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『本を愛しすぎた男』◆本泥棒について


某月某日、こんな本を読んだ。
 
 アリソン・フーヴァー・バートレット/築地誠子訳『本を愛しすぎた男:本泥棒と古書店探偵と愛書狂』原書房、20131125日、2400円+税 [注○文△索×]
 Allison Hoover Bartlett, The Man Who Loved Books Too Much: The True Story of a Thief, a Detective, and a World of Literary Obsession, 2009
 
本書は、病的なまでに稀覯本を盗み続けたジョン・ギルキーと、彼を追い詰めたアメリカ古書籍商組合(ABAA)の防犯対策室長を勤めたケン・サンダースの攻防を描いたノンフィクションである。
 
最初に、稀覯本とは何だろうか。著者はこんな定義を紹介する。<「稀覯本」の定義は古書店主の数並みにあるということだ。…「稀覯本とは刊行時より値が上がった本」というマンハッタンの古書鑑定士バート・アウアーバックの言葉。またアメリカ人コレクターの故ロバート・H・テイラーは、稀覯本とは「私が欲しくてたまらないのに見つからない本」と定義した。>(p.17)まあそんなところだろう。とりわけ後者の定義にはうなずく方も多いかもしれない(欲しくもない本なら、その他大勢でしかないのだから)。さて、本書の主人公の一人ジョン・ギルキーは、まさに「欲しくてたまらない」のに、自分が入手できないのは「不公平だ」と考えたのである。
 
ジョン・ギルキーは、とんでもない本泥棒だった。<1999年末から2003年初頭にかけてジョン・ギルキーはアメリカじゅうの古書店からおよそ10万ドルの本を盗んだと推測できる。過去10年のあいだで、これほど派手に盗みを働いた本泥棒はギルキーだけだ。>(p.33
しかし、古書店主はなかなか自分の店の本が盗まれたことを公表しようとしなかった。それもあって、後にギルキーが逮捕され、家宅捜査されても、盗んだ本なのか正当に買った本なのかが区別することが難しく、回収できた本はごくわずかでしかなかった。また、<泥棒たちが高額な本を盗んでも、たいていは彼らの犯罪は法廷では軽く扱われる。>(p.186)ギルキーも逮捕されても軽い刑にとどまり、簡単に仮釈放され、すぐに新たな本泥棒を繰り返していた。
 
著者は、本泥棒のことを調べ始めると、刑務所にいるギルキーに取材し、出所後も3年間ほど取材を続けていった。一方で、サンダースら古書店主への取材も実施。本書は、その取材の過程をそのままなぞるような構成となっており、途中で愛書狂や他の本泥棒の話が挿入されることで、ギルキーがなぜ本を盗み続けるのかの特異性を浮き彫りにしようとする。
 
ギルキーの主な手口は、サックス・フィフス・アベニューでアルバイトした際に集めた客のクレジットカード番号の悪用である(p.73)。まず、古書店へ本を電話で注文し、知り得たカード番号を伝える。カード会社から使用許可がでたことを店に確認させた上で、代わりの者に本を取りに行かせる(実際には本人が行くことも多いが代わりの者になりすます)。これはクレジットカードを見せることを避けるためだ(p.92)。
あるいは、15000ドルもの本をクレジットでリボ払いとして買う。その後、クレジット会社へはカードを紛失したと連絡し、その上で紛失後に不正請求があったと伝える。<請求金額の本を買ったのは自分ではないとカード会社に主張したのだ。>(p.205)その結果、1セントも払わずに本を入手することができた。
ギルキーは取材者(著者)の目の前で、本を実際に電話注文することさえ行ってみせる(pp.214-220)。そこには犯罪意識は希薄だ。
 
彼は、奇妙な信念を持っていた。<「ぼくは経済学の学位を持ってます。」…「ただで本を手に入れれば、売るときには百パーセントの利益を得られます」>(p.47)なんという経済学!
 
ABAAは本泥棒を次のように分類している。<盗まずにいられない「窃盗狂」の泥棒。金欲しさに盗む泥棒。怒りにまかせて盗む泥棒。出来心で盗んでしまう泥棒。自分のために盗む泥棒。>(p.35)稀代の本泥棒ギルキーはどれに当てはまるのだろうか。
著者は長年の取材から、次のように考える。ギルキーの<稀覯本コレクションが人々から賞賛されることが、どうやら彼の欲望の中心らしい。>(p.44)さらに、<彼は自分の罪を認めようとしない。だから、自分の貴重書籍のコレクションが別のコレクターや古書店主よりも劣っていると思ったら、世界は「不公平」だと考えてしまう。そして彼流の「仕返し」をする。…こんな歪んだ世界観はどうやって生まれてきたんだろう。>(p.96
著者は、ギルキーの若い頃を調べるために、母親にも取材に赴く。そこで出会うのは、ギルキーをひたすら信じる母親だったが、あまり成果は得られなかった。
 
