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『イメージの裏側』◆修復と贋作について


某月某日、こんな本を読んだ。
 
フェデリコ・ゼーリ/大橋喜之訳『イメージの裏側:絵画の修復・鑑定・解釈』八坂書房、200014日、2800円+税 [注△文×索○]
Federico Zeri, Dietro l’immagine : Conversazioni sull’arte di leggere l’arte, 1987
 
本書は、1985年にミラノのサクロ・クオレ・カトリック大学で5日間にわたり行なわれた「美術(アルス)解読の技法(アルス)」にまつわる講演を再現・再編したもの。構成は、以下の通り。
1講 美術と歴史の相関関係について (pp.9-54
2講 芸術表現の多様性について (pp.55-130
3講 修復について (pp.131-229
4講 贋作について (pp.231-311
5講 作品解釈のさまざまな基準について (pp.313-398
人名索引 (pp.i-ix

古代から近世の絵画(と若干の彫刻)について、さまざまな角度から教えられることは多い。例えば、色彩の知覚は生理的な理由よりもむしろ<文化的な構造に起因する>とか(p.47)、古典世界では彫刻も建築も<すべて彩色されていた>ので、白い彫刻や白大理石の建築は新古典主義の<誤った習慣>にすぎないとか(p.86)、近世では絵画が描かれると版画が起こされてそれが流布されて<ヨーロッパ中に売りさばかれ、その構図や主題が地方絵画に深甚な影響を及ぼ>す一方、模写作家に模写されもした(p.138)。特に修復の問題と、贋作に関して興味深い指摘がなされている。
 
修復に関しては、著者自身「保守主義者」(p.223)というように、<もしも絵が汚れているとき歓迎すべき規範は、専門の技術者に委ねるよりもまずそれに触れないということです。時間は破壊し損傷しますが、質の悪い修復家にはとうてい及びません。修復はこの二百年間における災厄のひとつでした。たったひとりの修復家が、爆撃よりも多くの破壊をなすことができるのです。>(p.35)と主張する。
例えばボルゲーゼ美術館所蔵のラファエロ作「一角獣を抱く貴婦人」。<修復作業は不適当な手段で実行されてしまいました。ほとんどオリジナルの絵と同時代の加筆を掻き削りつつ、ラファエロの描画をも除去してしまったのです。そして今日、この絵は屍のような、亡霊のような姿を晒しており、表面の仕上げ上塗りは身の毛もよだつような惨状を見せています。>(pp.247-9)数年前に日本でも展覧会が開かれた「ボルゲーゼ美術館展」では、メインの作品として展示されていたものだが、その時この記述を読んでいたら、少し見る目が変わっていたかもしれない。
<修復家たちは、自分流の繊細さと洗練の趣味によって絵に加筆再描をなし、思いきり改作してしまうものです。>(p.251)という指摘通りに、1年ほど前にも、スペインのアマチュア画家が教会に描かれていた約100年前のキリストの絵画を「修復」した結果、「猿」のように描き直してしまったという事件が起きた。
 
もちろんすべての修復を否定しているのではない。<個人的には、わたしは徹底した洗浄には反対です。しかし洗浄の後、その輝きを取り戻したすばらしい作品群の場合は除外しておきましょう。>(p.226)と。
修復についての結論としては、<修復について、単一の一般基準を立てることは絶対に不可能です。それは状況によって、個別に、歴史的な解釈、科学的な準備をもってなされるべきものですが、なんといっても鑑識眼(グスト)が最も大切です。>(p.229)と説く。
 
しかし、こんな事件はあったにせよ、美術業界のなかでは本書の著者のような修復に対する保守派は恐らく少数派なのではないだろうか。業界関係者なら誰もが自分たちはあんなヘマはしないと思っているのだろう。お金さえ余裕があればいくらでも修復したい、修復しないと大変だ、というのが美術館の考え方ではないだろうか。一方で、修復を業とする人々にとって、修復することが生活の糧となるわけだ(本書pp.57-8など)。日本の場合ではどうなのだろう。例えば、『美を伝える:京都国立博物館文化財保存修理所の現場から』などを読んでも、そんなことはみじんも書かれていない。もとよりこの本は、いかに修復が大変な仕事であり、かついかに誠実に行なっているかを、素人向けに知らしめるべく書かれたものではあるのだが。
 
