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『〈辞書屋〉列伝』◆辞書編纂について(3)

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 田澤 耕『〈辞書屋〉列伝:言葉に憑かれた人びと』中公新書、2014125日、860円+税 [注×文△索×]
 
本書は、「まえがき」の冒頭に<「辞書にはドラマがある」>(p.i)と宣言して、何人かの辞書編纂者(辞書屋)の生涯をいくつか集めて、辞書屋の特性を活写しようとした本。ただし、著者は終章で記しているように、日本で初めてカタルーニャ語の辞書を編纂した辞書屋なので、スペイン語・カタルーニャ語関連の記事がやや多い(第3章、第6章、第7章)。
 
目次を示しておこう。
 第1章 OED(『オックスフォード英語辞典』)――ジェームズ・マレー
 第2章 『ヘブライ語大辞典』――ベン・イェフダー
 第3章 『カタルーニャ語辞典』――プンペウ・ファブラ、『カタルーニャ語・バレンシア語・バレアルス語辞典』――アントニ・マリア・アルクベー
 第4章 『言海』――大槻文彦
 第5章 明治の知識人に大きな影響を及ぼした二人の辞書屋――ウェブスターとヘボン
 第6章 『西日辞典』――照井亮次郎と村井二郎
 第7章 『スペイン語用法辞典』――マリア・モリネール
終章 辞書と私
 
1章では、OED編纂の中心人物であるジェームズ・マレー博士(18371915)の略伝が紹介される。そのなかでもOEDの編纂の最大の貢献者となったウィリアム・マイナー元アメリカ陸軍軍医についても触れているが、これについて詳述しているサイモン・ウィンチェスターの『博士と狂人』について、著者は<小説>と扱っている(p.7)。随分前に読んだきりなのであったが、小説ではなかったように思うが…。
 
2章では、ユダヤ教の儀式や研究にのみ使われていたヘブライ語を、現代で使える言語にしたベン・イェフダー(18581922)という〈辞書屋〉を紹介。2000年前の言語を今に甦らせるというとんでもないことを、辞書を編纂することを通じて実現してしまう。当然いろいろな問題が生じた。なかでも<ヘブライ語には、この言語を神聖なものとして崇め奉り、日常生活に使うことは許すまいという勢力が存在していた>(p.37)し、2000年前には当然存在しえなかった事柄も数多くあった。そのためにベン・イェフダーは、あるときは目指す言葉に近い言葉を探して<ヘブライ語の語形成規則に従って単語を作る。>(p.38)それでも見つからないときは、自分で考案までした。そして、<発掘した語、考案した語を集めて自分の辞書に収めた。>(p.38
1次世界大戦後、パレスチナにユダヤ人の地が確保されると、英語・アラビア語・ヘブライ語が公用語となると、ベン・イェフダーの夢は実現し、ヘブライ語が街で話されるようになる。彼の辞書は生前には間に合わず、最終巻(全16巻)が刊行されたのは、生誕百年の1958年だった。
 
7章で取り上げている、もっとも優れた西西辞典と評される『スペイン語用法辞典』を書いたのは、一人の主婦だった。そのマリア・モリネール(19001981)は、ガルシア・マルケスによれば、<たった一人で、自宅で、自分自身の手を使って、もっとも完全で役に立つ、もっとも神経の行き届いた、そしてもっとも楽しい、スペイン語の辞書を「書いた」のである。>(p.206)さらに続けて、<マリア・モリネールは、図書館司書の仕事と、彼女が自分の本来の仕事だと考えていた靴下にツギを当てることの合間にこの辞書を書いた。>(p.206
15年にわたるその成果が、1966年に出た2巻で合計3000ページにもなる『スペイン語用法辞典』だった。
詳しくはわからないが、かなり個性的な編纂であったことが伺える。版権を継承した長男の妻がスペイン語学者であったため、マリア・モリネールの死後に第2版を編纂した際に、見出し語の配列を普通のアルファベット順にしたりして(第1版では派生した言葉はアルファベット順に反してでも元の言葉近くに置かれた)、他の子どもたちがそれを批判しているからだ。また「日」という項目は、第1版では「太陽が地球を完全に一周するのに要する時間」と定義されていた(第2版では変更)。これでは地動説のままだが、次男に言わせれば、<人間の実感を大切にした定義をした>ということだった(pp.224-7)。恐らく常識的に考えれば、第1版は辞書としては失格もしくは問題あり、となってしまうだろう。しかし、そうであっても高く評価されていることを見ると、全般的にはその個性的な編纂が良い辞書となっているのであろうか。
 
