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『誤植読本』◆校正について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
高橋輝次編著『誤植読本 増補版筑摩書房、ちくま文庫2013610日、880円+税 [注△文×索×]
 
本書の元版は、東京書籍より200071700円)に刊行された。増補版には6編が追加されている。なお、本書のジャケットカバー裏には「計42名」とあるが、実際には収録著者数53名が正しい。
 
本書は、「誤植」をテーマとしたエッセーのアンソロジーである。あくまでも実用・実践の本ではない。
執筆者は文学関係者が大半で、プロの校正者がほとんどいない。西島九州男氏(岩波書店社外校正→中央公論社校閲部長)と相澤正氏(戦前の中央公論社校閲部長)くらいで、あとは何年間か校正をやったことがあるという程度の経験者が若干であるにすぎない。どちらかというと著者側に偏る。ついでに言えば、プロの編集者もいない。申し訳程度の編集経験者がやはり若干。
 
文学関係者中心であるため、当然、研究書の事例もごくわずかであるし、実用書などは全く登場もしない。本来、文学など出版物のごく一部にすぎないのだが、どうも文学者という連中は世の中の出版物が全て文学であるかのような錯覚をしがちだ。
雑誌についても、同人誌(またも文学!)はあっても、市販の雑誌の校正は皆無。週刊誌の校正など、きっと面白い「誤植」経験があるはずだが。かつての《SPA!》(扶桑社)の事例とかは、そろそろ公開されてもいいのではないか。それで完売したのだし。
これらは、文学関係者以外は「誤植」などを書くような場もないし、書いても誰も読まないだけ、ということなのかもしれないが。
 
収録作品については、巻末に「本書のもととなったテキスト一覧」はあるものの、初出年が不明。いつごろの記述かによって、印刷方式や入稿方法が年代により異なること(金属活字による活版印刷;当然手書きの原稿で入稿→写植によるオフセット印刷→電算写植→デジタルデータ入稿;電算写植時代の後半から→DTP)を編者は全く理解していないと考えざるを得ない。
色校については、唯一林哲夫氏がp.170でわずかに触れるのみ。もっぱら文字校についての話であって、金属活字による活版印刷時代の古い話がほとんどである。
 
校正者による用語統一に対しては、執筆者の皆さん異口同音に批判している。どうやら自分たちの書き方がてんでばらばらなのは、実は大変意味のある書き方をしているせいだということらしい。
批判者の筆頭は山田宗睦氏(「校正のレファレンス」『職業としての編集者』pp.103-110より)。<きょう日の「校正者」は、根本的にまちがっている。…言葉・文章というのは生きものである。…その言葉を、きょう日の「校正者」は、「統一」しようと志す。天下一統ならぬ用語一統である。…なにがなんでも「一統」しようというのは生きた言語への介入である。だれにもそんな権限はない。…こうなってきた理由は、さしずめ二つあると思う。一つは校正者のかなしい自己主張であり、もう一つは社会の管理化の進行である。…校正という仕事がしん気くさいことは、一度ですぐわかる。…そういうとき、漢字と仮名がチャンポンにつかわれていると、心理的にこれにとびつくことになる。そのときの校正者はすでに無機質の機械人間になっており、それを生身の人間としてのやりきれなさが増幅して、偏執狂のように「用語一統」にのりだす。そしてさながら国語審議委員のような気持ちになるのである――ということは国語審議委員なんてスリップ・ダウンした「校正者」ぐらいのしろものだ、ということである。かなしい自己主張といった所以である。>(pp.81-4)よほど恨みがあるのか、「校正者」に対する呪詛に満ち満ちている文章ではある。この怨嗟の言葉を裏読みすれば、こう考えられよう。山田氏の文章が不備だらけで、仕方なく「校正者」が「用語統一」でもしてあげなければ、恥ずかしくて世の中に出版できないのにすぎなかった、と。第一、山田氏の文章中に「国語審議委員」と2度出てくるが、これは「国語審議会委員」と「会」を入れるべきだろう(安田敏朗氏の『国語審議会』でも随所に「国語審議会委員」とあるが、「国語審議委員」はない)。
 
