古書ミステリー倶楽部』光文社文庫、10/8800円+税

東雅夫編 『日本幻想文学大全II 幻視の系譜』ちくま文庫、10/81300円+税

■南條竹則 『中華料理秘話 泥鰌地獄と龍虎鳳』ちくま文庫、10/8700円+税

豊島正之編『キリシタンと出版』八木書店、10/108000円+税

エベン・アレグザンダー/白川貴子訳『プルーフ・オブ・ヘヴン:脳神経外科医が見た死後の世界』ハヤカワ・ノンフィクション、10/101700+税

ニール・シュービン/垂水雄二訳『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト:最新科学が明らかにする人体進化35億年の旅』ハヤカワ文庫NF10/10800+税

今野晴貴『ブラック企業ビジネス』朝日新聞出版、朝日新書、10/11760円+税

■ホルヘ・ルイス・ボルヘス/木村榮一編訳 『ボルヘス・エッセイ集』 平凡社ライブラリー、10/121200円+税

■イサク・ディネセン/横山貞子訳 『ピサへの道:七つのゴシック物語1白水Uブックス、10/121400円+税

山口ヨシ子『ダイムノヴェルのアメリカ:大衆小説の文化史』(仮)彩流社、10/153000円+税

■郷原宏『日本推理小説論争史』双葉社、10/152500円+税

■黒岩比佐子『パンとペン:社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』講談社文庫、10/161010円+税
*元版は201010月に講談社から刊行。

美術館連絡協議会監修『美術館と建築』(仮)青幻舎、10/182500円+税
*「美術館を建築家の作品にされたらたまらないよ」国内外で活躍してきた学芸出身者による放談(酒井忠康×蓑豊×原田マハ)など

増井元『辞書の仕事』岩波書店、岩波新書、10/18760円+税

一柳廣孝・久米依子編著『ライトノベル・スタディーズ』青弓社、10/202000円+税

ホルヘ・ルイス・ボルヘス&マルガリータ・ゲレロ/柳瀬尚紀訳 『幻獣辞典』 晶文社、10/222800円+税【復刊】
1974年に正方形に近い判型で初版刊行→その後、晶文社クラシックスの一冊として四六判、2400円+税で再刊。

■杉江松恋 『読み出したら止まらない!海外ミステリーマストリード100日経文芸文庫、10/23650円+税

■ベン・アーロノヴィッチ/金子司訳『ロンドン警視庁特殊犯罪課3 地下迷宮の魔術師』ハヤカワ文庫FT10/251060円+税

細馬宏通 『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか:アニメーションの表現史』 新潮社、新潮選書、10/251600円+税

大岡玲 『男の読書術』 岩波書店、10/252300円+税

山東功 『日本語の観察者たち:宣教師からお雇い外国人まで』 岩波書店、そうだったんだ!日本語、10/251700円+税

大場正史訳『アラビアンナイト:バートン版千夜一夜物語拾遺』角川ソフィア文庫、10/25800円+税

■今和泉隆行『みんなの空想地図』白水社、10/262000円+税

豊田市美術館監修『反重力:浮遊・時空・パラレルワールド』(仮)青幻舎、10/312800円+税
「反重力展」豊田市美術館、2013914日-1224日開催

齋藤嘉臣『文化浸透の冷戦史:イギリスのプロパガンダと演劇性』勁草書房、10/下旬、5500円+税

デイナ・プリースト、ウィリアム・アーキン/玉置悟訳『トップシークレット・アメリカ:暴走する「最高機密」機関』(仮)草思社、10/下旬、2200円+税

佐藤卓己『物語岩波書店百年史 2 「教育」の時代』岩波書店、10/312400円+税

苅部直『物語岩波書店百年史 3 「戦後」から離れて』岩波書店、10/312200円+税

.ベーリンガー/長谷川直子訳 『魔女と魔女狩り』 刀水書房、刀水歴史全書8710月、3900円+税 
Wolfgang Behringer, Wiches and Witch-Hunts: A Global History, 2004 の翻訳。

