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「活字史研究書としての徳田直『光をかかぐる人々』に見られる達成」◆活字史研究について

某月某日、こんな論文を読んだ。
 
 内田明「活字史研究書としての徳田直『光をかかぐる人々』に見られる達成」《タイポグラフィ学会誌》06、タイポグラフィ学会、2013731日、pp.9-27 [注○文◎索×]
 
本論文は、徳田直の『光をかかぐる人々』の「中篇」に相当する雑誌掲載文を検討することにより、日本の活字史研究にとって大きな成果があったことを示すものである。
 
1943年に河出書房より刊行された、徳田直の『光をかかぐる人々』は、共同印刷争議を描いた『太陽のない街』で知られるプロレタリア作家の著者が、印刷工であった自らの原点を探るために、働いている側の視点から印刷史を解明すべく、日本の近代活字創始者とされる本木昌造の伝記を調べる過程を描いた、小説ともエッセイともつかない作品。戦時下にあって(最初の「日本の活字」は《改造》194231日〔243号〕、pp.7-24に掲載【未見】)、調査にあちこち歩き回り、こんな本を発表できたことは、素晴らしいことではあるが。
この本は戦後には再刊もされず、評価も決して高いわけではない。それは、徳永が恐らく十分な構想をもって書き始めたのではなく、書きながら逡巡し軌道修正を余儀なくされたのがあからさまな独特の文章に対し、読者がついていけなかったためではないか。また活字の歴史という、恐らく今でさえマイナーな話では、まず内容の理解も得られなかったのが大方であろう。
 
『光をかかぐる人々』は、翌1944年に再版されたものの、戦後は部分的な再刊のみにとどまり、さらに1948-49年に雑誌《世界文化》に掲載されたままの「中篇」、さらに未発表原稿のままになっているという幻の「後篇」は、未刊の状態である。
本論文では、「中篇」の概要を示すとともに、近代日本語活字の草創期に関する研究を簡単にトレースした上で、<昭和10年代から暫くの間日本語活字の歴史研究における第一人者であった川田久長>(p.14)が、昭和10年代においてダイアらガンブルの先駆者について触れていないことを示す。これに対し、徳永がサミュエル・ダイアの書物を昭和17年(1942年)に見て、活字印刷にとって重要な事跡であることを知ったとする。<徳永が『光をかかぐる人々』を本木昌造の伝記ではなく活字開発者たちを俯瞰する歴史書にしなければならなくなったのは、この出会いの衝撃によるものと考えていいだろう。>(p.15
そして、徳永の重要性を次のように示す。<本木昌造が先か大鳥圭介が先かと騒がれていた時代にヨーロッパ人による漢字活字開発の記録を発見した偉大な業績を日本の印刷史研究に遺したものとして、極めてすぐれた仕事を徳永直は『光をかかぐる人々』で成したのではないかと考える。>(p.17
 
一方、著者は、川田は戦後になってガンブルの先駆者としてのダイアに触れているものの、<ダイアの具体的な著作や製作活字などに触れ、彼の業績を称揚>(p.16)するのは、徳永が死んだ後(1958年死去)だったという。<川田は、近代日本語活字史研究のいわば盟友となった徳永が彼自身の発見としてサミュエル・ダイアの事跡を詳細に記録し発表することを、徳永最期の時まで待ち望んでいたのではなかったか。そして徳永の死後、改めて後世のために記しておく必要があると考えたのではないか。>(p.16)やや穿ちすぎのきらいはある。仮にもしそうであれば、1962年に発表した「邦文活字小史(明朝活字の歴史)」で、直接触れておいてもよかったのではないだろうか。
 
さらに著者は未発見の「後篇」原稿を、「中篇」第6回に書かれていた「ダイア――コール――ギャンブル――〔本木〕昌造――〔平野〕富二」という不連続線を基に、大胆に推測する。この不連続線は、佐久間貞一や大橋佐平までつながっているであろう。しかし、残念ながら原稿は発見されていない。
 
そして徳永の理解者であった中野重治の『光をかかぐる人々』に対する評価とともに、徳永の訂正書き入れの存在について記している。また、三谷幸吉の『本木昌造・平野富二詳伝』の再版原稿の行方に触れているが、本論とは直接は関係ない。
 
著者は「おわりに」において、次のように述べてしめくくっている。<この徳永による書き入れを活かした『光をかかぐる人々』「前篇」と「中篇」を合わせた増補訂正版が出版されることを望んでやまない。/『光をかかぐる人々』増補訂正版に対しては日本近代文学史の観点からの注解と近代日本語活字史の観点からの注解が協働してつけられることを熱望する。>(p.21
 