終章は、著者がカタルーニャ語と出会い、銀行の職を辞して大学院に入り直し、バルセロナ大学に留学した際に辞書学なるものを知り、遂にカタルーニャ語辞典を作り上げるまでを描く。
 
本書は、〈辞書屋〉のドラマを描くことに主眼を置いているため、エピソード中心であり、辞書編纂そのものを深く掘り下げることはない。それでもベン・イェフダーの『ヘブライ語大辞典』は、ヘブライ語という古語を現代に甦らせることに成功し、マリア・モリネールの『スペイン語用法辞典』は、徒手空拳であろうとも優れた知性と持続する根気が成果を生み出すことができるようになると教えてくれる。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
サイモン・ウィンチェスター/鈴木主税訳『博士と狂人:世界最高の辞書OEDの誕生秘話』早川書房、19994月、1800円→早川書房、ハヤカワ文庫NF20063月、740
 
 
◆[辞書編纂]関連ブックリスト
*辞書編纂関連のブックリストについてはこちらを参照。だいぶ欠落が多いことに気がついたが、改めて掲載したい。

 

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『辞書の仕事』◆辞書編纂について(2)

某月某日、こんな本を読んだ。
 
 増井 元『辞書の仕事』岩波書店、岩波新書、20131018日、760円+税 [注×文×索×]
 
本書は、長年にわたり岩波書店で『広辞苑』『岩波国語辞典』などの国語辞書編纂に従事してきた著者が、辞書作りのエピソードを綴ったもの。辞書(特に国語辞典に限定)に関するとりとめのない話題が並列されるだけなので、全体の印象は茫漠としたものに留まる。
 
目次を紹介することにあまり意味はないが、簡略に示しておこう。
 第1章 辞書の楽しみ
 第2章 ことばの周辺
 第3章 辞書の仕組み
 第4章 辞典編集者になりますか
 第5章 辞書の宇宙へ

1章冒頭の項目「無人島の辞書」の中で、<外国(多分、英国)のある辞典の…編者が辞典のなかのことばについて、適切な用例、信頼できる典拠を求めようと、広く世間の人たちに呼びかけたところ、実に有益な情報を教えてくれる手紙が、何年にもわたって届きます。…その差出人を調べたところ、ある刑務所の囚人であった、というのですが、この話をどこで読んだのか、いま心当たりを探しても見当たりません。もしご存知の方がおいででしたら、どうぞ教えてください。>(pp.5-6
これは、OED編纂の中心人物であるジェームズ・マレー博士と、その編纂の最大の貢献者となったウィリアム・マイナー元アメリカ陸軍軍医のことだ。そのマイナーは長年精神病院に監禁されていたのであって、刑務所の囚人ではない。これはサイモン・ウィンチェスターの『博士と狂人』に詳述されている話だ。辞書編纂関係者ならおそらく必読の書だし、辞書編纂に関する本を編集しようとする人間なら当然知っておくべきレベルではないだろうか。
 
ずっと気になっていることがある。日本語に正書法は存在するのか、存在しないのであれば辞書ではどのように正誤を判断するのか、ということだ。
本書では、<いかに残念であろうとも、多くの人が普通に使っている「誤用」を辞典が正すことはほとんど不可能です。…実態に合わないのに規範を説くことが辞典の態度として正しいか、これはつねに辞典作りにかかわる最大難問です。/法則性を持った誤りは言葉の変化です。誤りが大多数の人の誤りであればそれも変化です。>(p.25)と記す。つまり正書法はない、と考えられようか。となれば、「誤用」(法則性を持った誤り)は「言葉の変化」なのだから、みんなが使ったらどんな使い方をしようとも立派な日本語ですよ、「誤用」だなんて野暮なことは言いませんよ、ということになろうか。
<辞書の利用者は、辞典編集者が考える以上に、辞書を規範として受け取ろうとしています。ことばの正しい書き方、正しい意味、正しい使い方、辞書を使う目的はもっぱらそれを知るため、確認するためなのです。>(p.24)一方で、<辞典編纂者は日本語の学者・研究者として、社会の言語の観察者・分析者の位置、客観的な位置に身を置きがちです。>(p.24)おそらく利用者と辞書編集者との辞書の目的意識の大きなギャップのゆえに、「ことばの正しい書き方、正しい意味、正しい使い方」の欠落した辞書に対し、人は役に立たないものと見なさざるを得ないと考え、見放してしまうのであろう。国語辞書に対し、利用者は「社会の言語の観察者・分析者の位置」なぞ求めてはいない。そんなことは、研究者の内輪でやっていてくれればいいのだ。観察・分析した研究成果としての「ことばの正しい書き方、正しい意味、正しい使い方」の判断しか求めていない。もちろん「正しい使い方」が複数あっても一向に構わない。「全然」が、実は戦後になってから否定形と結びつくようになったに過ぎなくても、そう記しておけばよい。しかし、小さいエビは皆「芝海老」と言い、大きいエビは皆「伊勢海老」と言うがごとき「誤用」に対し、「誤りが大多数の人の誤り」だから認めましょうというのは勘弁してほしい。それは誤りだと断言すべきなのだ。日本語に正書法がないとしても、ある辞典における「正しさ」であって構わない。A辞典ではこの言葉を誤用としているが、B辞典では正しいとしている、でいいではないか。そこで論議を起こせばいい。「客観的な位置に身を置」くと、そのような評価を含むような判断はできません、と言って逃げようとする学者・研究者がいる。そんな「辞典編纂者」による辞書なぞ不要の最たるものでしかない。
 