■大日本印刷『一〇〇年目の書体づくり:「秀英体平成の大改刻」の記録』大日本印刷(発売:DNPアートコミュニケーションズ)、102000円+税

立木鷹志 『時間の本』 国書刊行会、10月、3400円+税

■西野嘉章編『インターメディアテク:東京大学 学術標本コレクション』平凡社、101800円+税

立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所編 『白川静を読むときの辞典』 平凡社、10月、1800円+税 

■ミルチャ・エリアーデ/奥山倫明訳 『ポルトガル日記』 作品社、10月、2400円+税

飯倉照平『南方熊楠の説話学』勉誠出版、10月、4500円+税

アレグザンダー・スティルウェル/角敦子訳SAS・特殊部隊図解追跡捕獲実戦マニュアル』原書房、101900円+税

■ティム・インゴルド/管啓次郎解説、工藤晋訳『ラインズ:線の文化史』左右社、10月?2800円+税

大田垣晴子『偏愛博物館スケッチ』角川書店、10月?1200円+税

 
11月予定
■マルセル・シュオブ 『吸血鬼:マルセル・シュオブ作品集』 盛林堂書房、11/42000円(税込?)
*矢野目源一訳『吸血鬼』(大正13年刊)を復刻。(戦後の復刊に『黄金仮面の王』コーベブックス、あり)解説=長山靖生。

西崎憲編 『怪奇小説日和』 ちくま文庫、11/61000円+税
*『怪奇小説の世紀』(国書刊行会)全3巻から厳選した13篇に新訳を追加した怪奇小説アンソロジー。

文藝春秋編 『東西ミステリーベスト100文春文庫、11/8660円+税
*ミステリー・ガイド四半世紀ぶりの大改訂。

大崎梢 『ようこそ授賞式の夕べに』 東京創元社、ミステリ・フロンティア、11/91500円+税

山口謠司『みんなの漢字』()講談社現代新書、11/15

長谷川郁夫『知命と成熟:13のレクイエム』白水社、11/252800円+税

正木香子『文字のソムリエ』()星海社新書、11/26

■大橋博之編著 『少年少女昭和SF美術館:表紙でみるジュヴナイルSF世界』平凡社、11/273800円+税

ディヴィッド・J・スカウ編/田中一江・夏来健次・尾之上浩司訳『シルヴァー・スクリーム』(仮)上・下、創元推理文庫、11/28、各1160
*映画ホラーアンソロジー。収録作品はこちら

石川九楊『九楊先生の文字学入門』左右社、11/303500円+税

広島市文化協会文芸部会編 『占領期の出版メディアと検閲:戦後広島の文芸活動』 勉誠出版、11月、1800円+税

■フェデリコ・ゼーリ 『わたしのキリスト降誕図』 平凡社、11月以降?1600円+税

■飯田豊一 『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』(仮)論創社、「出版人に聞く」シリーズ、11月?

 
12月以降予定
岩波書店辞典編集部編 『岩波世界人名大辞典』 岩波書店、12/1228000

風間賢二『ファミリー・ブラッド:家族にはつねにすでにモンスターが潜んでいる!』(仮)彩流社、12/25、定価未定

福嶋聡『紙の本が死なない理由』ポプラ社、12/311300円+税

菊地原洋平パラケルススと魔術的ルネサンス勁草書房、BH 叢書、12

東雅夫編 『日本幻想文学大全III 日本幻想文学事典(仮)ちくま文庫、12

レオ・ペルッツ/垂野創一郎訳『ボリバル侯爵』国書刊行会

■鈴木宏『書肆風の薔薇から水声社へ』(仮)論創社、「出版人に聞く」シリーズ

■ラリー・プリンチーペ/ヒロ・ヒライ訳 『錬金術の秘密』 勁草書房、BH 叢書、2014年 

U.ペンツェンホーファー 『評伝・パラケルスス』 勁草書房、BH 叢書(未定)