贋作に関しては、<すべての時代に偽作は存在すること、古典古代にはじまり、常に存在してきたことを銘記する必要があります。>(p.232)なかでも<贋作の歴史は1820年代に始まり、今日に至っています。この時代はいろいろな大コレクションが始まった時代でもあるのです。>(p.234)という〔「はじまり」「始まり」の不統一は原文のまま〕。以下さまざまな贋作の実例、贋作のテクニックが列挙されている。
そうした中で、贋作は騙し通せるものではない。<いかにある時代の贋作を成そうとしても、そこには贋作家が属する時代の痕跡が押されることになり、それが正体を暴露するのです。>(p.236)だから、贋作者は15世紀の絵画のはずなのに、グレタ・ガルボが登場した以降の流行に合わせて描いてしまう。<贋作は時代の鑑なのです。>(p.306
 
一方、所蔵している美術館は作品の検査には断固として反対する。<贋作が露見することは、その作品購入を促し、収蔵を決定した監督管理者やキュレーターたちの経歴にとっても深刻な障碍となるでしょう。>(p.285
七尾和晃氏が『銀座の怪人』で日本の美術館が贋作を購入したことを頑として認めないと嘆いていたが(同書pp.289-293)、これはヨーロッパでも似たような状況なのかもしれない。
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
京都国立博物館編『美を伝える:京都国立博物館文化財保存修理所の現場から』京都新聞出版センター、20117月、1800
七尾和晃『銀座の怪人』講談社、講談社BIZ2006529日、1800円+税
 
◆[修復]関連ブックリスト
*美術関連の修復をテーマにした文献を掲げる。美術関連の贋作事件についてはこちらを参照。

 岩崎友吉『文化財の保存と修復』日本放送出版協会、NHKブックス、1977年、600
黒江光彦『よみがえる名画のために:修復見習いの記』美術出版社、1969年、600円→〔新装版〕美術出版社、198912月、1748
平山郁夫編集委員代表『在外日本美術の修復:絵画』中央公論社、19954月、28560
瀬木慎一『名画修復:保存・復元が明かす絵画の本質』講談社、ブルーバックス、19955月、660
【本書】★●フェデリコ・ゼーリ/大橋喜之訳『イメージの裏側:絵画の修復・鑑定・解釈』八坂書房、200014日、2800円+税 [注×文×索○]
Federico Zeri, Dietro l’immagine : Conversazioni sull’arte di leggere l’arte, 1987
青木昭『修復士とミケランジェロとシスティーナの闇』日本テレビ放送網、20014月、2000
東京芸術大学大学院文化財保存学日本画研究室編『図解日本画の伝統と継承:素材・模写・修復』東京美術、20023月、2500
●歌田眞介『油絵を解剖する:修復から見た日本洋画史』日本放送出版協会、NHKブックス、20021月、1020
アレッサンドロ・コンティ/岡田温司ほか訳『修復の鑑:交差する美学と歴史と思想』ありな書房200212月、8000
Alessandro Conti, Manuale di restauro
森直義『修復からのメッセージ』ポーラ文化研究所、20031月、1800
三輪嘉六編『文化財学の構想』勉誠出版、20033月、2700
国文学研究資料館史料館編『アーカイブズの科学 下』柏書房、200310月、6500
吉村絵美留『修復家だけが知る名画の真実』青春出版社、プレイブックスインテリジェンス、20041月、750
◎●アニー・トレメル・ウィルコックス/市川恵里訳『古書修復の愉しみ』白水社、20049月、2400
Annie Tremmel Wilcox, A Degree of Mastery
内川隆志『博物館資料の修復と製作』雄山閣、200411月、2800
チェーザレ・ブランディ/小佐野重利監訳、池上英洋・大竹秀実訳『修復の理論』三元社、20056月、3000
Cesare Brandi, Teoria del restauro. (抄訳)
吉村絵美留『岡本太郎「明日の神話」修復960日間の記録』青春出版社、20068月、1680
●飯泉太子宗『壊れても仏像:文化財修復のはなし』白水社、20096月、1700
園田直子編『紙と本の保存科学』岩田書院、200910月、2800円→『紙と本の保存科学 第2版』岩田書院、201010月、3000
◎東京文化財研究所編『“オリジナル”の行方:文化財を伝えるために』平凡社、20103月、3500
●京都国立博物館編『美を伝える:京都国立博物館文化財保存修理所の現場から』京都新聞出版センター、20117月、1800
飯泉太子宗『時をこえる仏像:修復師の仕事』ちくまプリマー新書、201112月、780
立正大学仏教学部監修、秋田貴廣編『文化財保存学入門:感じとる智慧・つながる記憶』丸善プラネット、20123月、1500
岩井希久子『モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん:修復家・岩井希久子の仕事』美術出版社、20136月、2200
 

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