古語辞典ではないのなら、遠い過去の言葉も不要だ。明治時代・大正時代・昭和前期(戦前)の言葉すら、おそらく大半は不必要だ。それらは別に過去の言葉を集積した辞書を用意すればよい(需要があるかどうかは不明だが)。本書の著者は、その点でも大多数の利用者が求めるであろう国語辞典を読み違えている。「現代語」についての岩淵悦太郎の発言が象徴的だ。<祖父母の祖父母の世代のことばまで「現代語」と考えるべきなのだ>(p.190)と。何という勘違い! いったいいつの時代の言葉なのか。現時点で用いられている言葉を「現代語」と考えるのが自然であろう(言葉が移り変わっていくのも当然だ)。明治の言葉をも「現代語」と言いくるめることで、言葉は単に昆虫採集箱にピンで止められた屍骸でしかなくなってしまう。季語を充実させること(pp.59-63)なども結構だが、それはあくまでも昔の俳句を鑑賞するためよりは、現代に活かすことのできる季節の言葉を知らしめるためであろう。
勘違いの辞書編纂が続くのであれば、そうした国語辞書は終焉を迎える以外に途はない。
 
「あとがき」で、著者は<辞書を実際に作ることと結びついた応用辞書学・実践辞書学こそ辞典編集者が求めているもの>(p.221)だと記す。早く応用辞書学・実践辞書学によって、勘違いが解消されて、国語辞典の水準が格段に上がってほしいものだ。
 
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
サイモン・ウィンチェスター/鈴木主税訳『博士と狂人:世界最高の辞書OEDの誕生秘話』早川書房、19994月、1800円→早川書房、ハヤカワ文庫NF20063月、740
Simon Winchester, The Professor and the Madman
 
 
◆[辞書編纂]関連ブックリスト
*辞書編纂関連のブックリストについてはこちらを参照。

 

『出逢った日本語・50万語』◆辞書編纂について

某月某日、こんな本を読んだ。
 
松井栄一『出逢った日本語・50万語:辞書作り三代の軌跡』筑摩書房、ちくま文庫、2013810日、860円+税 [注×文×索○]
 
本書は、小学館から発行された『日本国語大辞典』の編者が、三代にわたって辞書編纂にあたってきたことを記す。元本は、小学館から200212月(1800円+税)に刊行されている。ちなみに著者の名前「栄一」はなんと「しげかず」と読む。今野真二の『漢字からみた日本語の歴史』をとりあげた際、名前の付け方に<漢字の読みは一切制限がない>(同書pp.175-6)ばかりでなく、極論を言えば<「かをる」と書いて、「リリカ」と発音してもよいはず>(同書p.175)となってきているという指摘を紹介したが、その類いと言うべきか。
巷では一時三浦しをんの『舟を編む』が、出版業界こぞっての持ち上げ方の様子で、国語辞典の編纂という地味な仕事にも脚光が当てられたかのような状況だった。同書はどうしようもないお粗末な内容だったので、そろそろ消えてしまったかもしれないが。
 
ともあれ、本書の目次を掲げておこう。
松井簡治と『大日本国語辞典』
松井簡治の日常こぼれ話
『日本国語大辞典』(初版)の内側
『日本国語大辞典』(第二版)をめぐって
国語辞典の用例について
用例資料にまつわる話
松井驥の歩んだ道をたどる
ピンチヒッター人生
付録『近代国語辞書の歩み――余説第二章』について
章番号はないが、辞書編纂に関しては13456と付録が主たる章となる。
 