この校正者による統一問題については、さらに何人かが不満を漏らしている。
澁澤龍彦氏(「校正について」『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』より)
<近ごろの校正者の通弊として、私がもっとも困ったものだと思うのは、やたらに字句の統一ということを気にする点である。…その場合に応じて、両方を使い分けても一向に差支えないのである。>(p.71
紀田順一郎氏(「行間を縫う話」『読書人の周辺』より)
<編集者は意外にバリバリ直す。また、そうでなければ勤まらない。それはいいのだが著者の苦心を知らずして、機械的に用字の不統一を問題にしてくる例があり、これが最も困る。>(p.268
 
これらの意見に対して、日頃、用字用語の不統一極まりない原稿に悩まされている校正者ならびに編集者からの意見があってしかるべきではないか。
ついでに記しておくと、本書の巻末にある「執筆者紹介」の大学名の記載方法には、何か「著者の苦心」でもあるのだろうか。「日本大藝術学部卒」があるかと思うと「日本大学中退」があり、「京都大文学部卒」がある一方で「京大文学部哲学科卒」「京大英文科卒」があったり、「大阪府女専卒」「高坂高女卒」に対して「お茶の水女子大学哲学科卒」があるという具合。山田氏に言わせると「生きた言語」なので、「大」や「大学」はその時々の生き方によってさまざまなのであろうか。山田氏が在職していたという「東大出版会」(p.305)ぐらい正しく「東京大学出版会」と書けなかったのか、などというのは論外か。
 
一方、本書には、<不慮の事故によって説得力が生まれた好例>(解説p.297;堀江敏幸「誤って植えられた種」)と言うべき、誤植によってよりよい言葉になった事例がいくつか示されている。
例えば、坪内稔典氏の「粟か栗か」(産経新聞朝刊2012119日)。
<寺田寅彦に次の句がある。
栗一粒秋三界を蔵しけり>(p.145
実は元は「粟」だったが、いつの間にか「栗」で出版されるようになった。
<私見では栗でよい。…小さい物の代表みたいな粟粒にこの世の全てがあるというのは、理屈が通り過ぎて平凡だ。それに対して、栗の句とすると、理屈よりも栗の存在感そのものを生き生きと表現している。/粟から栗への変化、それを読者による推敲、あるいは添削と考えたい。>(p.146
他にも、大岡信、長田弘の各氏が、「誤植」転じて新たな詩を見いだすきっかけとなったことを報じている。
さらに、林哲夫氏(「錯覚イケナイ、ヨク見ルヨロシ」書下ろし)は、つげ義春氏の漫画『ねじ式』の冒頭の独白「まさか/こんな所に/メメクラゲが/いるとは/思わなかった」が、<この「メメクラゲ」がじつは「××クラゲ」の誤植だった>(p.167)と伝える。<「メメ」という奇妙な発音にいかにもシュールな効用があったように思える。>(p.168
 
林氏も引いているが、森銑三氏(「誤植」『書物』より)の言葉を引用したい。
<支那の何という人だったか、書物の誤を考えながら読むのも、また読書の一適だといっている。>(p.151
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
山田宗睦『職業としての編集者:知的生産としての編集』三一書房、三一新書、19791215日、550
安田敏朗『国語審議会:迷走の60年』講談社現代新書、20071120日、760円+税
 
 
◆[校正]関連ブックリスト
 
◆校正について
◎●長谷川鑛平『本と校正』中央公論社、中公新書、19651025日、250円(ただし所蔵している7刷による)
長谷川鑛平『校正の美学』法政大学出版局、1969年、890
◎古沢典子『校正の散歩道』日本エディタースクール出版部、エディター叢書、1979年、1500
西島九州男『校正夜話』日本エディタースクール出版部、エディター叢書、198211月、1600
◎●倉阪鬼一郎『活字狂想曲:怪奇作家の長すぎた会社の日々』時事通信社、19993月、1600円→『活字狂想曲』幻冬舎文庫、20028月、533
●大西寿男『校正のこころ:積極的受け身のすすめ』創元社、200912月、2000
◎●高橋輝次編著『誤植読本』東京書籍、20007月、1700円→【本書】●〔増補〕『誤植読本 増補版』筑摩書房、ちくま文庫、2013610日、880円+税 [注△文×索×]
 
◆校正実務

西島九州男監修『校正技術』第1巻~第4巻・索引(校正概論・予備知識編、縦組校正編、用字用語編、横組校正編、総索引)、日本エディタースクール出版部、1972

西島九州男ほか編『校正技術 上 校正概論・予備知識・縦組校正・用字用語編』日本エディタースクール出版部、エディター講座、1972年、4120円→西島九州男監修『校正技術 上巻 校正概論・予備知識・縦組校正・用字用語編』日本エディタースクール出版部、エディター講座、1982年、4000円→〔改訂〕日本エディタースクール編『新編校正技術 上巻 〈校正概論・編集と製作の知識・縦組の校正〉編』日本エディタースクール出版部、19983月、5000