結局、<ギルキーは他人から教養ある紳士と思われたくて本を盗んでいる。偽りのイメージやニセのアイデンティティを築きながら、教養ある紳士となるために懸命に努力している。…そうした努力を通じて、彼は理想の自分を作ろうとしている。>(p.246)と結論付ける。
 
本書のタイトル『本を愛しすぎた男』The Man Who Loved Books Too Much が、果たして本泥棒ギルキーを正しく表現しているのかどうか。彼が本を愛するあまり盗んでいる、とはとうてい思えない。所有欲は人一倍あることはわかる。他人が持っているのなら、自分にも持つ権利がある、というとんでもない思考回路も理解できないわけではない。ただ、自分の稀覯本コレクションを自慢したいがため、ということでは、なにも「本を愛する」ことにはならない。むしろ本を素材にした自己顕示欲の発露というべきであろう。「教養ある紳士となるために懸命に努力している」とも思えない。詐欺師は詐欺を最も効果的に実行するために、相手を研究し尽くし、偽の人格を完璧に作り上げるための努力を惜しまない。彼もまたしかり。古書を熟知した古書店主を騙すためには、古書の勉強をし、またさまざまな姿をとろうとする。「教養ある紳士」の偽装もありえよう。それで、「彼は理想の自分を作ろうとしている」と言い切れるのか。著者の結論は、いささか思い入れ過剰で、ギルキーの欲望の底を見誤っているのではないだろうか。
 
まもなく、エリック・ラスムッセン『シェイクスピアを追え!:消えたファースト・フォリオ本の行方』が岩波書店から刊行される。コレクター垂涎のファースト・フォリオが、400年の間にたどってきた数奇な運命をめぐるエピソードを集めたもの。このフォリオにとり憑かれた本泥棒も登場するようだ。どうやら本泥棒続きで楽しめそうだ。
 
ちなみに、本書にも電子書籍の話がごく簡単に出てくるが、紙の本への愛着という視点でしかない(pp.209-210)。しかし考えてみたら、将来電子書籍にも「稀覯電子書籍」などというレア物も出てくるのだろうか。ある特定のデバイスでしか読めない電子書籍とか、配信会社が消えたしまったためにデータも失われた電子書籍とか、著者の原稿段階のデータが流出したものだとか。電子書籍古書店が可能であるならば、「稀覯電子書籍」もありうるかもしれない。いかなる時も、コレクターは存在するはずだから。誰か、紙の本ではない、電子書籍の稀覯本コレクションの存在を描き出せないだろうか。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
エリック・ラスムッセン/安達まみ訳『シェイクスピアを追え!:消えたファースト・フォリオ本の行方』岩波書店、20142月刊行予定
 
 

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『古本の時間』◆古書について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
内堀 弘『古本の時間』晶文社、2013910日、2200円+税 [注×文×索×]
 
本書は、詩歌専門の古書店「石神井書林」を営む著者による、古本にまつわるエッセイ集である。2001年から2013年にかけて雑誌・新聞等に掲載された文章。執筆後の変化については、ごくわずか括弧書きで追記されている。
ブックデザインは平野甲賀。
 
ある俳人の句額を落札したら、なんと印刷だった。<こんな見間違えは論外として、古書の世界はそれでも偽物の少ないところだ。>と言う。それでも戦後初版本ブームの一時期に、本の帯が偽造されたということがあった。<北杜夫の芥川賞受賞作『夜と霧の隅に』〔これは誤記で、正しくは『夜と霧の隅』〕(昭和35年)の、受賞以前に巻かれていた帯、つまり「芥川賞受賞」と印刷されていない帯が珍しいというので、どこかのマニアがとうとう作ってしまったらしい。…全く同じ紙に同じ活字で刷れば、これは偽物というより、無許可で増刷された本物と思えないでもない。…が、これはひらがな一文字の活字がちょっと違っていて偽物と発覚した。>(p.69
「ひらがな一文字の活字がちょっと違っていて」というのはどういうことだろうか。他の文字は本物の帯に刷られた文字と同じ書体だったが、一文字だけ違った書体が混入していたということなのか。あるいは1960年に刊行された本なので、一文字だけ微妙に濃度が違って(つまり活字の高さが違って)刷っていたなどということでもあったのか。
 
<署名の偽物はたまに目にする。>(p.69)だが、筆の運びに勢いがないので、偽署名は判別がつくという。
<「没後の署名ってたまにあるんだ」と、同業の先輩が教えてくれた。その作家が好きで好きで本を蒐めているうちに、筆跡もどんどん似てくる人がいるらしい。そういう人は「手紙や葉書も書いたりする」そうだ。驚く私に、「漱石や牧水もまだ生きているんだよ」、先輩が困ったような顔で言った。>(p.70
 