ヒロ・ヒライ+小澤実編 『知のミクロコスモス:西欧中世ルネサンス精神史研究』 中央公論新社

ジャン・クロード・シュミット/小池寿子・廣川暁生・古本高樹訳『イメージにひそむ身体:中世の視覚文化』刀水書房、5000

■高橋洋、稲生平太郎『映画の生体解剖』(仮)
*シネマ対談

臼田捷治『工作舎物語』左右舎

松田行正、ミルキィ・イソベ、木内達朗『デザイン・プレゼンテーションの哲学』左右舎、神戸芸術工科大学レクチャーブックス
 

『ニセモノ師たち』◆贋作(美術)について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
中島誠之助『ニセモノ師たち』講談社、講談社文庫2005715日、571円+税   [注×文×索×]
 
本書は、TV番組「開運!なんでも鑑定団」で一躍有名になった著者による、骨董品のニセモノの現実をリアルに描いた本である。ちなみに同番組については、同じ著者により『「開運!なんでも鑑定団」の十五年』で簡潔にそのスタート時のエピソードが紹介されている。
本書の元版は講談社(200110月、1600円)より刊行されている。なお、2007年には本書のダイジェスト版的な『ニセモノはなぜ、人を騙すのか?』が、角川書店より新書判ででている。
本書の構成を記しておこう。
1章 世の中はニセモノあってこそ!
2章 ニセモノ侮るべからず
3章 ニセモノが放つ「甘く危険な香り」
4章 私を騙したニセモノ師たち
5章 ニセモノ師たちのすさまじい攻防
6章 世間を騒がせたニセモノ事件簿
7章 目利きの真髄ここにあり
8章 ホンモノはあなたの手のなかに
 
冒頭、ニセモノに対する著者のスタンスを明快に記す。
<ニセモノは人間サイドに罪があってもモノには罪がない。…「非常に優れたニセモノ」は「ホンモノ」と寸分違わない出来具合です。しかし、目利きの目をもってコピー作品を見れば、「よくできているが感動がわかない」ということになり、その新旧はたちまち見破られてしまいます。>(p.20
しかし一方で、<ものごとをよくわかっている目利き、ものの道理をよくわきまえているプロ、骨董の世界ではこれを「約束事に精通している人」といいます。そういう人が日本一といわれるくらいに腕の立つ美術工芸の職人や一流工芸作家に頼んで、…約束事を指導して正確に写してもらえば、一見しただけでは原品と見分けがつかないほどに、限りなくホンモノに近い「作品」が生まれてしまう。>(p.20
<それをホンモノとして扱ってしまうのか、あるいはコピーとして扱うのか。その品を手にした人間の心の分かれ道によって、「優れもののニセモノ」が生まれるわけです。/あるいは、「写し」と呼ばれる善意のコピーとして存在するかになります。>(pp.20-1
 
著者は「ニセモノにひっかかる三条件」を掲げる(pp.32-4)。別のページでも「騙される素人の三法則」がある(pp.122-4)ので、〔 〕内で併記しておこう。
第一条件 その品物を買ったら儲かると思ったとき〔法則その1 欲が深い〕
第二条件 勉強不足〔法則その2 出発点のレベルが低い〕
第三条件 おカネがあること〔法則その3 適度に小金があり、教養もあること〕
とくに第二条件の勉強とは、<マニュアルを超えた美意識、広範囲な知識として時代背景の研究と、経験による感性の訓練が本来は必要であり、それらを欠いた勉強すなわち勉強不足から、「ひっかかる」という悲劇が生まれるわけ>であると説く(p.34)。
 