とりわけ『日本国語大辞典』の初版編纂時、および第二版の編纂時の苦心談は読ませる。なかでも第二版における見出しの配列の見直しの試行錯誤(pp.117-126)や用例の追加・年代表示や底本の変更(pp.129-164)は、<底本を変えて手直しをした項目は他にもある。こういうあまり目立たない改訂の積み重ねが辞書を育ててゆくのには重要だと考えている。>(p.157)まさに細部こそが肝腎なのだ。
 
しかし、本書では電子辞書志向の強まりについて何も触れてはいないが、各社とも電子辞書メーカーに安く提供してしまっているがゆえに、こうした細部などどうでもよい、という傾向がありはしないか。多少電子辞書に触れると、そんな危惧を覚える。
 
もう一つ本書で読ませるのは付録だ。山田忠雄述『近代国語辞書の歩み:その摸倣と創意と』における『日本国語大辞典』への手厳しい批判への反論である。
まず<述者[山田忠雄]の誤った思い込み…をもとにした記述が多い>(p.233)ことを具体的に指摘。さらに個別の批判にも事実誤認が多いと、一つ一つ反証を掲出していく。
<悲しいと強く感じたことである。それは自分の至らなさについてでもあるが、それだけではなく、本格的な辞書批判と言われているこの本が、こきおろしやののしりの言葉に満ちているということについてである。>(p.234
老生も反省すべきかもしれないが(『舟を編む』の具体的な批判はそのうち)。
 
巻末の索引は「ことば索引」「書名等索引」「人名索引」と、一見充実しているように見えるが、なぜか付録(pp.226-263)については一切無視しているらしく、『近代国語辞書の歩み』の項にも「山田忠雄」の項にも「226」はない。索引全体におざなりな編集が感じられる。
 
なお、文中で触れた本は以下の通り。
日本大辞典刊行会編集『日本国語大辞典』全20巻、小学館、197212月~19762月、各5800
日本国語大辞典第二版編集委員会、小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第2版』全13巻+別巻、小学館、200012月~200212月、各15000
今野真二『漢字からみた日本語の歴史』筑摩書房、ちくまプリマー新書、2013710日、780
三浦しをん『舟を編む』光文社、20119月、1500円+税
山田忠雄述『近代国語辞書の歩み:その摸倣と創意と』全2冊、三省堂、19817月、全39000 (税込)
 