戦後最大の詩書コレクターと言われた小寺兼吉は、『現代日本詩書総覧』〔本書の記載通りだが、『現代日本詩書覧』が正しいか〕をかつて編んだ。しかし、掲載されている稀覯詩集の一部は、実は貸しただけで返してもらえないと抗議する詩人が何人もいた。<目的は珍しい詩集を手に入れることで、詩書総覧を作るというのはその手段だった。「まさか」と疑う私に、「コレクターの本当の怖さに出会っていないだけだ」と言うのだった。>(p.77
いまもこのようなコレクターがいるのだろうか。
 
堀辰雄の『ルウベンスの偽画』(江川書房、1933年)の限定300部のうち、1番が東郷青児、2番が古賀春江の肉筆絵入り本が、<かつて名だたるコレクターたちは、この2冊を求めて東奔西走した。だが、ついにこの肉筆絵入り本を手に入れるどころか、誰も見ることさえ叶わなかった。>(p.139)もうこの世にないとか、最初からなかったんだとか、いろいろな噂が飛び交った。にもかかわらず、この「幻の本」が不意に出現した。
<「どちらにしろ探していた人たちは、みんなもう死んじゃいましたから」。会場の隅で、80歳に近い老店主が私にぼそっとつぶやいた。なるほど、凄い本があるわけではない。凄いと思う気持ちがあっただけなのか。>(p.139
どんなに垂涎の的の貴重書であろうとも、コレクターがいなくなれば、その価値はコレクターだけが持っている以上、価値が失われてしまうことにもなるのだろう。初版本とか、限定本のうさんくささというのは、こんなことだったのだ。
 
本書によれば、いまの流行は古書ではなく紙ものだという。<この何年かは、本の形をしていないものが人気だ。「紙もの」と呼ばれているチラシとかポスター、昨今人気が沸騰しているのは古い絵はがきだ。>(p.30
しかし、恐らくそうした人気も流行に過ぎず、かつての初版本ブームや漫画本ブームのように、あえなく消え失せてしまうような気がする。古本屋は商売だから、当然ブームを仕掛け、あるいはブームに乗って、一儲けすることもあるだろう。だが、流行の後ろは追いかけたくない、と思う。たまたま自分が好きなジャンルを蒐集していたら、流行が後から追いついてきた、のならやむをえないが。
 
署名本は著者の死後に高くなるのだろうか(もちろん「没後の署名」ではなく)。
<一般的に言えば、作家の寿命は、同時代の熱心な読者の寿命と重なっている。…そうした作家が寿命をまっとうした後には、熱心な読者の蔵書があちらから、こちらから古書の入札会に出始めるものだ。しかし、以前のようにそれを熱く求める需要はもうない。だから[署名本は]安くなる。>(p.142
江戸川乱歩とか澁澤龍彦などの署名本も、著者はみな寿命をまっとうしてしまったから、もう安くなっているのかな。
 
老生は、もう長らく古本屋にも古書展にも行っていないし、30年以上購読していた《日本古書通信》もいつしか止めてしまった。幸か不幸か、全集を揃えるといった野望を持たなかったので、揃いの全集はほとんどなくて、どれも端本ばかり。雑誌も極力買わないようにしているので、雑誌の完揃いは《怪奇と幻想》とか、《幻想文学》(前身の《金羊毛》含め)、《書誌索引展望》くらいか。《幻影城》もほぼ完揃いだったが、収納上の問題で手離してしまった。われながらマイナーなものばかり。
結局、残り僅かな人生で、読みたい本をあと何冊か読むことができれば、それでいいのだから。読み終えなかった本は、残念ながら縁がなかったということになろうか。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
北杜夫『夜と霧の隅で』新潮社、1960
小寺謙吉、佐々木嘉朗編『現代日本詩書綜覧 昭和戦後篇』2 (別巻共)、名著刊行会、1971年、50000
 
 
◆[内堀弘]関連ブックリスト
*内堀弘氏の著作(書籍のみ)を簡単にリストとしてみた。
 
内堀弘『ボン書店の幻:モダニズム出版社の光と影』白地社、叢書l'esprit nouveau 919929月、2300円 (税込)→◎●ちくま文庫、200810月、950
内堀弘編、和田博文監修『北園克衛・レスプリヌーボーの実験』本の友社、コレクション・日本シュールレアリスム 720006月、12000
内堀弘『石神井書林日録』晶文社、200110月、2000円+税
【本書】●内堀弘『古本の時間』晶文社、2013910日、2200円+税

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夢幻庵主人

Author:夢幻庵主人
隠居生活続行中。

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