上記三条件以上に、ニセモノをつかまされる<いちばん大きな条件としていえることは、ダマサレタあなたが権威に弱い人間であったということ>(p.50)とも言う。
<古美術の世界で「先生」と呼ばれる人ほど気をつけたほうがいいものはない。…こういう場合の先生というのは、話が上手くて、カリスマ性を持っていて、非常に面白い人間で、独自の美意識・美術評論を展開するから…そういう人の周囲には人が集まってくるもんなんですね。>(p.134)…<先生のモノを見る目よりも、その人自身の魅力にどんどん引き込まれてしまう。そうなると、その人のすすめるものを高いおカネを払って文句なしに買ってしまうという図式が自然にできあがってくる。>(p.140
したがって、権威に弱いと、<目の前の対象物の実体は、自分ではまったくわからない。だから、中身がどんなものであっても、箱書きや、お墨付き、鑑定書に心を委ねてしまう。>(p.52)ということになってしまうのだ。
 
だから著者は、もっとも重要なのは人物を見分けることだと説く。『「開運!なんでも鑑定団」の十五年』に、著者はこう書いている。
<鑑定に必要なものは、決して知識や記憶力ではない。第一に品物を見分ける力ではなく、人物を見分ける直観力を持つことだ。第二に必要なものは、品物の放つ個性を感じることが出来る力量を磨くことだ。第三に必要なものは、品物が歩んできた時間的な環境を理解する推理力だ。絶対に必要としないものは欲心と妥協心と情愛だ。鑑定はそれほどに冷たいのだ。>(同書、p.92
 
著者は、先代の養父(伯父)のニセモノ作りを間近で見て、ニセモノのカラクリを学んだ。例えば、朝鮮唐津のニセ徳利(pp.79-85)、彫名を削って古染付に(pp.85-89)、古伊賀のビードロ(ガラス釉)つけ(pp.89-91)、青磁花生の貫入(ひび)を消す(pp.93-95)といった具合。
さらにプロの汚し屋による時代付けというテクニックも紹介されている(pp.109-111)。
 
さまざまなニセモノ作りのテクニックも列挙する(pp.93-101)。
茶碗はよそに流してしまってその古い箱を流用する「ハコどり」、掛軸の中身の絵は捨てて周りの裂だけを流用する「柄どり」、売り荷に混ぜたニセモノ「ネコ」、ニセモノの箱づくり「合わせ箱」、元の絵に描き加えてしまう「飛び込み」、あがり(発色)が悪くぼやけた出来の染付磁器を、もう一度窯に入れることにより色鮮やかに変色させたり傷などを消してしまう「二度窯」、など。
こうしたニセモノ作りの技術の上に、<ものごとの約束事、決まり事>(p.72)どおりにニセモノを作ったら、著者ですら騙される「名品」ができてしまうのだ。
 
1960年代の<当時の骨董業界では、「ニセモノを売ったほうは悪くない。ひっかかった同業者、お仲間のほうが悪い」というような不文律があった…目が利かないからひっかかったのであって、もっと訓練をしなさいという暗黙の了解があった。>(p.71)骨董商の言葉で、<うっかり見落とすことを「粗見(そけん)」と呼>(p.61)ぶという。
<プロの骨董商は素人に品物を見せられたとき、もしモノが悪い場合はそれがホンモノともニセモノともけっして明快な返事をしません。形がいいですねとか、色が渋いですねという具合に抽象的な言い方をして、やめろとか、ニセモノですよなどとは絶対に口が裂けてもいいません。それが商人の知恵というものです。>(p.131
著者はニセモノを頭から否定することはしない。ニセモノは消えることはないし、いくらでも出てくるのだから、それを見極める目を持つ以外に方法はないのだと。
 