西島九州男ほか編『校正技術 下 横組校正・総索引編』日本エディタースクール出版部、エディター講座、1973年、4120円→西島九州男監修『校正技術 下巻 横組校正・総索引編』日本エディタースクール出版部、エディター講座、1982年、4000円→〔改訂〕日本エディタースクール編『新編校正技術 下巻 〈横組の校正・用字用語・校正資料〉編』日本エディタースクール出版部、19984月、3000

藤森善貢『出版編集技術 1 出版総論、編集・校正編』日本エディタースクール出版部、1968320日→〔第2版〕藤森善貢『出版編集技術 上巻 出版総論・編集・製作・校正・装幀編』日本エディタースクール出版部、エディター講座、1978930日、6000円→〔改訂〕藤森善貢原著、日本エディタースクール編『新編出版編集技術 上巻 〈本の知識・企画 編集・製作・校正〉編』日本エディタースクール出版部、1997425日、6000

島野一『校正実務ハンドブック:原稿整理から校正の実際まで』日本ジャーナリスト専門学院、ジャーナリスト双書、198011月、1500
野村保惠『校正ハンドブック』ダヴィッド社、1982〔改訂〕『校正ハンドブック 新版』ダヴィッド社、200210月、1600
●野村保惠『電算植字とのつきあい方:これからの編集者の常識』印刷学会出版部、198538日、1200円→〔改訂〕●『電算植字とのつきあい方:新しい文字組版』印刷学会出版部、1991725日、1600 (税込)
視覚デザイン研究所編『色校正とカラー分解:デザイナー・編集者のための』視覚デザイン研究所、デザインハンドブックシリーズ、19856月、3500
◎●『クリエイターのための印刷ガイドブック 1 基礎編:美しい印刷物を作るための入稿から校正まで』玄光社、コマーシャル・フォト・シリーズ、1988年、1900
朝日新聞大阪本社校閲部編『あなたも校正者』大阪書籍、198810月、1200
野村保惠『編集校正小辞典』ダヴィッド社、19931月、1553
野村保惠『<電算植字>本づくり入門』日本エディタースクール出版部、1995425日、2200円+税
日本エディタースクール編『標準校正必携』現代ジャーナリズム出版会、1966年、300円→日本エディタースクール編『標準校正必携(第2版)』日本エディタースクール出版部、1971年→日本エディタースクール編集『標準校正必携:電算植字対応版(第7版)』日本エディタースクール出版部、19956月、2400円→日本エディタースクール編『標準校正必携(第8版)』日本エディタースクール出版部、20115月、2400
美術出版社「クリエイターズ・バイブル」編集室『デザイン・編集・印刷のためのクリエイターズ・バイブル 4 クリエイティブ編:エディトリアルに見る指定と校正の検証』美術出版社、199510月、1942
日本エディタースクール編『校正記号の使い方:タテ組・ヨコ組・欧文組』日本エディタースクール出版部、19998月、500円+税→『校正記号の使い方2版:タテ組・ヨコ組・欧文組』日本エディタースクール出版部、200710月、500円+税
◎●野村保惠『本づくりの常識・非常識』印刷学会出版部、2000710日、2000円→●『本づくりの常識・非常識 (第2版)』印刷学会出版部、2007925日、2000
日本エディタースクール編集『実例校正教室』日本エディタースクール出版部、200012月、1400
◎●野村保惠『編集者の組版ルール基礎知識』日本エディタースクール出版部、200427日、1800円+税
◎●野村保惠『誤記ブリぞろぞろ:校正の常識・非常識』日本エディタースクール出版部、20059月、1400
野村保惠『新しい校正者の基礎知識編』日本エディタースクール出版部、200911月、2000
大西寿男『校正のレッスン:活字との対話のために』出版メディアパル、本の未来を考える=出版メディアパル2120117月、1200
日本エディタースクール編『新編校正技術講座テキスト版』全4冊、日本エディタースクール出版部、120126月、1500円+税;220127月、1100円+税;220128月、1300円+税;420129月、1600円+税
 

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