かつて老生も『光をかかぐる人々』を読んだ際、これはぜひとも詳注版を出してほしい、さもなくば余生を注解でもつけながら過ごそうか、とも思った。徳永が誰と出会い、どんなことを知り、それが当時と現在の知識・情報とで適切にクロスするようにしなければ、この本は読みこなせない、と思ったからだ。本論文が、ぜひ著者の言われる増補訂正版+注解版の世に出るきっかけとなり、刊行されんことを待ち望む。
 
本論文はよく調べられていると思うが、末尾にある「参考・引用文献」の表示におかしいところがある。機会あらば訂正されたい。
・本文中には<昭和23-24年にかけて世界文化社の『世界文化』に連載された「中篇」が発表され>(p.11)た、と記す一方で、「参考・引用文献」においては、『世界文化』の発行元を「日本電報通信社」とし、発行年を「1943年」もしくは「1944年」と記している(p.23)。惜しむらくは一番肝腎な文献を間違えてしまった。正しくは、発行元は「世界文化社」であり、発行年は1948年もしくは1949年である。ちなみに、『世界文化』という雑誌は、11―110号まで「日本電報通信社」が発行、次いで21―22号は「大地書房」発行、23号以降は「世界文化社」発行である。
念のため、「中篇」の書誌情報を再整理しておこう。著者の記載にはページの表示がないが追加しておく。
「光をかかぐる人々(第一回)」《世界文化》311号、世界文化社、194811月、pp.51-64
「光をかかぐる人々(第二回)」《世界文化》312号、世界文化社、194812月、pp.50-64
「光をかかぐる人々(第三回)」《世界文化》41号、世界文化社、19491月、pp.82-96
「光をかかぐる人々(第四回)」《世界文化》42号、世界文化社、19492月、pp.85-96
「光をかかぐる人々(第五回)」《世界文化》43号、世界文化社、19493月、pp.81-96
「光をかかぐる人々(第六回)」《世界文化》44号、世界文化社、19494月、pp.74-96
 
・『光をかかぐる人々』は「日本の活字」というサブタイトルがつく。タイトルの角書きに「日本の活字」とある(本扉にあり)。
・浦西和彦「徳永直著『光をかかぐる人々』について」(1998年『民主文学』第389号初出)とあるが、実際には、初出タイトルには「徳永直著」の文字はなく、「『光をかかぐる人々』について」。『現代文学研究の枝折』(和泉書院・近代文学研究叢刊2620011225日、pp.53-60)に再掲された際に、「徳永直著『光をかかぐる人々』について」となる。
・『浦西和彦著述と書誌第一巻』に発行元の表示がないが(p.24)、「和泉書院」である。
・『投機としての文学:活字・懸賞・メディア』のサブタイトルが「活字懸賞メディア」となっているが(p.24)、正しくは中黒あり。
・<勁草書房刊『高見順日記』第三巻、1974年>(p.25)の「刊」の文字は不要。発行元の記載位置がおかしい。
・『世界印刷通史』の発行元が「三秀舎」である一方、『明治大正日本印刷技術史』は「三秀社」(p.25)。これは「三秀舎」が正しいし、後者のタイトルは『明治大正日本印刷術史』で「技」はない。なお、老生もかつて誤って「三秀社」と書いたことがあったのだが、著者はそれを写されたのか? そもそも後者は前者の補遺の部分だけを抜粋したにすぎないのだが。
・島屋政一『近世印刷文化史考』大阪出版社とあり発行年の記載がないが、1938年。ちなみに内容は多数の寄稿者による長短とりまぜた印刷がらみのエッセイ集なので、島屋政一編と「編」を入れたい。
・川田久長「邦文活字小史」の雑誌名が本文では「季刊『プリント』」とあり(p.16)、「参考・引用文献」では『季刊プリント』となっている(p.25)。『季刊プリント』としたい。
・『歴史の文字:記載・活字・活版』もサブタイトルが「記載活字活版」となっているが(p.26)、正しくは中黒あり。
・その他、発行元・発行年がパーレンでくくってあったりなかったり、「所蔵」としたり「蔵」としたり、といった不統一は、所蔵先を明記する厳密さなのに、惜しい。
 
 
『〔日本プロレタリア文学大系8〕転向と抵抗の時代:中日戦争から敗戦まで』(三一書房、1955228日、380円)には、冒頭の「日本の活字」のみの再録(pp.212-227)がある。
 
なお、文中で触れた論文は以下の通り。
川田久長「邦文活字小史(明朝活字の歴史)」《季刊プリント》印刷出版研究所(タイポグラフィック研究会)、第1号、19623、活字書体特集号、pp.3-14
 
 

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