著名な贋作騒動についても紹介されている。例えば、春峯庵贋作事件(pp.250-2)、永仁の壺事件(pp.252-7)、佐野乾山事件(pp.258-260)、三越ニセ秘宝事件(pp.260-4)、ガンダーラ仏像事件(pp.265-6)、などだ。
こうした贋作騒動の構図を、著者は次のように解説する。
①<一般大衆を狙って広範囲にニセモノをバラまく場合は、…一部の骨董マニア垂涎の品物が用意されます。>
②<公共団体や地方の公立美術館などを狙う場合は、きわめて有名な画家や彫刻家などの作品や、…教科書に記載されているような作品が、おのおの模倣・コピーされて準備されます。/これらのニセモノもしくはコピー作品のオリジナルとなる原品、すなわちホンモノには、名称や事蹟は知られていても、作品は大衆に馴染みが薄く、見ることの少ない品か未見の品であるという条件が必要です。>(pp.267-8
 
さらにこんな指摘もある。<掛軸は非常にむずかしい世界です。/たとえば…尾形乾山の掛軸は、同じ作品が、鑑定する学者の学界における力関係によってニセモノと判断されたり、ホンモノと鑑定されたりしています。昭和前半期と平成期では真贋が逆転するくらい、そのときの権力を握っている学閥により翻弄されるきらいがあるのです。>(p.202
だから、松本清張が中編小説「真贋の森」で描き出したような、学者の間の暗闘と作品に対する評価の揺れがもしかするとあるのかもしれない。
 
著者は言う。
<この世にニセモノがなかったら、書画骨董はこれほど流行りません。>(p.212
ゆめゆめ素人は書画骨董の世界には近づかぬほうが賢明だろう。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
中島誠之助『「開運!なんでも鑑定団」の十五年』平凡社、2008916日、1600円+税
       *表題作のみ書き下ろしで、残りは骨董や骨董商に関する既発表のエッセイ。
中島誠之助『ニセモノはなぜ、人を騙すのか?』角川書店、角川oneテーマ2120078月、686
松本清張「真贋の森」《別册文藝春秋》64号、19586月号→『真贋の森』中央公論社19597→『真贋の森:他四篇』角川書店、角川文庫、19613→〔新装版〕『真贋の森』中央公論社、1973425日、720→『松本清張全集 37 装飾評伝・短編3』文藝春秋、1973720日、1200→●『真贋の森』中央公論社、中公文庫、1974810日〔2009625日改版〕、629円+税
 
 
◆[贋作(美術)]関連ブックリスト
*贋作(美術)関連のブックリストについてはこちらを参照。


『カッパ・ブックスの時代』◆出版について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
新海 均『カッパ・ブックスの時代』河出書房新社、河出ブックス2013730日、1500円+税 [注×文○索×年○]
 
本書は、出版に一時代を画したカッパ・ブックスの歴史であるとともに、光文社私史でもある。著者は、1975年に光文社に入社してカッパ・ブックスの編集に携わり、その後雑誌《宝石》編集を経て、再び1999年からカッパ・ブックスが終了する2005年まで<都合、8年間を「カッパ・ブックス」とともに歩ん>(p.13)で、最後にはたった一人の編集部員となって最後を看取った。
<私はちょうど半世紀続いた、最後の「カッパ・ブックス」の編集部員として、「カッパ・ブックス」とは何だったのか、どのようにして生まれ、どのように成功し、どのように消えざるをえなかったのかを検証しようと考えた。>(p.15
 
本書は、まず光文社の誕生から始まる。194510月に講談社は戦争協力会社として指弾されることから保身を図るべく光文社を設立した。195410月には「カッパ・ブックス」誕生。神吉晴夫はカッパ・ブックスの創刊で知られているために、一見創業社長のように思われていたかもしれないが、当初は出版担当の常務取締役だった(社長就任は1962年)。
カッパ・ブックスは、<「岩波[新書]方式ではなく、無名の著者で、どのような本が作れるのか」というのが編集者たちが常に強く意識していたテーマであった。>(p.10)それと同時に、<カッパに先行して刊行中だった、知識人向け教養路線の「岩波新書」に対して、徹底したわかりやすさに重点を置いた。大衆向け教養路線の新書を企画したのだ。それは新しい読者の開拓でもあった。>(p.40
残念ながら、カッパ・ブックスを、老生はほとんど読んだことがない。昔々に『頭の体操』などを見た程度。「大衆向け教養路線」がどうのという以前に、取り扱われるテーマが無縁だったにすぎないのだが。
 