 
◆[辞書編纂]関連ブックリスト
*調査が不十分なので、後日改めて掲載することもあろう。
 
◆日本の辞書
〔訂正版〕上田万年『国語のため』富山房、1897年(2版)
*附:日本大辞書編纂に就きて
大村喜吉『斎藤秀三郎伝:その生涯と業績』吾妻書房、1960
山田忠雄『三代の辞書:国語辞書百年小史』三省堂、1967年→〔改訂版〕《三省堂ぶっくれっと》特別記念号、19813月、非売品
*三省堂の『新明解国語辞典』の編集主幹を務めた。
◎新村猛『「広辞苑」物語』芸術生活社、芸生新書、1970年、380
◎特集「辞典の歴史と思想:作る人と引く人の対話」《思想の科学》63号、19766月臨時増刊、思想の科学社、600円 
*巻末に、勝又美佐子「辞典・事典に関する参考文献」pp.201-7。ただし辞書編纂に関する文献はわずか。
山田忠雄述『近代国語辞書の歩み:その摸倣と創意と』全2冊、三省堂、19817月、全39000 (税込)
原田種成『漢文のすゝめ:諸橋『大漢和』編纂秘話』新潮社、新潮選書、19929月、1050 (税込)
*諸橋轍次は『大漢和辞典』の編集方針だけ決めるとあとは1行たりとも書かずにプロモーターに徹して編纂に全く関与しなかったことを、編纂実務担当者が明らかにする。諸橋『大漢和』と俗称されるが、その冠は取り除くべき。
倉島節尚『辞書は生きている:国語辞典の最前線』ほるぷ出版、ほるぷ150ブックス、19951月、1500 (税込)
*三省堂の『大辞林』(初版)刊行時の編集長。
紀田順一郎『図鑑日本語の近代史:言語文化の光と影』ジャストシステム、19977月、4600
犬飼守薫『近代国語辞書編纂史の基礎的研究:『大言海』への道』風間書房、19993月、21500
倉島節尚『辞書と日本語:国語辞典を解剖する』光文社新書、200212月、700
松井栄一『出逢った日本語・50万語:辞書作り三代の軌跡』小学館、200212月、1800【本書】●ちくま文庫、2013810日、860円+税 [注×文×索○]
松井栄一『国語辞典はこうして作る:理想の辞書をめざして』港の人、200512月、2200
安田敏朗『辞書の政治学:ことばの規範とはなにか』平凡社、20062月、2800円+税
早川勇『日本の英語辞書と編纂者』春風社、愛知大学文學會叢書1120063月、6600
倉島節尚編『日本語辞書学の構築』おうふう、20065月、15000
堀江剛史『大武和三郎:辞書編纂と数奇な生涯:日伯友好の礎(ブラジル日本移民100周年記念)』サンパウロ人文科学研究所、ブラジル日本移民史料館、20085
倉島節尚『日本語辞書学への序章』大正大学出版会、200810月、4700
倉島長正『国語辞書一〇〇年:日本語をつかまえようと苦闘した人々の物語』おうふう、20105月、2500
竹下和男『英語天才斎藤秀三郎:英語教育再生のために、今あらためて業績を辿る』日外アソシエーツ、20113月、4760
米山優子『ヨーロッパの地域言語〈スコッツ語〉の辞書編纂:『古スコッツ語辞典』の歴史と思想』ひつじ書房、20132月、8800円+税
http://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-89476-634-1.htm
飯間浩明『辞書を編む』光文社新書、20134月、800円+税
*『三省堂国語辞典』の編纂担当者による。
今野真二『『言海』と明治の日本語』港の人、20139月、2800円+税
◆海外の辞書
ジェイムズ・ボズウェル/中野好之訳『サミュエル・ジョンソン伝』全3巻、みすず書房、1巻:19815月、第2巻:19825月、第3巻:198312月、各8000 (税込)
James Boswell, Boswell's Life of Johnson
パット・ロジャーズ/永嶋大典監訳、日本ジョンソン・クラブ共訳『サミュエル・ジョンソン百科事典』ゆまに書房、19992月、15000
Pat Rogers, The Samuel Johnson Encyclopedia
●サイモン・ウィンチェスター/鈴木主税訳『博士と狂人:世界最高の辞書OEDの誕生秘話』早川書房、19994月、1800円→早川書房、ハヤカワ文庫NF20063月、740
Simon Winchester, The Professor and the Madman
◎ハーバート・C・モートン/土肥一夫・中本恭平・東海林宏司訳『ウエブスター大辞典物語』大修館書店、199912月、3800
Herbert Charles Morton, The Story of Webster's third
http://plaza.taishukan.co.jp/shop/Product/Detail/20887
早川勇『辞書編纂のダイナミズム:ジョンソン、ウェブスターと日本』辞游社、20013月、6800
早川勇『ウェブスター辞書と明治の知識人』春風社、200711月、3800
ヘンリー・ヒッチングズ/田中京子訳『ジョンソン博士の『英語辞典』:世界を定義した本の誕生』みすず書房、200712月、5800
Henry Hitchings, Dr Johnson's Dictionary
◆辞書批判
杉本つとむ監修『国語辞書を批判する』桜楓社、19797月、800
金武伸弥『『広辞苑』は信頼できるか:国語辞典100項目チェックランキング』講談社、20007月、1500
石山茂利夫『裏読み深読み国語辞書』草思社、20012月、1600円→草思社文庫、20128月、680
谷沢永一・渡部昇一『広辞苑の嘘』光文社、200110月、1200
高島俊男『広辞苑の神話:お言葉ですが…4』文藝春秋、文春文庫、20035月、619
●西山里見『講談社『類語大辞典』の研究:辞書がこんなに杜撰でいいかしら』洋泉社、20043
石山茂利夫『国語辞書事件簿』草思社、200411
川本信幹『日本語通の日本語知らず:広辞苑よ、おまえもか』主婦の友インフォス情報社、20064月、1600
石山茂利夫『国語辞書:誰も知らない出生の秘密』草思社、20076
小説
三浦しをん『舟を編む』光文社、20119月、1500円+税
◆参考
◎熊田淳美『三大編纂物群書類従・古事類苑・国書総目録の出版文化史』勉誠出版、20093月、3200
佐滝剛弘『国史大辞典を予約した人々:百年の星霜を経た本をめぐる物語』勁草書房、20136月、2400
 

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夢幻庵主人

Author:夢幻庵主人
隠居生活続行中。

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