本書では、カッパ・ブックスの編集上の工夫を教えてくれる。
<神吉が掲げた「創作出版」と呼ぶ、編集者による企画先行の姿勢>(p.40)とは、<原稿を作るにあたって神吉はダメを押す。納得のいくまで、質問する、意見も述べる。それは読者を納得させることにつながるからだ。神吉の「創作出版」は、著者の書いた原稿すら勝手に改ざんする、という評判が一部に湧き上がった。>(p.42
<神吉はサブタイトルを重視した。/「サブ・タイトルは、どちらかというと、その本のテーマが読者に何を訴えようとしているかを表明するのが役目だ。」([神吉]『現場に不満の火を燃やせ』)>(p.43
ただし、当時のメインタイトルは意外に地味、あえていえば凡庸だ。例えば、1955年当時でベストセラー10位に入った4点のカッパ・ブックス。2位『欲望:その底にうごめく心理』、3位『随筆・うらなり抄:おへその微笑』、6位『日本人の歴史1 万葉集の謎』、9位『指導者:この人びとを見よ』。ちなみにカッパ・ブックス第1号である伊藤整の『文学入門』にはサブタイトルがない。
また、神吉は<他社で出版して売れたもののあとを追っかけるのは愚の至りだ。>(p.53)と主張した。
あるいは後年に、佐賀潜の法律入門シリーズがベストセラーを連発するのだが、<一項目をおおよそ見開きで処理してゆくというのは、当時画期的な方法だったようだ。>(p.104
 
60年代にカッパ・ブックスは黄金時代を迎える。その牽引車となったのが、1963年、入社3年目にして早くも編集長に就任した長瀬博昭だった。カッパ・ブックス初のミリオンセラーとなった岩田一男の『英語に強くなる本』は、長瀬がまだ入社2年足らずだった時に編集した本だ(pp.74-7)。「カッパ・ビジネス」を成功させたことにより、<ビジネスマンという言葉が生まれたとも言われている。>(p.89
編集者の上野征洋によれば、<長瀬は神吉と違い、プロデューサーではなくイノベーター。あらゆるものを変えたかった。…本はとっておくものから、捨てる(消費する)ものへ変えた。大量生産と大量消費時代にピタリはまったベストセラー。長瀬はよく、そのことを判っていた。そして『マンネリズムが最大の敵だ』とよく語っていた。>(pp.102-3
 
また別なときには長瀬はこう語ったという。
<企画者が読者であっては良い企画は生まれない。読者をはるかに凌駕する知性と、そこから出てくる問題意識がなければ、こんな所に居てもしょうがないんだ。企画を考えるのに、読者調査など不必要。企画は自分の心の中にある。その心の底を直視できる勇気が必要である。>(p.105
長瀬は決してアンチ知性主義ではなかった。上記の上野によれば、<長瀬の基礎教養は深く、ペダンチックで、世の中をあっと驚かすことに喜びを感じていた。>(p.115)という。自らの深い知性によって、編集者に対し「読者をはるかに凌駕する知性」を求めていたのだ。それから生まれる企画が、「大衆」向けであったところにアイロニーを感じるのだが。
 
光文社にとって不幸だったのは、1970年に光文社争議が勃発したことだ。組合は神吉の退陣を要求。無期限スト決行の3日前に神吉は退陣するも、スト突入に。その後、会社側の暴力団(住吉連合幸平一家)の力を借りたロックアウトなどを経て、1975に裁判で組合が全面的な勝利を勝ち取り、翌年11月に遂に闘争終結となるも、その間の泥沼状態は編集部門に限っても惨憺たる状態が続いた。見切りをつけた人材の流出は後を絶たなかった。祥伝社(「ノン・ブックス」他)、ごま書房(「ゴマブックス」他)は、光文社を退いたメンバーによる出版社であり、他にも青春出版社の「プレイ・ブックス」、KKベストセラーズの「ワニブックス」、主婦と生活社の「21世紀ブックス」などは、カッパ・ブックスのDNAが伝えられたものだ。
 
光文社は変わってしまった。著者が1975年に光文社に入社したとき、《JJ》が創刊された。<数号で廃刊か、というところまで追い詰められていたが、「ニュートラ」や「ハマトラ」特集でブレイク。…以降、光文社はファッション誌に入る広告で潤うようになる。>(p.182
その功労者こそが、後にカッパ・ブックスに引導を渡すことになる並河良だった。
 
長瀬はいったん会社を離れるかと見えたが復帰。経営陣のなかにはうとむ輩もいたらしいが、1982年にカッパ・ブックス編集長に再び返り咲いた。
<そのときのスタンスがじつに明確だった。①反近代、②身体性、③時間よりも空間を、といったものだ。…徹底的に近代の産物を全部相対化しよう、身体性を回復しよう、そのスタンスを2年間貫いた>(p.197
だが、わずか2年で長瀬は社内の権力闘争に敗れ、役職を解かれてしまう。1994年には定年退職で社を去る(20001月、カッパ・ブックスの終焉を知ることなく永眠)。
 
1996年春、地下2階地上10階建ての新本社ビル完成。前年には、光文社創立50周年を記念し、10億円を投入して「光文社シエラザード文化財団(現:光文社文化財団)」を設立。見た目には光文社は順風満帆だった。
ちなみに、老生がごく短期間光文社と関わりをもったのは、今から思うと新本社ビルができて間もなくのころだったようだ。
 
著者が、月刊誌《宝石》が休刊に追い込まれて、19998月にカッパ・ブックスの編集部に戻ると、<カッパ・ブックスの力は、すっかり地に堕ちていた。なにゆえここまでそのブランド力が低迷したのかと思いつつ>(p.220)編集業務を担当。
しかし、20008月に就任した並河良社長は、<“己の美学”に従う人らしい。就任直後から、次々と、やや強引ともみえる政策で、それまで稼いできた財産が、みるみるうちに失せて行くこととなる。…/彼の任期の8年間で、あれよあれよという間に、会社は屋台骨がぐらつき、結果的には、創業以来初のリストラ、それも50人規模という、大ナタを振るわないと経営が立ち行かないところまで追い詰められていった。>(p.224
なによりも<並河は社長就任以前からカッパが嫌いだったという。その名前もマークも、である。並河の美意識に反していたからだ。>(p.228
 
折からの新書ブームで、光文社新書を20014月創刊。アラン・チャンのデザインは博報堂が提案したもので、並河社長が採用した(p.229)。
<一度落ちたブランドはダメ>(p.233)と並河社長から否定され、遂に20055月いっぱいで「カッパ・ブックス」編集部は廃部に。同年10月光文社創立60周年を迎える。
累積してきた赤字に、2008年のリーマンショックによる広告収入激減が追い討ちをかける。遂にリストラの実施。著者は一番に退職届を提出する。
 
著者は、カッパ・ブックスがなぜ「消えざるをえなかったのか」という問いに対して、必ずしも明確な答えを出してはいない。70年代前半の光文社争議での人材流出とそれに伴うカッパ・ブックスの編集スタイルのノウハウ流出、並河社長のカッパ・ブックス嫌いだけではないだろう。
カッパ・ブックスは、結局その「マンネリズム」に敗れ去ったのではないだろうか。「読者をはるかに凌駕する知性」の欠如と言ってもよい。あるいは「世の中をあっと驚かすこと」がないからかもしれない。今の新書の第4次(?)ブームは、いずれもすべて壮大なマンネリズムとなっているだけに、ある日次々に突然死がやってこないでもない。
 
 

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夢幻庵主人

Author:夢幻庵主人
隠居生活続行中。

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